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その4「捨てる者と拾う者」



「不合格だ。ディーヴァ=ダッタ」



 カシオペイアは冷たく吐き捨てた。



「脆すぎる。


 ダッタ家の長男ともなれば、


 多少はダンジョンにも潜っているだろうに。


 それでこれか。


 凡愚もいいところだな。


 家を追い出されるだけのことはある」



 ……カシオペイアは思い違いをしていた。



 ディーヴァは10歳になる前に、親から見限られている。



 まともな戦闘訓練を受けていない。



 ダッタ家の者が、訓練を積んでいないはずがない。



 レベリングをしていないはずがない。



 そんな固定観念が、レベル1の少年に、重傷を負わせる原因になった。



 ……あまりにも素人すぎる。



 カシオペイアの側にも、そんな違和感は有った。



 だが、それを塗りつぶすほどに、彼女の固定観念は大きかった。



 後には軟弱な少年への、侮蔑だけが残った。



 無能だから、無様に落ちたのだ。



 そういうことになった。



「おい……! だいじょうぶか……!」



 まずい落ち方をした。



 そう思った門番は、ディーヴァに駆け寄ろうとした。



 そんな門番を、カシオペイアが呼び止めた。



「ほうっておけ」



「え……」



「おおげさに怪我をしたフリをして、


 同情でも買うつもりだろう。


 あわよくば、


 入団の口実にでもしようと


 考えているのさ。


 相手にするな」



「ですが……」



 反論しようとした門番を、カシオペイアは睨みつけた。



「私の言うことが聞けないのか?」



「……わかりました」



 門番がそう言うと、カシオペイアは門をくぐった。



 そしてクランハウスへと歩いていった。



 残された門番は、ちらりとディーヴァの方を見た。



 気絶しているのだろうか。



 ディーヴァはまったく動かず、地面に倒れ伏してした。



(あいつ……ピクリともしないけど……


 ホントにだいじょうぶなのか……?


 けど、カシオペイア様にも言われたし、


 持ち場を離れるわけにもいかないし……)



 門番が葛藤していると、やがて雨が降ってきた。



 冷たい雫が、ディーヴァの体を冷やしていった。



「ぅ……」



 寒気を感じ、ディーヴァは目を開いた。



 瞳が雨を映し出した。



(雨……?


 冷たい……


 雨宿り……


 動け……ない……


 痛い……苦しい……


 どうして……こんな目に……


 俺が……弱いから……?


 体が……冷えていく……


 このままじゃ……)



 重傷を負ったディーヴァは、体を動かすことができなかった。



 救いを求めるように、視線だけを街路に向けた。



 何人か、ディーヴァと視線が合った。



 だが、それだけだった。



 誰も彼も、彼を無視して去っていった。



 中には指をさして笑う者も居た。



「何アレ~? きちゃな~い」



「しっ。ほうっておきなさい」



(やっぱり……


 無能だと……助けてくれないんだな……


 誰も……


 こんな……


 こんなことで……


 俺……死ぬのかな……)



 ディーヴァは諦めて、目を閉じようとした。



 このまま眠り、二度と目覚めない。



 そんな未来を、ディーヴァは予感していた。



 だが……。



「だいじょうぶかい?」



 突然に、女の声が聞こえた。



「う……?」



 声の正体を確かめたくて、ディーヴァは目を開いた。



 倒れたディーヴァの視界からは、声の正体は、はっきりとはわからなかった。



「どうやら、たいへんな怪我をしているようだね」



 細い腕が、ディーヴァを抱き上げた。



 そうなることでようやく、ディーヴァは声の主をはっきりと見ることができた。



 その銀髪の女性は、普通の服装をしていなかった。



 店で売っているような衣服は身につけず、布を体に巻いたような格好をしていた。



 彼女はそのまま、ディーヴァを抱えて運んでいった。



 傘は持っていないらしい。



 女性は雨に打たれ続けていた。



「……て」



 女性の腕の中で、ディーヴァは口を開いた。



「うん?」



「どう……して……」



 俺は、無能なのに。



 ディーヴァはかすれる声でそう尋ねた。



「何がかな?


 ええと、質問には後で答えるから、


 今は静かにしていた方が良いと思うよ。


 傷に響くからね」



「…………」



 ディーヴァは口を閉じた。



 そしておとなしく、その女性に運ばれていった。



(この人の手……温かい……)



 やがて女性は、立派なクランハウスの庭に入っていった。



(ここは……!)



 ディーヴァの心中が、驚きで満ちた。



 そこは知らない者が居ないほどの、有名なクランのクランハウスだった。



(ソラテラスダンジョンクランの


 クランハウス……!


 まさか……!)



 まさかこの人は……。



 そんなディーヴァの予想に反し、女性は庭の隅の方へと向かっていった。



「…………?」



 庭の片隅には、地下への階段と、藁の家が有った。



 女性は藁の家には向かわず、階段をおりていった。



「着いたよ。


 ここが私のダンジョンだね」



 階段の先には、暖かな草原が有った。



 ダンジョンの天井は、青空のように明るかった。



 クオンが草原を少し歩くと、その先には温泉が有った。



 クオンはディーヴァを抱えたまま、温泉に入って行った。



(温泉……?)



 自分はいったい何をされているのだろうか?



 そう思い、ディーヴァは疑問符を浮かべた。



 そんな気持ちを察したのか、銀髪の女性が口を開いた。



「この温泉には、


 ほんの僅かだけど、


 癒やしの効果が有るんだよ。


 ……ごめんね。


 私がもっと優れたダンジョンマスターなら、


 キミの怪我くらいは


 簡単に治せたんだろうけどね」



(この人は……


 何を謝ってるんだろうか……)



 こちらには恩しか無いというのに。



 感謝しかないというのに。



 いったい何を謝っているのか。



 そう尋ねるだけの体力が、このときのディーヴァには無かった。



 ディーヴァは1時間ほど、温泉につけられた。



 温泉に、癒やしの力が有るというのは本当らしい。



 少しずつ、体が楽になっている。



 ディーヴァにはそれが実感できた。



 喋る余裕ができた。



 そう思ったディーヴァは、銀髪の女性に言葉を向けた。



「あの……」



「何かな?」



「あなたは……何者ですか……?」



 そんなディーヴァの疑問に対し、女性は快く名乗った。



「私はクオン=ダンジョンマスター。


 いま私たちが居る


 このダンジョンのマスターだよ。


 キミは?」



「俺は……ディーヴァ=ダッタです……」



「そう。名前は聞いたことが有るよ」



「どうして俺を……助けてくれたんですか……?」



 弱い者を見捨てるのは、当然のことだ。



 弱者に価値は無い。



 ボロ雑巾と同じだ。



 ディーヴァはそんな現実を、腐るほどに味わってきた。



 だというのに、どうしてこの人は……。



 ディーヴァには、それがふしぎに思えた。



「どうしてって……。


 困っているように見えたからね」



「意味が……わかりません……」



「そう?


 そんなことより、体の具合はどうかな?」



「……だいぶマシになってきました」



「それは良かった」



 長湯を終えると、二人は温泉を出た。



 そして、服の水気をなんとかすると、藁の家に向かった。



 二人は家の中で座った。



「こんな所に住んでるんですか?」



 外にも中にも藁しか存在しない。



 そんな家を見て、ディーヴァはそう尋ねた。



 するとクオンは、薄く笑って言った。



「こんな所とは心外だね。


 私はこの家を、


 けっこう気に入っているんだけどね」



「……すいません。


 けどあなた、ダンジョンマスターなんですよね?


 それが藁の家に住んでいるというのは……」



「マスターと言っても、


 私はクランを運営しているわけでは無いからね」



「……そうなんですか?」



「うん。


 性分に合わないし、


 私のダンジョンは、クランメンバーを育てるには


 向いていないからね」



「向いていない……?」



「私のダンジョンは、1層しか無い。


 資源も無ければ、


 魔獣の1体も存在しない。


 取り得と言えば


 温泉が有ることくらいで、


 とても修練の場にはならないんだ」



「そんなダンジョンが有るんですね」



「恥ずかしながらね。


 私はダンジョンマスターの


 落ちこぼれというわけさ。


 土地の税金も払えないから、


 ソラテラスの庭に


 住まわせてもらっている」



 そう言ったクオンの口調は、実に穏やかだった。



 現状を、特に苦痛だとも思っていないらしい。



 だがディーヴァは、クオンの立場を不憫だと考えた。



「っ! あの!


 俺をあなたのクランに


 入れてもらえませんか!?」



 気がつけば、ディーヴァはそう頼み込んでいた。



「いやいや。


 私なんかに仕えても、


 何も良いことは無いと思うよ?」



 理性的にも感情的にも、クオンはディーヴァを必要としていない。



 それでやんわりと断ろうとした。



 だが、ディーヴァは引かなかった。



「他のクランには門前払いにされて、


 行く所が無いんです!」



「けど……」



「お願いします!


 このままでは野垂れ死にしてしまいます!」



 さらに声を強くして、ディーヴァは頭を下げた。



「うーん……。


 そこまで言われると、


 放り出すこともできないね。


 仕方ない。


 まともなクランが見つかるまでは、


 ここで暮らすと良いよ」



 クオンは仕方なく、ダッタ家の無能を引き取ることに決めた。



 彼の生活が落ち着くまでの、かりそめの主従関係。



 そのつもりだった。



 後にディーヴァが、どれだけクオンを悩ませることになるのか。



 このときのクオンには、予想もつかなかったのだった。





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