その39「ヨドハナとアダルマ」
パトラの疑問に答えるべく、メリットが口を開いた。
「聞いたところによると、
手配犯は、ディーヴァさまと決闘し、敗北。
その腹いせとして、
ディーヴァさまを背後から襲い、
重傷を負わせたようです」
メリットの物騒な言葉に、パトラは表情を変えた。
そしてすぐにこう尋ねた。
「重傷? だいじょうぶなの? ディーヴァは」
「適切な治療を受け
クランハウスへと帰還したという話です」
「そう。それにしても……。
レベル41のガーデナーを倒したの?
あのディーヴァが、
そこまで強くなっているなんて……」
ディーヴァの成長は、常軌を逸している。
彼は成人を迎えるまで、1度もダンジョンに潜ったことが無かった。
ついこの間まで、レベル1だったはずだ。
そんな彼が普通に努力したところで、そこまで強くなれるものでは無いだろう。
だとしたら、普通では無い強い気持ちが、彼を動かしたということになる。
そしてパトラは、その気持ちに心当たりが有った。
「これが……愛の力だというの……?」
ディーヴァの自分への愛は、想像よりも重いのかもしれない。
そう気付いたパトラの体が、ぶるりと震えた。
「はい?」
……。
ユピトクランハウスの訓練室。
団員のシノーペが、カシオペイアから剣の手ほどきを受けていた。
シノーペとカシオペイアでは、技量にもレベルにも、大きな差が有る。
シノーペは、胸を借りる形で、全力でカシオペイアに打ちかかっていった。
シノーペの刃がカシオペイアに届くことは無かった。
「……カシオ先輩。
聞きましたか?」
訓練に区切りがつくと、シノーペがカシオペイアに尋ねた。
質問が漠然としていて、何を言いたいのかわからない。
そう思ったカシオペイアは、シノーペに尋ね返した。
「何をだ?」
するとシノーペはこう言った。
「あのディーヴァさんが
ガナーパクランのサブリーダーを
倒したって言うんですよ?」
「ガナーパ?
あそこは商業系のクランだ。
サブリーダーなどと言っても、
大したことは無いのではないか?」
「それでも……レベル40は有ったっていうんですよ?
それって……」
「おまえを超えたかもしれん。
そういうことか」
シノーペは将来有望な新人だが、まだレベルは20にも満たない。
レベル40の戦士と戦えば、苦戦は必至だろう。
そんな強敵を、あのディーヴァが倒したのだという。
自分に惨敗した男が。
シノーペからすれば、信じがたいことだった。
「……ありえないです。
あんなに弱っちかったのに」
「ソラテラスさまが
あいつに手を貸したのかもしれんな。
男嫌いのあの方にしては
珍しいことだが……。
ユピトさまへの意趣返しということかもしれん」
「それにしたって、レベル40ですよ?
ついこのあいだまで
レベル3だったはずなのに……。
パワーレベリングをするにしても、
限度ってものが……」
「そうだな。
普通なら、そこまで急激にレベルを上げれば、
EXPに体が耐えられんだろうが……。
特異体質ということか。
ディーヴァ=ダッタは」
「才能が有るっていうんですか?」
「レベルだけに頼って
強くなろうとしても、
いつかは行き詰る。
おまえはユピトダンジョンクランの団員だ。
ハイレベルが約束されている。
焦らずに腕を磨くと良い」
「焦ってなんかいませんけど……。
次の15層の狩り、
私も加えていただけませんか?」
「私の独断では決められん。
ユピトさま次第だな」
「……はい」
……。
「クソ……! クソ……!」
寒々しい洞窟の片隅で、ヨドハナが毒を吐いた。
クランから逃げ出した彼は、アディスで息を潜めていた。
アディスでは、常に魔獣が徘徊している。
食料の入手もままならない。
このままアディスにこもっていれば、いつかは力尽きてしまうだろう。
かと言って、地上に戻れば衛兵に捕らわれる可能性が高い。
八方塞がりの状況だった。
「どうしてこんな事になった……!
ディーヴァ=ダッタ……!
あの落ちこぼれ野郎が……!
このまま縛り首になってたまるか……!
あいつも……
あいつのマスターも……
グチャグチャに嬲って殺してやる……!
けつあな洗って待ってやがれ!
クソが!」
ヨドハナは、逆恨みをディーヴァへと向けた。
とはいえ、そう簡単にディーヴァに接触できるものか。
できたとして、イクサバナ無しでディーヴァに勝てるものか。
現実的な問題が、彼の前に立ち塞がっていた。
「お困りのようだな」
突然に声が聞こえてきた。
「っ……! 誰だ……!?」
ヨドハナは、ルームの入り口の方を睨んだ。
そこに、赤いローブ姿の人物が立っていた。
その人物は、フードを深く被っていた。
ヨドハナの位置からは、素顔を確認することはできなかった。
彼女はフードから、中性的な声を漏らした。
「俺は……そうだな。
秩序-ダルマ-に反する者、
アダルマ。
そう名乗っておくとしようか」
見るからに怪しい人物だ。
自分を狙ってきた賞金稼ぎだろうか。
そう思ったヨドハナは、女に向かって拳を構えた。
イクサバナは、既に失われている。
他の剣を用意する余裕も無かった。
もし相手がかかってくるのなら、素手で戦うしかなかった。
「この首は……
そう簡単にはやらねえぞ……!」
ヨドハナは、女を威圧した。
「そう気負うなよ。
丸腰じゃないか。
それで何ができるっていうんだ?」
「テメェ一人の頭くらい……
素手でもカチ割ってやるよ……!」
「良い戦意だ。
そんな戦士なオマエに朗報だ。
力をやろう」
「……はぁ?」
「欲しいだろう?
ディーヴァ=ダッタを倒すだけの力が」
「何だよ? その力ってのは?」
「イクサバナさ。
それも特別な」
「おまえまさか、ダンジョンマスターなのか?」
「まあな」
「そいつが本当なら
ありがたい話だが、
何が目的だ?
俺にイクサバナを与えて
何の得が有る?」
「あの英雄の子供を
野放しにしておけば、
将来の禍根になるかもしれない。
そうなったら
それはそれでおもしろいかもしれないが、
私の仲間は
そんな事は望まないだろう。
気まぐれに、
彼を始末しておこうかと思ってな」
「何を企んでやがる。
ガキ一人を始末するのに、
わざわざ俺なんぞに
声をかけるなんてよ」
「六石が怖くてな。
普段はアディスに
引きこもることにしている。
そこへ都合よく、
おまえという手駒が現れたというわけだ」
「六石?
何をやらかしたんだ? おまえ」
「1から10まで話すつもりは無い。
俺に手を貸すか、
賞金稼ぎに狩られて死ぬか、
選べ」
「チッ……。
とっとと力をよこせ」
二つの選択肢は、明らかにつりあってはいなかった。
ヨドハナには、そう答えるしか無かった。
実際は、冷静に考えれば、三つ目の選択肢を見出すこともできたかもしれない。
だが、それを成し遂げる余裕は、疲弊した彼には残っていなかった。
詐欺師とは常に、人の心の隙に付け入るものだ。
このとき、ヨドハナという男は、大きな隙を晒していた。
ヨドハナは、イクサバナを受け取るべく、アダルマに近付いた。
「…………」
アダルマが、ヨドハナの頭に手を伸ばした。
ヨドハナの体が、赤い光に包まれた。
「ぐ……!?」
ヨドハナが呻いた。
彼の全身を、赤い痛みが襲い始めた。
「ぐあああああああぁぁぁぁっ!」
激痛に耐え切れず、ヨドハナは叫んだ。
偶然か、必然か。
ガーデナーたちが、彼の叫びを聞きつけることは無かった。
……。
ディーヴァはクオンクランハウスを出た。
「それじゃ、アディスに行ってきます」
ディーヴァがそう言うと、見送りに出たクオンが、彼に声をかけた。
「うん。気をつけてね。
キミを刺した男は、
まだ捕まってはいないようだから」
「……はい。
ただ、あれから四日たってますからね。
もうこの近くには
居ないんじゃないですかね?」
「それでも、油断は大敵だよ」
「そうですね。
けど、ずっと怯えてるわけにもいかないんで。
行ってきます」
「行ってらっしゃい。ディーヴァ」
ティエリが言った。
彼女はディーヴァとは別行動だ。
レベルが低い彼女が、アディスに潜るメリットは無い。
危険の少ないホームダンジョンで狩りをする予定だった。
「ああ。オマエもがんばれよ」
ディーヴァはそう言って、クランハウスから去っていった。
そして通りを歩き、広場からアディスへと入った。
(さて……。じっくり行きますか)