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その36「浄玻璃ノ鏡と隠された罪」




「何って、何のことだ?


 それよりも、


 真剣勝負の最中に、


 敵に背を向けちゃいけないぜ。なあ?」



 ヨドハナは、ニヤニヤと笑っていた。



 先ほどの醜態など微塵も感じさせない、勝ち誇った笑みだった。



「テメェ……。


 負けを……認めただろうが……。


 俺が……勝った……。


 そうだろう……?」



「何のことだ?


 おまえら、俺がギブアップするのを見たか?」



 ヨドハナは、ガナーパクランの団員たちに声をかけた。



 クランメンバーたちは、俯いて何も答えなかった。



 クランにおける力関係が、彼らを縛っているようだった。



 今の状況に、何も思わないわけでは無いのだろう。



 彼らは気まずさに耐えるような表情を浮かべていた。



 だが、実際に何かをしようとする者は、一人も居なかった。



「誰も見てないってよ」



「クソ野郎が……!」



 ディーヴァはヨドハナを罵った。



 だがヨドハナは、まったくこたえていない様子だった。



 ディーヴァを刺した事に、まったく後ろめたさを感じていないらしい。



 卑怯という言葉は、彼の辞書においては、何の意味も為さないのだろう。



「この世で一番クソな存在が何か分かるか?


 くたばった負け犬だ。


 死んだら吠えることもできねえ。


 おまえもすぐにそうなる。


 ……ここで死ね。ディーヴァ=ダッタ」



 勝利こそ至上。



 その他の物事は、ノイズに過ぎない。



 自身の価値観に沿って、ヨドハナは前に出た。



 そして蹴りをはなった。



 怪我人相手の遠慮などは存在しない。



 ヨドハナの靴底が、ディーヴァの腹を、勢い良く打った。



「が……!」



 元々、パワーでは負けている。



 負傷し弱っていたディーヴァは、簡単に蹴り倒された。



 ディーヴァは倒れたまま、立ち上がる様子を見せなかった。



 傷が重いらしい。



 彼の脇腹からは、血が流れ続けていた。



 勝敗が決したと見たヨドハナは、いったんディーヴァから離れた。



 そして地面から、自身のイクサバナを拾い上げた。



 武器を取り戻したヨドハナは、再びディーヴァに向かっていった。



「ディーヴァ……!


 ヨドハナ! やめろよ卑怯者!」



 ティエリが二人の間に入った。



 そしてヨドハナを責めた。



 それに対し、ヨドハナは少しうるさそうにしただけだった。



「うぜえな。


 ちょっと優しくしてやったら


 つけあがりやがってよ。


 おまえの相手は


 後でたっぷりとしてやる。


 引っ込んでろよ」



 ヨドハナの大きな手が、ティエリの頬を張った。



「あうっ……!」



 ティエリとヨドハナでは、体格にもレベルにも、大きな差が有る。



 ティエリは簡単に張り倒された。



 邪魔者がどくと、ヨドハナはディーヴァのすぐ近くに立った。



 ヨドハナの靴底が、ディーヴァの顔を踏んだ。



 ディーヴァの頭に不快な痛みが走った。



「あの世で負け犬どもによろしくな」



 ヨドハナはディーヴァの急所に、剣を振り下ろそうとした。



 そのとき。



「その足をどけるんだ」



 女の声が、ヨドハナの鼓膜を揺らした。



「あぁ?」



 ヨドハナは、声の方を見た。



 そこに銀髪の女が立っていた。



「誰だテメェは?」



 静寂たる声音で、女はヨドハナに答えた。



「クオン=ダンジョンマスター。


 キミが踏みにじっている


 ディーヴァ=ダッタの


 クランマスターだよ」



「そうか。そいつは悪いがな、


 この野郎は、


 俺との決闘に負けたところだ。


 こいつの首は俺が取らせてもらうぜ」



「白々しいね。


 2度言うよ。


 その足をどけるんだ」



「どけなかったら何だって言うんだ?


 最弱のダンジョンマスターが。


 どうしてくれるってんだよ?」



「私はまだ、


 直接的な暴力の手段を持ってはいない。


 だからといって、


 キミを傷つけられないわけじゃない。


 ディーヴァは私に


 厄介なモノをプレゼントしてくれた。


 理不尽に抗う力だ。


 力が無いから、ただ事態を静観する。


 そんなふうには言っていられなくなってしまった。


 私は私のイシで


 暴力の行使の是非を


 判断しなくてはならなくなった。


 理不尽に暴力で立ち向かうことは、


 果たして正しいのか。


 いちいち考えなくてはならない。


 暴力は、『静寂』から最も遠い行いだ。


 実に億劫なことだ」



「何をゴチャゴチャと言ってやがる……!?」



「要点をかいつまんで言うと、


 こういう事になるね。


 3度言う。


 ディーヴァから足をどけるんだ。


 さもなくば、


 私はキミに、暴力を行使する。


 私はね、


 キミという邪悪を、


 言葉で説き伏せられるほど


 高尚な存在じゃないんだ。


 伝説に出てくるような


 理想的な存在じゃあ無い。


 残念ながらね。


 私は生きたダンジョンマスターで、


 様々な粗が存在する。


 不完全なんだ。


 だから、


 キミが私の言うことを聞いてくれないと言うのなら、


 今日は暴力を使うことに決めたのさ。


 ディーヴァを助けるには


 それが一番


 手っ取り早いように思えるからね」



「ちっとも掻い摘んでないじゃねーかよ」



「そうかな?


 私が言いたいことは


 伝わったと思いたいけど」



「俺にわかってるのは、


 俺が今からこのガキを


 ブチ殺すっていうことだけだ」



「……そう。残念だ」



 クオンは空に手のひらを向けた。



 そして唱えた。



「『浄玻璃ノ鏡』」



 クオンの頭上に、大きな縦長の宝鏡が出現した。



 超常的な力で呼び出された鏡は、音も無く浮遊していた。



 鏡を使って攻撃でもしてくるのか。



 そう考え、ヨドハナが身構えた。



 だが実際には、攻撃が飛んでくることは無かった。



「…………?」



 ヨドハナの表情に、困惑の色が見えた。



 彼の言葉に答えるように、クオンが口を開いた。



「この鏡には、


 人を直接殺める力は無い。


 だけど……


 キミのような悪鬼にとっては


 致命傷になるかもしれないね」



「その鏡が何だってんだ……!」



「すぐにわかるよ」



 鏡面が輝いた。



 すると鏡に、とある場面が映し出された。



 その中央に、40歳くらいの男の姿が見えた。



「親父……?」



 ティエリが呟いた。



「そうだ。あれはルドルフさんだ」



 ガナーパクランの団員の中に、そう口にする者が居た。



 どうやら鏡に映っているのは、ティエリの父親のルドルフらしい。



 ルドルフは、狭い路地らしき所を歩いていた。



 次に団員の一人が、鏡を見ながらこう言った。



「その後ろに居るのは


 ヨドハナさんじゃないか?」



 彼の言うとおり、ルドルフの背後には、ヨドハナらしき男の姿が見えた。



 それを見て、ヨドハナの顔色が変わった。



「……っ!


 今すぐそれを止めろ!」



 ヨドハナはクオンに怒鳴った。



 対するクオンは、のんびりとした口調でこう言った。



「それは無理だね。


 1度動き始めた鏡は、


 私にも止めることはできない」



「やめろおおおおおおおおぉぉぉっ!」



 ヨドハナの叫びは、鏡に影響をもたらさなかった。



 現実の時間と歩幅をあわせて、鏡の中の光景も、時を進めていった。



 鏡の中で、ルドルフが口を開いた。



『それで、話っていうのは?』



 彼はそう言って、ヨドハナへと振り向こうとした。



『ああ。実は……』



 ヨドハナの手中で、ナイフが光った。



 ナイフがルドルフの背中に突き立てられた。



『え……ぁ……』



 ルドルフは、愕然と崩れ落ちた。



『どう……して……?』



 ルドルフが尋ねると、ヨドハナは彼を見下ろしてこう言った。



『どうしてだと?


 おまえの事は、


 ずっと気に食わなかったのさ。


 アグネスみたいな良い女は、


 おまえには似合わねえ。


 俺にこそふさわしかったっていうのに……。


 それをおまえは……』



『そんな……ことで……


 クランの……仲間を……』



『仲間? 知るかよ。さて……』



 ヨドハナは屈み、ルドルフから鞄を奪った。



 そして鞄を開き、中から証書を取り出した。



 これを持って銀行に行けば、ガナーパからの融資のカネを受け取ることができる。



『ティエリのことは心配すんなよ。


 この金で、しっかり面倒を見てやるさ。


 ふっ。はははははははっ!』




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