その35「ディーヴァとヨドハナ」
ディーヴァは無礼とも言える言葉を吐き出した。
そしてさらに、こう訴えかけた。
「ティエリにとって、
このクランは、針の筵だ。
ここに居たら、こいつは潰れる。
ガナーパさま。
お願いです。
借金は、いつか必ず返しますから、
彼女が自由になれるように、
許可をお願いします」
ディーヴァは最後に、深々と頭を下げた。
「……そのようだな。
良いだろう。
ティエリ。おまえの脱退を認める。
団員たちの無体の慰謝料として、
借金の利子も免除とする。
まっすぐに才能を伸ばし、
父親の借りを、いつか返しに来い」
「ガナーパさま……!
裏切り者の子供を……
このまま行かせるんですか……!?」
「裏切り者……か。
裏切りという悪を、許せない。
おまえはそんな事を言うつもりか?
彼女の立場につけこみ
肉欲を満たそうというおまえに、
正義の心が有るとでも言うのか?
もう黙っていろ」
魂胆を見透かされたヨドハナの言葉が、ガナーパに届くことは無かった。
ヨドハナは、悔しそうに呻いた。
「ぐ……ぐぐ……!」
ガナーパはヨドハナから意識を外し、ティエリに声をかけた。
「ティエリ。
今から主従の契約を解く。
こちらに来なさい」
そう言って、ガナーパは椅子から立ち上がった。
「はい!」
ティエリはガナーパに近付いた。
そして跪いた。
ガナーパは、ティエリの頭に手をかざした。
ティエリの体が輝いた。
ティエリの足元に、プランターサークルが出現した。
サークルから、ティエリのイクサバナが現れた。
鍔にカンナの花を持つ短剣は、光に溶けて消えていった。
やがてティエリのイクサバナは、完全に消滅した。
マスターとガーデナーの契約が、解除されたということだ。
ガナーパは、ティエリのマスターでは無くなった。
室内が完全に静まると、ガナーパがティエリに言った。
「これで私とおまえの間に有るのは、
ただ借金のしがらみだけだ。
好きに生きると良い」
「ありがとうございます!」
ティエリははっきりと礼を言い、頭を下げた。
ガナーパは、ティエリの後ろのディーヴァを見た。
「ディーヴァ。
私が言えた義理でもないが、
その子のことを頼んだぞ」
「はい」
ディーヴァがそう応えると、ガナーパは椅子に戻った。
「悪いが……
私はまた……眠らせてもらおう……」
眠そうに言って、ガナーパは目を閉じた。
用は済んだ。
ディーヴァとティエリは、ガナーパに背を向けた。
そして二人でクランハウスを出た。
玄関を抜け、庭の地面を踏んだ。
そのとき。
「ディーヴァ=ダッタ……!」
二人を追ってきたヨドハナが、血走った目で、ディーヴァを睨みつけた。
「落ちこぼれ野郎が……!
よくもやってくれたな……!
このままで済むと思うなよ……!」
ディーヴァはヨドハナへと振り向いた。
「っ……」
ティエリはディーヴァの後ろに立って、ヨドハナから隠れた。
ヨドハナのことを、まだ恐れている様子だった。
しつこい男だ。
ディーヴァはそう思い、ヨドハナを睨み返した。
「クランマスターが
ティエリを解放すると宣言したんだ。
ガナーパさまのイシに
逆らうつもりか?」
「クランからの脱退を
認めるとは聞いたが、
手を出すなとは言われちゃいねえ……!」
「同じ事だろうがよ」
「ガナーパさまの顔に泥を塗った
裏切り者の娘を
そのまま行かせてたまるかよ……!
なあ?」
「…………」
ヨドハナは後ろを見た。
そこには他のクランメンバーたちの姿が有った。
彼らの表情は、決して明るくはない。
ヨドハナに、無理に付き合わされているのかもしれない。
「クラン総出で
俺たちをリンチにかけようってのか」
「心配するなよ。
こいつらはただの見届け人だ。
おまえらごとき、
俺一人で十分だからな。
逆におまえらは、
二人でかかってきても良いんだぜ」
「良く言うぜ。
ティエリはマスターとの契約を解除したばかりだ。
イクサバナは無い。
ダンジョンに潜ったのも
昨日が初めてだ。
戦う力が無いって、
よくわかってんだろ?
そんなに13のガキを抱きたいかね。
変態野郎が」
「ティエリの母親を知ったら
そんな事も言えなくなるぜ。
そいつは良い女になる。
既にその片鱗も有る。
5年後に笑うのが、この俺さ。
……開花!」
ヨドハナは、プランターサークルを展開させた。
プランターから、ヨドハナのイクサバナが出現した。
それは広い刃を持った、片刃の大剣だった。
「……………………」
対するディーヴァは、鞘からイクサバナを抜刀した。
「鞘にイクサバナを入れてんのか?
妙な事をしてやがるな」
「意外と便利なんだぜ。これ。
……そろそろ始めて良いか?」
「来いよ! ディーヴァ=ダッタ!」
「応!」
ディーヴァは前に出た。
お互いがお互いの、間合いの内に入った。
ディーヴァが剣を振り、ヨドハナがそれを迎え撃った。
二人の剣が、何度もぶつかり合った。
剣と剣が、火花を散らしていった。
「オラアッ!」
「っ……!」
ヨドハナの剣の圧力が、ディーヴァを後退させた。
ディーヴァはすぐに体勢を立て直した。
下劣なだけだと思っていた眼前の男を、ディーヴァは内心で見直していた。
(強いな。
アクタたちよりずっと強い。
クランのサブリーダーを
任させるだけのことはある。
だけど……)
「負けられるかよ……!」
この戦いには、ティエリの人生もかかっている。
強いだけの下衆に、負けるわけにはいかなかった。
ディーヴァは気炎を燃え上がらせた。
総合的に見れば、ヨドハナの方が格上かもしれない。
だがディーヴァは、気迫でヨドハナの動きに食らいついていった。
格下のはずの若造を、なかなか打ち倒せない。
その事実が、ヨドハナを苛立たせた。
「しつ……けえ……!」
焦れたヨドハナは、ディーヴァから距離を取った。
そして唱えた。
「散華! 『大地走斬』!」
イクサバナが輝いた。
ヨドハナは、脇構えから剣を振り上げた。
地面を走る衝撃波のような力が、ディーヴァへと疾走した。
「ぐあっ!?」
衝撃が、ディーヴァを吹き飛ばした。
「ディーヴァ!」
攻撃を食らったディーヴァを見て、ティエリが叫んだ。
ディーヴァは地面を転がった。
「オラァ!」
ヨドハナは、さらに剣を振った。
花びらが散り、再度の衝撃が、ディーヴァを襲った。
ディーヴァは地面を転がって、その攻撃を回避した。
「どうだ! 手も足も出ねぇだろうがよ!」
ヨドハナは勝ち誇った。
ヨドハナの花びらは、まだ7枚有った。
同じ攻撃を、7回はなてるということだ。
「…………」
ディーヴァは無言で立ち上がった。
そして地面を蹴り、ヨドハナに突進した。
「正面から……?
バカじゃねえのか!?
そのままくたばれ!」
ヨドハナは、散華の力を使おうとした。
それよりも早く、ディーヴァが唱えた。
「散華、『常楽我浄』」
ディーヴァのイクサバナから、花びらが散った。
それに合わせて、ヨドハナの花びらも散った。
ディーヴァが4枚の花びらを散らせると、ヨドハナの花びらはゼロになった。
興奮したヨドハナは、それに気付かなかった。
それで散華の力に頼ろうとして、ディーヴァに向かって剣を振った。
「おらあああっ! ……へ?」
剣を振りきったヨドハナが、マヌケな声を上げた。
ヨドハナの散華は不発に終わった。
もし散華が発動していれば、ディーヴァはヨドハナの一撃を、モロに食らっていただろう。
本来なら、ディーヴァが不利だったはずの状況。
それが逆に、ヨドハナに大きな隙を生んだ。
「ふっ!」
ディーヴァは全力で剣を振った。
その一撃は、ヨドハナの剣を弾き飛ばした。
ヨドハナは丸腰になった。
「らあっ!」
ディーヴァはすぐさま蹴りをはなった。
ディーヴァの蹴りが、ヨドハナの胸を打った。
ヨドハナは蹴り倒された。
ヨドハナは立ち上がろうとした。
だがそのとき、ヨドハナの頭のすぐ隣に、ディーヴァの剣が突き刺さった。
「ヒッ……!」
ヨドハナは悲鳴を漏らした。
「俺の勝ちだな?」
ディーヴァの問いに、ヨドハナはコクコクと頷いた。
ディーヴァはイクサバナを剣に収め、ヨドハナに背を向けた。
「ティエリ」
家に帰ろう。
ディーヴァはティエリにそう言おうとした。
だが。
「ディーヴァ! 後ろ!」
突然に、ティエリが叫んだ。
「え……?」
ディーヴァは振り向こうとした。
ずぐり。
ディーヴァの脇腹に、激痛が走った。
「な……!」
ディーヴァは驚愕した。
ディーヴァの脇腹に、ヨドハナが短剣を突き刺していた。
ディーヴァはよろよろと、ヨドハナから離れた。
「何……してやがる……」