その34「ディーヴァとガナーパ」
ディーヴァとヨドハナは、一瞬目を合わせた。
今、あいつに用は無い。
そう思ったディーヴァは、ヨドハナを無視して、ガナーパに挨拶することになった。
「クオンダンジョンクランのリーダー。
ディーヴァ=ダッタです。
お久しぶりです。ガナーパさま」
ディーヴァは丁寧に、ガナーパに一礼した。
「ああ……。
あの小さかった子供が……
大きくなった……ものだな……」
ガナーパは、ディーヴァのことを覚えているらしかった。
ディーヴァもガナーパのことを、うっすらとは覚えていた。
だが、以前に会ったガナーパとは、雰囲気が違うように感じられた。
思い出の中のガナーパは、もっとハキハキしていたように思える。
今のガナーパの様子は、薄ぼんやりとしていて、なんだか眠たそうに見えた。
それをふしぎに思い、ディーヴァは疑問の声を漏らした。
「あの……?」
ガナーパの側も、ディーヴァが抱く違和感に気付いたらしい。
それでこう答えてきた。
「ん……。気にするな。
私はだいぶ前から、
とある病気にかかっているんだ」
「病気?
ダンジョンマスターが
病気にかかるものなのですか?」
ディーヴァにとって、それは初耳だった。
ダンジョンマスターは、不老の存在だ。
殺せば死ぬが、人間のような病にかかることはない。
ディーヴァの認識では、そういうことになっていた。
その認識が、間違っていたというのだろうか。
「ふしぎだろう?
私もそう思う。
ダンジョンマスターというものは、
生老病死のうち
老と病からは解き放たれた存在のはずだ。
普通であれば、
病気になどかかるはずも無い。
だが、かかってしまったものは仕方が無い。
現実を受け入れるしかないな。
それで私の病気だがな、
ただただ眠くなる。
……それだけだが、
これがなかなか厄介だ。
人が何かを為すには、
まず起きている必要が有るからな。
今の私は、
一日のほとんどを眠りに費やしている。
昔の私が見れば、
この状況には怒りを感じたかもしれない。
だが、そんな怒りの火種すら、
この眠気が奪い去ってしまう。
ふふっ。困ったものだ」
ガナーパは、覇気の無い笑みを浮かべた。
彼女はどうやら、大変な状況に居るらしい。
とはいえ、ディーヴァたちにも事情は有る。
話を進める必要が有る。
相手が病気だからといって、遠慮をしている場合ではない。
それでディーヴァは、丁寧な口調でこう言った。
「眠いなか、
わざわざすいません。
お話をさせていただいてもよろしいですか?」
「ああ。手短に頼む」
「ティエリを
このクランから解放してください」
ディーヴァは単刀直入に、自身の要求を口にした。
「…………」
ヨドハナの目つきが鋭くなった。
「ティエリ……?」
その名前が、誰のことを指しているのかわからない。
ガナーパはそんな様子を見せた。
「俺の隣に立っているこの子です。
あなたのクランメンバーのはずですが、
わからないのですか?」
クランマスターであれば、所属している団員の身の上くらい、把握しているべきではないのか。
病気だから、仕方が無いのかもしれない。
そう思いつつも、ディーヴァの言葉には、責めるような声音が混じってしまった。
「ん……。ああ」
ガナーパはティエリを観察するように見た。
そしてこう言った。
「ルドルフとアグネスの娘か。
前に見た時よりも、女らしくなったな」
「…………」
ティエリは気まずそうに沈黙していた。
ガナーパはティエリから視線を外し、ディーヴァにこう尋ねた。
「それで、解放というのは?」
「この子は
親が起こした事件のせいで
クランメンバーから
酷い扱いを受けています。
今の状況は、
彼女のためにはならない。
彼女がクランから脱退できるように
許可をいただきたい」
「そいつは無理だな」
ヨドハナが口を開いた。
ディーヴァはヨドハナに、冷めた視線を向けた。
「俺は今、
ガナーパさまと話をしてるんだが?」
「俺はクランの副リーダーだ。
発言する権利が有る」
(……そんな偉いのかよ。コイツ)
「なるほど? それで?
何が無理だってんだ?」
「ティエリには、
親が残した莫大な借金が有る。
それを返済せずに
のうのうとヨソのクランに逃げようなんて、
そんな虫のいい事が
許されるわけがねえだろうがよ。
そうですよね?
ガナーパさま」
「うむ……。
確かに、
クランを抜けるにしても、
最低限のケジメは
つけてもらわねばならんだろうな」
ガナーパがそう言うと、ディーヴァはヨドハナに向かって言った。
「……確認しておくが、
おまえはティエリに
何を求めてるんだ?」
「何って、借りを返すことだろうがよ」
「本当に?」
ディーヴァはヨドハナに、見透かすような視線を向けた。
「あ?」
「金を返すことだけが大事なのなら、
おまえらクランメンバーで、
ちょっとはティエリのことを
援助してやれば良い。
レベルを上げたり
戦い方を教えてやったりした方が、
ティエリの稼ぎも上がって、
借金返済も早くなる。
けど、おまえらのやってる事は逆だ。
何の手助けもせず、
彼女を苦しめるようなことばかりしてる。
本当は、借金なんてどうでも良くて
ティエリを虐めるのが
楽しいんじゃねえのかよ?」
ディーヴァはヨドハナたちを責めた。
これがただの言いがかりなら、酷い侮辱になる。
だがディーヴァは、自分が見当外れなことを言っているとは思っていない。
堂々と、ヨドハナを睨みつけていた。
「ふざけた言いがかりをつけてんじゃねえ!」
ヨドハナが、ディーヴァに怒声をぶつけた。
ディーヴァはそれを恐れることなく、怒声に怒声を返した。
「ふざけてんのはテメェだろうが!
13歳のガキを
一人でアディスに潜らせるような外道が!」
「アディスだと?」
ディーヴァの叫びを聞いて、ガナーパの眉が沈んだ。
「おまえたち、
あの子をたった一人で
アディスに潜らせているのか?」
ガナーパは、責めるような視線を向けて、ヨドハナに問うた。
それに対し、ヨドハナはこう弁解をした。
「それは……。
俺たちは、
助けてやるって言ったんですよ!
けど、そいつが意地を張って、
一人でアディスに潜ったんです」
「誓って本当か?」
「誓います。
俺はそいつに
助けてやっても良いって言いました。
けど、そいつが拒んだんです。
……そうだよな?」
(そうだと言え……!)
ヨドハナは、ぎらりとした眼光を、ティエリへと向けた。
「っ……」
ティエリの体がこわばった。
ディーヴァは眼光を遮るようにして、ティエリの前に立った。
「だいじょうぶだ。
あいつが何をしてきても、
俺はあんな奴に
おまえを踏み潰させたりはしない」
「ディーヴァ……。
お……俺……。
たしかに……言われたんだ……。
ヨドハナの奴に……助けてやるって……」
ティエリの言葉は、ヨドハナの証言を裏付けるようなものだった。
それを聞いて、ヨドハナはにやりと笑った。
ティエリはさらに言葉を続けた。
「あいつの女になるなら、
助けてやるって……そう言われた……!」
「テメェっ!」
ヨドハナが怒鳴った。
ガナーパがヨドハナを、冷たく睨んだ。
「……今の話、本当か? ヨドハナ」
「こ……こんなのデタラメですよ……!」
「私の名に誓って言えるか?」
「ぐ……ぐうぅぅぅ……!」
ヨドハナは、もう誓えなかった。
ガーデナーにとって、誓いとは重要な意味を持つ。
誓いから逃げたヨドハナを、ガナーパはもう信用しないだろう。
形勢が定まったのを見て、ディーヴァが口を開いた。
「これでわかったでしょう。
ガナーパさま。
前のあなたがどうだったのかは知らない。
しかし、失礼ですが、
眠りの病気にかかったあなたは、
クランの監督がまともにできてはいない」