その33「ディーヴァとガナーパクランハウス」
そう言った後、ディーヴァはクオンを見た。
そしてこう頼んだ。
「クオンさま。
向こうのクランマスターとの話し合いに、
クオンさまも参加してもらえませんか?
俺一人で行くよりは
きちんと相手にしてもらえる確率も
上がると思いますから」
ディーヴァは名も無きガーデナーだ。
いや、実際は悪名は有る。
とにかく、よそのクランに厚遇されるような、立場の有る人間では無い。
それと比べて、クオンは弱小ではあるが、ダンジョンマスターだ。
マスターというだけで、普通の人間よりは重く扱われるだろう。
そういう扱いの差は、話し合いの結果にも響くはずだ。
ディーヴァはそう考えて、クオンを誘ったのだが……。
「……ごめん」
「クオンさま?」
ディーヴァは驚いた。
クオンはあまり、人の頼みを断るタイプでは無い。
それに今回の件は、ティエリの人生がかかっている。
まさか断られるとは、ディーヴァは思っていなかった。
ディーヴァが戸惑っていると、クオンはこう言った。
「私はガナーパの事が苦手なんだ。
彼女と話すことはできない。
ごめんね」
「いえ……。
こっちが勝手に頼んだだけですし。
クオンさまが謝ることじゃ
ありませんけど……」
ディーヴァはクオンにフォローを入れた。
頼みを断られたことには、たしかに驚いた。
だが、今回のことは、自分が勝手に言い出したことだ。
それを断ったからといって、クオンに罪が有るわけでは無い。
そう思っていた。
「でも、意外ですね。
クオンさまにも
苦手な相手とか居るんですね」
「うん。
私の主題を考えると
恥ずかしい話ではあるんだけどね」
「何か酷いことでもされたんですか?
ガナーパさまに」
「いや。そういうわけでも無いよ。
彼女が極悪人だとか
そういう事では断じて無い。
だけどね、なんだか苦手なんだ。
自分でも、うまく説明はできないんだけど……」
「そうなんですね。
まあ、苦手なものは仕方ないです。
ガナーパさまの所へは
俺とティエリで行ってきますよ」
……。
ディーヴァの元婚約者、パトラの家。
夕食時。
パトラは家族と一緒に、食卓を囲んでいた。
大クランの幹部の家だけあって、食堂は広い。
食卓のテーブルクロスには、一流の職人による繊細な刺繍がほどこされていた。
その上に並んだ食器には、豪華さよりも繊細さを意識した料理が盛り付けられていた。
「お父様」
パトラが父親に声をかけた。
「うん?」
父のアウレテスが、パトラに視線を返した。
彼はパトラと同じ黒髪を持ち、瞳は青かった。
その瞳に、パトラの姿が映った。
父と目が合うと、パトラはこう言った。
「サンドロック=ダッタの
婚約の申し出ですが、
お断りしておいてください」
「彼のことが
気に入らなかったのか?」
「好みに合わないだけなら
私は受け入れます。
ですが、サンドロック=ダッタは小人です。
邪心が多く、
度胸に欠け、
無為に人を貶めようとします。
あのような者と組すれば、
プトレマイオの家名に
瑕が残ることになるでしょう」
「パトラがそこまで言うなんて、
よっぽどだね」
パトラの兄のガイウスが口を開いた。
ガイウスは、アウレテスに向かってこう言った。
「父上。パトラの言うとおり、
縁故だけを優先した婚約は
考え直した方が良いのでは?」
「そうは言うがな。ガイウス。
それなりの家格が有って
年が釣り合う男子を見つけるだけでも
一苦労なんだぞ?」
ディーヴァとパトラの婚約解消は、突然のものだった。
たとえ落ちこぼれでも、ディーヴァは信頼できる人物だ。
安心してパトラを任せられる。
そう思っていた所へ、急にディーヴァが家を追い出された。
ディーヴァを軽んじることは、婚約者であるパトラへの侮辱にもなる。
そう考えたアウレテスは、ディージャに抗議をしようかとも思った。
だが、パトラが気にしていないと言うので、抗議を中止したのだった。
その後のアウレテスは、慌てて次の婚約者を探した。
そこへダッタの分家が声をかけてきた。
家格は落ちるが、まあ問題は無いだろう。
これで娘が行き遅れになることは無い。
そう安堵したところだったのに、またダメになってしまったのか……。
そんな父の気持ちを知ってか知らずか、パトラはこう言った。
「お父様。
私はべつに
一生独身でも構いません。
そう無理をなされなくても良いのですよ」
「パトラ……。
婚約を嫌がっているのは
本当に
サンドロックの人柄だけの問題なんだな?」
「そう言っているはずですが」
「ディーヴァに心が残っているわけでは無いんだな?」
「……何のことでしょうか?」
「彼はいい男だった。
惜しいことに
魔術の才能こそ無かったがな。
あの美貌の後では、
どんな相手も霞んでしまう。
そういうことではないのか?」
「勘違いも甚だしいですね。
私がディーヴァを愛していたのではなく、
ディーヴァが私を愛していたのです。
……とても深く。
まるで深海のように。
その愛情に
報いてあげたいという気持ちも
少しだけなら有りました。
ですがもう、どうしようもない話です。
彼と私とでは、
地位に天と地ほどの隔たりが
できてしまったのですから」
アウレテスは困惑した顔で、妻のフィロに近付いた。
そして小声で耳打ちをした。
「なあ、フィロ」
「何でしょう?」
「ディーヴァはそんなに深く
パトラのことを愛していたのか?」
「さあ? 初耳ですが」
「……どうしたものか」
……。
ティエリは藁の家で一泊した。
その翌日。
ディーヴァとティエリは、ガナーパクランのクランハウスへと向かった。
ガナーパダンジョンクランは、ソラテラスのクランよりも格下だ。
だが、そのクランハウスは、ソラテラスにも負けないくらいに立派だった。
これはガナーパクランが商業系のクランであるためだ。
ダンジョン攻略ではなく、商売によって莫大な富を手にする。
ダンジョンマスターの商才が為せる技だった。
ディーヴァたちは、クランハウスの門へと近付いていった。
門の近くには、二人の門衛の姿が見えた。
門衛は、二人とも男性だった。
その片方が、ティエリに声をかけてきた。
「ティエリ。そいつは何者だ?」
その疑問にディーヴァが答えた。
「俺はディーヴァ=ダッタ。
クオンダンジョンクランのリーダーだ。
クランリーダーとして
ダンジョンマスターのガナーパさまに
面会をお願いしたい」
「クオンダンジョンクラン?
聞いたことが無いな。
だいたい、ディーヴァ=ダッタだと?
おまえあの、ダッタ家の落ちこぼれか」
「だったら何だ?」
「有名な落ちこぼれがクランリーダー?
おまえが言うクランは
本当に実在するのか?
おまえのような怪しい奴を、
ガナーパさまに会わせるわけにはいかない」
「そう思うなら、
ガナーパさまに問い合わせてみろ。
ガナーパさまとクオンさまは、
面識が有るはずだ」
ディーヴァはそう言うと、鞄から書状を取り出した。
「ここにクオンさまからの
直筆の紹介状も有る。
印も押されている」
「チッ……。
ここで待っていろ。
妙な真似をするんじゃないぞ」
門衛の一人が、クランハウスの庭へと入っていった。
残ったもう一人の門衛は、警戒するような視線を、ディーヴァへと向けた。
ディーヴァはそれを無視して、のんびりと男が戻るのを待った。
(どうなるかな。
ガナーパさまもクオンさまを嫌ってるなら
門前払いにされる可能性も有るが……)
少し待つと、門衛の男が戻って来た。
「ガナーパさまがお会いになられる。
ついてこい」
男はそう言って、ディーヴァたちに背を向けた。
ディーヴァとティエリは、男の後に続いて、クランハウスの庭に入った。
そして庭を通過して、玄関からクランハウスに入った。
さらにハウス内を歩き、廊下の突き当たりの部屋へと入った。
広い部屋の奥に、玉座のような椅子が見えた。
椅子の上には、灰髪の女性の姿が有った。
サイドテールの灰髪は、象の鼻のようにも見えた。
彼女の服装は、パンジャビドレスと呼ばれる赤いドレスだった。
「私がガナーパだ」
灰髪の女性が名乗った。
ガナーパの両隣には、護衛らしき者たちの姿が見えた。
その片方は男で、片方は女だった。
ディーヴァは男の方に見覚えが有った。
(ヨドハナ……)