その32「ティエリと身の上」
「ソーデスネ」
「あの立派な家は?」
ディーヴァたちの家だと思い込んでいた邸宅を見て、ティエリがそう尋ねた。
「ソラテラスさまのクランハウスだ。
俺たちクオンダンジョンクランは
ソラテラスさまの温情で
庭に住まわせてもらってる」
「庭に……。
ディーヴァみたいな強いガーデナーでも
所属するクランが弱小だと
こんなド底辺の家に
住まないといけないんだな……」
実物の藁の家など、ティエリは初めて見た。
こういう家は、古代人とかの住み家では無いのか。
書物の上だけの、伝説の存在では無かったのか。
現代人が、実際に住んでいるというのか。
狭いだとか古臭いだとかのレベルを超えている。
これが底辺ガーデナーの暮らしなのか。
ディーヴァは自分よりも、ずっと強いのに。
そう思って、ティエリはショックを受けたようだった。
「いや」
誤解を解くために、ディーヴァが口を開いた。
「今はそこそこ稼げてるから
借りようと思ったら
並の借家くらいなら借りられるけどな。
けどクオンさまが
あんまり体面とか気にしない人だから……」
一ヶ月に12万シーズほど有れば、そこそこの家が借りられる。
テレポートラビット6匹分だ。
実際は、初期費用として、保証金なども必要になる。
それを踏まえても、今のディーヴァの稼ぎが有れば、引越しは不可能ではない。
だがクオンは、引っ越したいなどとは、微塵も考えていないらしい。
狭い藁の家に満足しているようだった。
「体面って……そういうレベルかコレ?」
そうして話していると、藁の家からクオンが出てきた。
「おかえりなさい。ディーヴァ」
クオンはディーヴァに挨拶すると、ティエリの方へ視線を移した。
「……そちらのお嬢さんは?」
クオンの質問に、ディーヴァが答えた。
「こいつはティエリ。
見習いのガーデナーです。
アディスで拾いました」
「俺は猫じゃないぞ!?」
ティエリはディーヴァを睨んだ。
クオンは穏やかな笑みを作り、ティエリに話しかけた。
「いらっしゃい。ティエリ。
私はクオン=ダンジョンマスターだ。
キミを歓迎するよ」
「あっどうも」
「さっそく家に……と言いたいところだけど、
その前に……ディーヴァ」
クオンはディーヴァを睨んだ。
彼女の視線は、ディーヴァの肩へと向けられていた。
「何だい? その傷は」
アクタたちとの戦いで、ディーヴァは負傷していた。
特に、パトロックの針を受けた部分は、血まみれになっていた。
「え? べつに軽傷ですけど」
この程度は、なんということもない。
ディーヴァはそんな態度を見せた。
「世間だと重傷って言うんだよ。
そういう傷は。
ホームダンジョンで死にすぎて
怪我に対する感覚が
鈍くなってるんじゃないかい?」
「普通に動けますけどねぇ」
「動けるとか動けないとか
そういう問題じゃないんだよね。
そんな態度が続くなら
アディスでの活動自体に
制限を設けなきゃいけなくなるけど……」
「えっ……。
これから気をつけるんで、
勘弁してください」
「とりあえず、
回復ポーションを飲みなさい」
「もったいなくないですか?」
「アディス禁止」
「飲みます」
ディーヴァはポケットからポーションを取り出した。
そのときティエリが口を開いた。
「あのさ……。
俺のイクサバナで
軽い傷くらいなら治せるぜ。
もし良かったらだけど……」
「それじゃあ頼む」
特に断る理由も無い。
ディーヴァはティエリの治療を受けることにした。
「うん。……開花」
ティエリはプランターサークルを出現させた。
サークルから、短刀型のイクサバナが出現した。
ティエリはイクサバナを手に取ると、ディーヴァに剣先を向けた。
そして唱えた。
「散華、『瑠璃護光』」
短刀の鍔から、カンナの花が1枚散った。
ディーヴァの体が、瑠璃色の光に包まれた。
肩の傷が塞がっていった。
「おお、治った。すげーな」
ディーヴァがそう言うと、ティエリは照れた様子を見せた。
「べつに……。
治癒術師が居れば済む話だし
大したこと無いよ」
「そうか? けど、ありがとうな」
「……どういたしまして」
治療が終わると、ディーヴァたちは藁の家に入った。
夕食時だ。
ディーヴァが料理をすることになった。
以前、ディーヴァたちの夕食は、パンとジュースだけという粗末なものだった。
稼ぎが増えた以上、クオンに粗末な物は食べさせられない。
そう考えたディーヴァは、調理用の魔導器などを購入し、料理に挑戦していた。
ディーヴァは慣れない手つきで、食材を調理していった。
魔導コンロの上で煮込まれた食材は、やがてカレーへと姿を変えた。
「食え」
ディーヴァは皿によそったカレーを、ティエリに差し出した。
「良いのか?」
「遠慮すんな」
「うん……」
ティエリはカレーを受け取った。
そして、突き刺さっていたスプーンを手に取り、カレーをすくった。
次にスプーンを口に入れた。
「あったかい……」
ティエリは安堵の声を漏らした。
それを見ながら、クオンが口を開いた。
「しかしディーヴァ。
珍しいね。
女の子を家に連れてくるなんて」
「紛らわしい言い方をしないでください。
女だから連れてきたわけじゃないですよ」
「そうなのかい?」
「そうなのです。
ただ、困ってたみたいだったから、
放っておくのもどうかと思ったんですよ」
「そう。力になってあげると良いよ」
「はい。それで……」
ディーヴァはティエリに顔を向けた。
「おまえ借金が有るんだって?
どういう事情なんだ?」
「深い理由は無いよ。
親父が、借金を残したまま
どこかに行っちまった。
だからガキの俺が
代わりに借金を返すハメになったってワケだ」
「母親は?」
「だいぶ前に病気で死んだよ」
「……そうか」
「相続放棄をすれば、
借金を背負う必要は
無かったんじゃないかな?」
クオンがそう言った。
それに対し、ティエリはこう応えた。
「法律だとそうなんだろうけどさ。
そんな事、言い出せる雰囲気じゃ無かった。
親父が金を借りた相手は、
クランマスターのガナーパさまだった。
ただ借金を踏み倒すのとは
ワケが違う。
親父はクランの
面汚しってことになった。
張本人の親父が消えたから、
親父がやったことのツケは、
全部俺に降りかかってくる事になった。
腫れ物扱い。
ムラハチってやつさ。
クランハウスに部屋は有っても
誰も俺を助けちゃくれない。
少なくとも、
借金を全部返すまでは
同じ扱いが続くだろうさ。
……返せるアテなんてねえけど。
ヨドハナの野郎は、
そんな俺の弱みに
つけこんで来やがった。
あいつの女になれば、
借金も肩代わりしてくれるってさ。
……死んでもお断りだけどな」
「女って、こんなガキをか?」
「言うほどガキじゃねえよ!?
胸だって大きくなってきてるんだからな!?」
「はいはい。悪かったよ」
「むぅ……」
「何にせよ、気に食わねえな。
おまえの親父が
金を持ち逃げしたのは
悪かったかもしれねーけどよ。
いい年こいた大人どもが
13歳のガキを
よってたかって痛めつけるような真似をよ。
そんなクラン、
抜けられねーのか?」
「けど、借金が……」
「つってもよ、
今のままクランに居続けても、
どうしようもねーだろうがよ。
……俺がそっちのクランマスターと
話をつけてやるよ」
「えっ? そんな事できるのか?」
「できるかできないかは、
やってから考えりゃ良いだろ。
どうせ今が底なんだ。
もし失敗しても、
そう悪いことにはならねーだろ」