その30「アクタと散華」
「何のつもりだ? ディーヴァ」
久々に出会ったカモを、アクタは睨みつけた。
「っ……」
弱者としての記憶が、ディーヴァの体をこわばらせた。
理性的に値踏みをしても、今が良い状況だとはとても言えない。
(こいつらは、中級ガーデナーだ。
レベル30前後。
それが3人。
レベル20台の俺じゃあ
勝ち目は無いだろうな。
それを、何を格好つけちまったんだか)
一刻も早く、ここから消え去りたい。
ディーヴァはそんな気分になった。
だが、それが叶わないということは理解していた。
「何とか言えってんだよ! あァ!?」
アクタは怒声をはなった。
弱いやつは、ちょっと声を張り上げればビビる。
アクタのような男は、本能的にそれを理解している。
これまでのディーヴァなら、この迫力に服従したかもしれない。
だがディーヴァは、苦々しい顔をしつつも、まっすぐな眼光を、アクタに返した。
「……ガキじゃねえかよ」
「あ?」
「相手は13歳のガキだ。
それを大のオトナが3人で囲んで、
恥ずかしくないのかって言ってんだよ……!」
「ほんの少し会わなかっただけで、
随分と態度がでかくなったじゃねえか。
色々と、忘れちまったみたいだな。
だったら……
思い出させてやるよッ!」
アクタはディーヴァに殴りかかった。
中級ガーデナーの拳が、ディーヴァの顔面へと向かった。
かつてのディーヴァなら、無様に殴り飛ばされ、階段を転がり落ちていただろう。
だが、この時のディーヴァは、アクタの拳を掴み取ることに成功していた。
「てめぇ……!」
ディーヴァから拳を引き剥がし、アクタは彼を睨んだ。
(パンチが見えた……?)
ディーヴァは内心で驚いていた。
今の自分では、まだアクタにはかなわない。
そう諦めていたからだ。
「アクタ。何を遊んでやがんだよ」
アクタの仲間、パトロックが口を開いた。
それを聞いて、ディーヴァはこう考えた。
(遊び……?
そうか……手加減されたのか……)
「うるせえ」
アクタは忌々しげに毒づいた。
「階段じゃあ
パンチに腰が乗らねえんだよ」
「それじゃあ、下に行こうぜ。ディーヴァ」
アクタの仲間、ヘクトルがディーヴァに言った。
「……わかった」
本気でケンカをするなら、広い場所が良いだろう。
そう思ったディーヴァは、ヘクトルに同意した。
「ガキ、おまえも来い」
アクタがティエリを睨んだ。
「っ……」
このまま逃げられる雰囲気ではない。
そう思ったティエリは、ディーヴァに同行することにした。
5人は大階段を下りて、アディスへと入った。
そして魔獣の居ない部屋に移動した。
ディーヴァはアクタたち三人と向かい合った。
ティエリは隠れるような様子で、ディーヴァの後方に立った。
「さてそれじゃあ、
身の程を思い出せてやるよ!」
アクタは素手のまま構えた。
そしてディーヴァに殴りかかった。
(見える!)
アクタの拳を、ディーヴァの瞳ははっきりと捉えていた。
潜りこむようにして、ディーヴァは拳を避けた。
その直後、アクタの腹に、拳を叩き込んだ。
「がはっ……!」
アクタが呻いた。
ディーヴァはアクタから距離を取った。
(相手が油断してたから
1発入れられた……。
けど、これからは油断は無いだろうな)
そう考え、ディーヴァは身構えた。
「よくも……よくもやりやがったな
この野郎……!」
アクタは血走った目を、ディーヴァへと向けた。
「おい……アクタ?」
余裕の無いアクタを見て、パトロックが戸惑いを見せた。
次にヘクトルがこう言った。
「待て。様子がおかしいぜ。
いくら油断してたからって、
落ちこぼれのパンチが
アクタに効くはずが……」
「ブチ殺してやる……!
開花……!」
アクタは足元に、プランターサークルを展開した。
プランターから、片刃の曲刀が出現した。
アクタはイクサバナの柄を握った。
「おいおい、抜きやがった。マジかよ」
刃物を手に取ったアクタを見て、ヘクトルが顔をしかめた。
これはもう、ケンカの範疇を超えている。
「…………」
ディーヴァは腰の剣に手を伸ばした。
ソラテラスに貰った剣ではなく、イクサバナを抜刀した。
ディーヴァとアクタ、お互いが剣を構えた。
「行くぞオラァッ!」
アクタはディーヴァに斬りかかった。
対するディーヴァは防御に専念した。
守勢に回るディーヴァに対し、アクタは決定打を与えられなかった。
「クソ……が……!
ウロチョロしやがって……!」
(こいつ……まさか……)
苛立った様子のアクタを見て、ディーヴァの中に疑念が浮かんだ。
「全力なのか? それで」
ディーヴァは疑念を口にした。
「ッ……テメェ……!」
アクタの顔が、憤怒に染まった。
そんなアクタを見て、ヘクトルが口を開いた。
「落ち着けよアクタ」
「邪魔すんじゃねえよ……!」
「だから落ち着けっての。
そいつは多分、
ここ数日見ないうちに、
誰かにパワーレベリングを受けてる。
ざっと見た感じ、
レベル40近くは有るぜ」
ディーヴァのレベルは、まだ30にも達していない。
だがヘクトルは、なぜかそう推測した。
すぐにアクタがヘクトルに反論した。
「こんな短い期間で、
そこまでレベルが上がるかよ?
EXPの浴びすぎで
体がボロボロになっちまうぜ」
EXPは、人に力を与える。
だが、EXPは無害では無い。
身の丈を超えた量を吸収すれば、体に害が出る。
ヘタをすれば、死ぬこともありえる。
「そりゃ信じがたい事だけどよ、
そういう体質なんだろうさ。
目の前の現実を見ろよ。
もうそいつはカモじゃねえ。
無くなっちまったんだ。
コスパが悪い事はやめようぜ」
ヘクトルが、ダルそうに言った。
だがアクタには、ヘクトルの言葉を聞き入れるつもりは、無いようだった。
「ここまでコケにされて
引き下がれるかよ……!」
「仕方ねえな……。開花」
このままアクタを負けさせるわけにはいかない。
そう考えた残りの二人が、イクサバナを手にした。
武器を手にしての3対1。
嬲り殺しと言っても良い状況だ。
「ディーヴァ……。
俺はどうしたら……」
ティエリがディーヴァに尋ねた。
ティエリが加勢すれば、盤面は2対3になる。
だが、ティエリのレベルが2しか無いということを、ディーヴァは知っている。
ディーヴァには、彼女の手を借りるつもりは無かった。
それでそっけなく言った。
「べつに。そこで見てろよ」
「行くぞオラァ!」
アクタを先頭に、三人がディーヴァに襲いかかった。
ディーヴァは冷静に、三人を観察した。
(1対3……。
けど、全員が近接タイプだ。
それなら……)
ディーヴァは小刻みに動いた。
(これ……間合いの管理だ……)
ティエリがディーヴァの意図に気付いた。
(ディーヴァは徹底的に動き回って、
同時に一人からしか
攻撃されないように立ち回ってる。
けど……)
アクタの隙を見て、ディーヴァは蹴りを放った。
「ぐっ……!」
蹴りは相手の肩を打った。
だが、決定打にはならなかった。
(ディーヴァは剣を、
防御にしか使ってない……。
手加減してる?)
「剣を使えよ! ディーヴァ!」
焦れたティエリが、ディーヴァにそう叫んだ。
「使ってるだろうが! 見てわかんねーのか!?」
「攻撃に使えって言ってんだよ!」
「アホ!
人を斬ったら牢屋行きなんだぞ!
知らねーのか!?」
「そんなこと言ってる場合かよ!?
斬るのが嫌なら
腹で殴れば良いだろ!?」
「その手が有ったか!」
「舐め……やがってえええええぇぇぇ!」
アクタは剣を振りかぶった。
そしてこう叫んだ。
「散華ッ!」
アクタのイクサバナの花びらが、一つ散った。
その直後、アクタは剣を力強く投げた。
「ぐっ!?」
勢い良く飛んで来た剣を、ディーヴァはイクサバナで弾いた。
宙でカーブを描いた剣は、綺麗にアクタの手元に戻った。
「もう1発!」
アクタは再び剣を投げた。
花びらが、もう1枚散った。
アクタの花びらは、残り8枚になった。
ディーヴァは飛んで来た剣を防いだ。
その隙に、残りの二人が距離を詰めた。
ヘクトルの剣が、ディーヴァに迫った。
「っ……!」
ディーヴァは逃げた。
服の二の腕の部分が、切り裂かれた。
刃は皮膚にまで届いていた。
ディーヴァの肌から血が流れた。
(ディーヴァが押され始めた……。
遠距離攻撃を使う相手に、
間合い管理は通用しない。
そういうことか……)
戦況は、ディーヴァ不利になった。
目の前の光景を見て、ティエリはそう判断した。
だが、ディーヴァ当人は、現状に怯えてはいなかった。
「……………………」
ディーヴァはイクサバナを、正眼に構えた。
そしてこう唱えた。
「散華。『常楽我浄』」
成長したディーヴァのイクサバナは、以前とは姿を変えていた。
鍔の花びらが、6枚になっていた。
イクサバナが、花びらを散らせた。
花びらが1つ散るごとに、アクタの側の花びらが、2枚散っていった。
ディーヴァの側の花びらが4枚散ると、アクタの花びらはゼロになった。
「俺のイクサバナが……!」
これでもう、アクタは散華を使えない。