その3「掌打と墜落」
ディーヴァは後継ぎではなくなった。
家での立場を無くしながら、それでも普通に暮らすことはできた。
魔術の才を見限られたディーヴァは、学校で勉学に励むことに決めた。
家の名に恥じない人間になりたい。
そう思い、ディーヴァは努力した。
そのおかげもあって、彼の成績は優秀だった。
ガーデナーにはなれなくても、それなりの仕事にはつけるはず。
ディーヴァはそう思っていた。
父が死ぬ、その時までは。
……成人式を少し過ぎたころ。
凶悪な魔獣との戦いで、ディーコン=ダッタは戦死した。
予定通り、家督はディージャが継いだ。
その後……。
「兄上。いや……。ディーヴァ。
今すぐこの家から
出て行ってもらえるか?」
使用人とともに、ディージャが部屋に押し入ってきた。
そして、突然にそう言った。
「え……?
いきなり……何言ってんだ……?」
ディーヴァは呆然と尋ねた。
するとディージャは、ディーヴァを睨んでこう言った。
「キサマのような無能に使う金など、
ダッタ家には無いということだ」
「それは……けど……
約束したはずだ……!
俺が学校を卒業するまでは、
家の世話になっても良いって……!」
「それはキサマと父上の約束だろう?
俺が知ったことでは無い」
「そんな……! ムチャクチャだ……!」
ディーヴァが抗議すると、ディージャは彼のすぐ前に立った。
ディージャは拳を、ディーヴァの頬に突き刺してきた。
「ぐあっ……!」
ディーヴァは殴り飛ばされた。
体格は、ディーヴァの方が大きい。
背の高いディーヴァに対し、ディージャの身長は平均程度だ。
だが、力はディージャの方が上だった。
これまでに積んできた戦闘訓練の差だ。
後継ぎであるディージャは、ダンジョンでの実戦もこなしている。
レベルは二桁には達しているだろう。
対するディーヴァは、レベル1のままだ。
たとえ体格で勝っていても、勝負になるはずも無かった。
もし手加減が無ければ、この一撃で、ディーヴァは絶命していただろう。
「虫唾が走るんだよ……!
父上は、勇敢に戦死なさったというのに……
キサマのような臆病者が……
のうのうと息をしているのを見るとな……!」
倒れたディーヴァを見下ろし、ディージャはそう言った。
「そんな……」
「つまみ出せ」
ディーヴァは使用人たちに拘束された。
ダッタ家の使用人は、当然に戦闘訓練を積んでいる。
ただの学生にかなうような相手ではなかった。
ディーヴァは抗えず、廊下を引きずられていった。
途中に妹の姿が見えた。
「…………」
ディアナは無言でディーヴァを見た。
きょうだいの目が合った。
「ディアナ……! 助けてくれ……!」
ディーヴァは思わず助けを求めた。
「お断りします」
ディアナは平坦な声で、兄の求めを拒絶した。
「ディアナ……?」
「なさけないと思わないのですか?
妹に助けを求めるなど……。
恥を知ってください」
「っ……!」
ディーヴァは二の句が継げなくなった。
そのまま引きずられたディーヴァは、妹の視界から消えた。
ディーヴァは乱暴に、敷地の外へとたたき出された。
「こんな……
こんなの……
おかしいだろうがよ……!」
土埃にまみれたディーヴァは、ふらふらと立ち上がった。
家に戻ることは許されない。
仕方なく、その場を去った。
力なく歩いていると、こんな思いつきが生じた。
(そうだ……!
パトラなら俺を助けてくれるはずだ……!)
パトラとは、ディーヴァの婚約者の名前だ。
彼女ならきっと。
そう思うと、ディーヴァの両足に、力が舞い戻ってきた。
ディーヴァは早足で、婚約者の家へと向かった。
門番に話をすると、ディーヴァは応接室に通された。
ソファに座って、ディーヴァは婚約者と向かい合った。
「何の用かしら?」
パトラがディーヴァにこう尋ねた。
パトラの髪は黒髪で、前髪は、きっちりと切り揃えられていた。
白いゆったりとした衣服を着て、髪や首周りには、黄金のアクセサリを身につけていた。
彼女の意思の強そうな目は、ディーヴァに後ろめたさを感じさせた。
「……援助を頼みたい」
抵抗感を抱きつつも、ディーヴァは素直にそう言った。
「援助?」
「俺が学校を卒業するまでの間、
生活の面倒を見て欲しい」
「どうして?」
パトラは首を傾げた。
「え……?」
「どうして私が、
あなたの生活の面倒を
見ないといけないのかしら?」
「婚約者だろう……?
俺たちは……」
「……はぁ」
パトラは芝居っぽくため息をついた。
「パトラ……?」
「あなたはまだ、
私の婚約者のつもりでいたのね。
なんて能天気な」
パトラは呆れたような声音で言った。
「え……?」
「あなたと私の婚約は、
シバとシリス、
二つのダンジョンクランの
友好と発展のために結ばれたものよ。
ダッタ家を追い出されたあなたは、
もうクランとも何の関係も無い。
そんなあなたと、
クラン重鎮の娘である私で、
釣り合いが取れるわけが無いでしょう?」
「それは……だったら……」
「婚約者だから助けろなどと言うのは、
筋違いだと言うことよ」
「おまえにまで見捨てられたら……
俺は学校をやめないといけなくなる……!
中退じゃあ、
どこも雇っちゃくれない……!
これからどうしろって言うんだよ……!?」
「そこいらに居る庶民のように、
地べたを這って
生きていけば良いんじゃないの?」
婚約者だったはずの少女は、冷たくディーヴァを突き放した。
「っ……!」
「さあ、話が済んだのなら、
出ていってもらえるかしら?」
それ以上、パトラに食ってかかることはできなかった。
ディーヴァは諦めて、とぼとぼと館を出た。
(なんにも無しか……)
脱力感と共に、ディーヴァは空を見上げた。
「今の俺は、なんにも無しかよ」
(これからどうしたもんかな)
ディーヴァは諦めて、これからの事を考えはじめた。
これ以上の醜態を積み重ねるよりは、そうした方が建設的だ。
そう思ったのだった。
(そのへんの下働きなら、
なんとか雇ってもらえるかな。
けど……いっそ……
ガーデナーを目指してみるのも
良いんじゃないか?
今までは、
ダッタ家の長男としての立場が有った。
魔術の才能が無い俺が、
ガーデナーなんて目指して
ロクな活躍もできなかったら、
家の恥になっちまう。
だから憧れは有っても、
ガーデナーは目指せなかった。
けど……。
家から見捨てられた今の俺なら、
何やったって良いんじゃねえか?
俺は……自由だ)
ディーヴァは気分を切り替えた。
そしてガーデナーを目指すことに決めた。
だが……。
「キミ、ダッタの家を追い出された子でしょ?
そういう子を雇うのは、
ちょっとねえ」
「悪いが、うちじゃあ雇えないな」
「いらない」
新しい道のりも、平坦だとは言えなかった。
ディーヴァはダンジョンクランへの所属を希望して、様々なクランハウスを訪ねた。
だが、ダンジョンマスターたちの言葉は、冷淡だった。
ディーヴァが無能だから……。
冷遇された理由は、それだけでは無いようだ。
ダッタ家は名家だ。
ディージャ=ダッタは、名家の当主だ。
そんな男と、ディーヴァは仲違いをした。
有力者と揉めたディーヴァを迎え入れれば、何かの火種になるのではないか。
中小のダンジョンマスターたちは、そんな懸念を抱いたようだった。
ディーヴァは必要以上に遠ざけられることになった。
だがそれでも、諦めずクラン所属を目指した。
そして……。
ディーヴァは都市最強と言われる、ユピトクランのクランハウス前を訪れた。
「なんとか面接だけでもお願いできませんか?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
クランハウスの門番相手に、ディーヴァは頼み込みをしていた。
門番は当然、クランの人事係などでは無い。
管轄外の頼みごとをされて、困った顔を見せた。
そのとき……。
「どうした?」
黒髪ポニーテールの少女が、門の前へと現れた。
少女は質の良い鎧に、身を包んでいた。
ガーデナーのようだ。
年齢は、ディーヴァよりもほんの少し上くらいだろうか。
「カシオペイアさま」
門番が、少女の名前を呼んだ。
門番のほうが、少女より年上のように見える。
だが、門番の態度には、少女への敬いが見えた。
年齢に似合わず、カシオペイアという少女は、それなりの立場に居るらしい。
門番はさらに言葉を続けた。
「この男が、
クランの面接を受けさせて欲しいと」
「こいつが……?」
カシオペイアは値踏みするような目を、ディーヴァへと向けた。
「どこかで見たような顔だな」
カシオペイアが言った。
ディーヴァも彼女のことを、どこかで見たような気がしていた。
だが、はっきりと思い出すことはできなかった。
それでディーヴァは、ただ名乗ることに決めた。
「俺は……ディーヴァ=ダッタです」
「ダッタ家の長男か。
無能すぎて
家を追い出されたという」
「……そうですけど」
「ここがどこだか分かっているのか?」
「……はい」
「なるほど?
ここがユピトダンジョンクランだと知って
門を叩いてきたというわけか。
……良い度胸だ」
次の瞬間、ディーヴァの視界から、彼女の姿が消えた。
「あっ……!?」
気付いた時には、胸に掌打が打ち込まれていた。
ディーヴァの体が、宙へと打ち上げられた。
「ごほっ……!」
ディーヴァは空中で吐血した。
そしてぐるぐると回転し、足から墜落した。
嫌な音が、ディーヴァの鼓膜に響いた。