その28「ティエリと侮蔑」
「逃げろ」
「えっ?」
ディーヴァの答えに、少女は驚きを見せた。
「遠距離攻撃を使う魔獣が
複数いるのがわかったら、
相手せずに逃げちまえ。
それが1番の対策だ」
「えぇ……?
冴えねえなあ。
なんとかして
やっつけられねーのかよ?」
逃げるなんて格好悪い。
そう思った少女は、不満げな表情を見せた。
「不可能ってわけじゃ無いがな。
相手に気付かれる前に
強力な呪文を放ったり、
魔導器やアイテムを使ったり、
イクサバナの力を使うとか。
遠距離攻撃持ちの魔獣は
打たれ弱いのが多いから、
奇襲で倒せることが多いらしい。
俺はそういうのは苦手だから、
ムチャな戦いは
避けることにしてる」
「ふーん?
けど、初めて戦う魔獣が
遠くから攻撃できるかなんて、
わからなくないか?」
「いまどき、
アディスに関する資料なんて
腐るほど有る。
新しい階層に挑む前に、
ギルドとか図書館に行って、
敵の情報を調べておけ。
……文字は読めるよな?」
「バカにすんなよ。
読めるに決まってんだろ」
「そいつは悪かった。
それで、
次はおまえに一対多をこなしてもらうぞ。
良いな?」
「ああ!」
二人は魔獣を探した。
そして、3体のネズミを発見した。
いきなり3対1は、荷が重いのではないか。
そう思ったディーヴァは、少女にこう尋ねた。
「1ぴき間引いて
1対2にしても良いが、
どうする?」
「やるよ。見ててくれ」
少女はやる気を見せた。
ディーヴァは彼女のやる気を、尊重することに決めた。
「わかった。
ただ戦うんじゃなくて、
後ろにも気をつけろよ」
「後ろ?」
「いつの間にか、
他からやって来た魔獣に
囲まれるってこともありえる。
だから、ほんの少しだけ
背中にも意識を残しておくんだ」
「えぇ……。
ムチャ言うなよ……」
「できなきゃ死ぬぞ」
「わかったよ……! やれば良いんだろ……!」
少女はそう言うと、ネズミたちへと向かっていった。
すぐに戦闘が始まった。
ディーヴァは少女の背中を見守った。
少女の戦法は、ディーヴァの教えを忠実に守っていた。
複数の敵の間合いには入らない。
1体だけの間合いに居続け、見るべき相手を絞る。
攻撃が来たら、1体1の時と同様に反撃する。
理に適った戦法で、少女は魔獣の1体を撃破した。
魔獣が2体に減った後も、同様の戦法を続けた。
そして敵を1体に減らした。
そうなれば、後はただの1対1だ。
危なげなく、最後の1体も撃破した。
「よっしゃあ!」
無事に勝利した少女は、その喜びを全身で表現してみせた。
「よくやったな」
ディーヴァが声をかけると、少女はディーヴァに笑顔を向けた。
「うん!」
さらに一対多の訓練を続けた。
少女は全ての戦いに、無傷で勝利した。
戦闘を終えた少女は、戦利品の魔石を口にふくんだ。
そしてガリガリと噛み砕いた。
「あれ……」
口を開けた少女が、疑問の声を発した。
「どうした?」
「なんだか……
力がみなぎってくるような気がする……」
「レベル2になったんだろうな。
それなら1層の敵相手なら
かなり楽に戦えるはずだ」
「まさか1日でレベルアップできるなんて。
これもにいちゃんのおかげだよ。
ありがとう」
「どういたしまして。
俺はそろそろ
自分の目的を果たしに行く。
もう一人でも
だいじょうぶだな?」
一区切りがついた。
そう判断したディーヴァは、少女にそう言った。
「ああ。任せといてくれよ」
「そうか。
階層を進める時は
下調べを忘れるなよ」
「わかってる」
「じゃあな」
ディーヴァは少女に背を向けようとした。
「あっ、待ってくれよ」
少女はディーヴァは呼び止めた。
「どうした?」
ディーヴァは足を止めて少女を見た。
「名前くらい教えてくれよ。
俺はティエリ。
所属クランは
ガナーパダンジョンクランだ」
「ガナーパ?」
「うん。それがどうかした?」
(ガナーパクラン……。
シバさまの姉妹クランか。
ガナーパさまとは
実家に居たころに
会ったことが有る。
子供を一人でアディスに潜らせるような
酷いマスターには見えなかったけど……)
「いや……。
俺はディーヴァ。
クオンダンジョンクランの
ディーヴァ=ダッタだ」
「ディーヴァ=ダッタ……?」
ディーヴァの名を聞いた少女、ティエリが顔色を変えた。
「ティエリ?」
「あの有名な落ちこぼれかよ」
明確な侮蔑が、そこには有った。
「…………」
ディーヴァの眉根が寄った。
負の感情を隠さずに、ティエリは言葉を続けた。
「俺がガキだから
知らないとでも思ったか?
……どうして俺に近付いた?
家でゴミ扱いだからって、
何も知らない新米ガーデナーになら、
ちやほやしてもらえると思ったのか?
……そうだな。
あんたの事、
ちょっと凄い奴なんじゃないかって思ったよ。
けど、
本当は落ちこぼれのクズだったんだな。
それを黙って近寄ってくるなんて、
ちょっと姑息じゃねえのか?」
「確かに俺は
ダッタ家の落ちこぼれだ。
魔術の才能が無いからって、
家を追い出された。
けどだからって、
おまえにクズ呼ばわりされる筋合いはねえよ」
ディーヴァは堂々と、ティエリに言葉を返した。
その声音には、微かに怒りが滲んでいた。
「そうかな?」
「はぁ?」
「魔術の才能が無い?
それだけか?
素行が悪かったから、
学校にも居られなくなったんだろ?
あんたの評判の悪さは有名だぜ。
ディーヴァ先輩」
「おまえ、中央学園の生徒か」
「ちょっと前まではな。
今はただのガーデナーさ。
あんたと同じでな」
「それで?
俺の評判が悪いって?
どういうことだ?」
「いまさら
しらばっくれるのかよ?
あんたの噂は、
三つ下の俺たちの所にまで届いてたんだぜ?
女を泣かせたり、
ヤバい薬に手を出したりもしてたらしいじゃねーか」
「俺は学校にはマジメに通ってた。
あそこに通えなくなったのは、
家を追い出されたせいで
カネがなくなったからだ。
……どうしてそんな噂が流れてるんだ?」
「自分の胸に聞いてみろよ。先輩」
「…………」
ディーヴァは困惑した。
少なくとも、ディーヴァは在学中に、自分に対する悪評を聞いたことは無かった。
妙な噂は三つ下の下級生にまで届いているらしい。
しかも多くの生徒たちが、それを事実だと認識しているようだ。
それほど強い噂なら、本人の耳にも届いてくるはずでは無いのか。
この噂は、自分が学校を去ってから流れ始めたのかもしれない。
ディーヴァはそう推測した。
だが、どうしてそんな噂が流れたのだろうか。
原因を断定することは、ディーヴァにはできなかった。
もやもやとするディーヴァの脳裏に、弟の顔が浮かんだ。
(ディージャのしわざか?
もしそうなら、
ご丁寧に死体蹴りまでくれやがって、
暇な野郎だな。
……まあ、あいつがやったって証拠も無いが)
「そういう噂が有るってのは分かった。
……それで?」
「何だよ? 開き直るってのか?」
「おまえには俺が
その噂どおりのクズに見えたのか?」
「クズだって、
目的が有るのなら
いい人ぶることだって有るだろうさ」
「目的? 何だそれは?」
「それは……
わかってんだよ!
何か企んでるってのは!」
「そうかよ」
ディーヴァはティエリに背を向けた。
「じゃあな。ティエリ」
「あ、ああ……。もう近寄ってくんなよ」
「そうするさ」
ディーヴァは表情を殺して、ティエリの傍から去った。