その26「アディスとレベル1の少女」
「着替えてきました」
「よろしい」
ディーヴァは新しい服に着替えた。
綺麗な新品の服は、なぜかディーヴァを落ち着かない気持ちにさせた。
ほんの二ヶ月ほど前には、ダッタ家の長男として、最高級の衣服に身をつつんでいたのに。
おかしなものだ。
そんな事を考えながら、ディーヴァはクオンダンジョンから出た。
見送りのため、クオンもその後に続いた。
庭に立ったディーヴァたちは、庭の正門へと向かった。
その途中に、ソラテラスたちの姿が有った。
「おはよう。ソラテラス」
まず、クオンが挨拶をした。
それにソラテラスが返した。
「お姉さま。おはようございます。
って……何なのですか!?
その格好は!?」
いつも布を身にまとっているクオンが、可愛いらしいドレスを着用している。
そのことに対し、ソラテラスは大きな驚きを見せた。
「ディーヴァが選んでくれたんだ。
……似合わないかな?」
「まさかまさか!
とってもお似合いですが……!
私がドレスを送ろうとした時は
受け取ってくださらなかったのに……」
ソラテラスは悔しそうに言った。
それを見て、クオンは淡々とこう言った。
「だって、そこまでしてもらうような関係じゃ無いだろう?」
「ぐふっ……!?」
「ただでさえ
庭を貸してもらっているのに、
これ以上の借りを作るなんて
できないよ」
実際はクオンは、ソラテラスに様々な借りを作っている。
鞘を貰ったり、だいたいは、ディーヴァのためのものだ。
それを棚に上げて、クオンは謙虚な態度を見せた。
「っ……その男なら良いと言うのですか……!」
「ディーヴァとは、
持ちつ持たれつ、
助け合う家族のような関係だからね。
たまにはドレスの1着くらい
買ってもらっても良いかなと思ったんだ。
私もディーヴァの服を
選んであげたんだよ。
ふふっ」
クオンは嬉しそうに笑った。
それはソラテラスが初めて見る笑顔だった。
「おのれ……!
ディーヴァ=ダッタ……!」
ソラテラスの視線が、ディーヴァを射抜いた。
その眼光は、実に私怨に満ちていた。
「えぇ……」
呆れたような声を漏らしてから、ディーヴァはクオンに声をかけた。
「クオンさま。
そろそろ行きますね」
「うん。気をつけてね。ディーヴァ。
私は散歩にでも行こうかな」
二人は庭から出た。
そして、別々の方向へと歩いていった。
ディーヴァは通りを歩き、大階段が有る広場へと辿りついた。
彼は広場から、大階段を見下ろした。
(凄く久しぶりな気がするな。
実際は、前にここに来てから
一ヶ月も経ってないんだが)
ディーヴァの足が、大階段を踏んだ。
彼はアディスへ下りていった。
(ん……?)
階段の途中で、ディーヴァの視線が横に滑った。
不安げな顔をした子供が、よろよろと階段を下りていくのが見えた。
(若いな。俺より年下か。
男っぽい格好をしてるが……女か?)
その子供は、男子のような格好をしていた。
男性的な服装で、茶色い髪も短めに刈られていた。
だが良く見ると、腰周りの骨格が、男子のそれでは無かった。
「なあ」
ディーヴァはその子に声をかけた。
「っ……!」
少女は驚きを見せた。
そして警戒するような視線を、ディーヴァへと向けてきた。
「何だよ……!?」
男っぽい口調で、少女はディーヴァに尋ねた。
ディーヴァは質問に質問を返した。
「おまえ、レベルは?」
「…………いち」
新米なのが知られるのが恥ずかしい。
そんな言いにくそうな様子で、少女はレベルを口にした。
少女がレベル1だとわかっても、ディーヴァが彼女をからかうことは無かった。
「ダンジョンは初めてか?」
「悪いかよ……」
「年はいくつだ?」
「13だけど……?」
「成人前のガキが、
なんでアディスに潜ってるんだ?」
「そんなの……生きていくために
決まってるだろ……!
おまえに関係あるのかよ……!」
「関係は無いかもしれんが……」
ディーヴァは少女の右手を見た。
彼女の手中に、短剣が見えた。
短剣の鍔のあたりは、花びらのようになっていた。
「おまえのそれ、イクサバナだろ?
一応クランには
所属してるわけだ。
普通、まともなクランだったら、
命がけのアディスに潜らせる前に、
ホームダンジョンで
経験を積ませるもんだろ。
それに、アディスの攻略ってのは、
パーティでするもんだろう。
新人をたった一人で
潜らせるだなんて、
おまえのクランの連中は
何を考えてやがるんだ?」
「っ……! うるさいな!
おまえも一人のくせに……!
放っておいてくれよ!」
少女は苛立った様子で、階段をとんとんと駆け下りていった。
(知り合いじゃあ無い。
知らんガキだ。
他人事だ。
しょせんは他人事だが……。
なんだかなあ……)
ディーヴァは少女を追って、階段を下りていった。
やがてディーヴァの足が、アディス1層の地面を踏んだ。
ディーヴァは少女を見失わないように、彼女のあとをつけていった。
姿を隠したりはしない。
堂々と、少女の少し後ろを歩いた。
ディーヴァに気付いた少女が、振り返って彼を睨んだ。
「……何だよ?」
「俺に構ってる場合か?
ほら、来るぞ」
ディーヴァは前方を指差した。
少女はその方向を見た。
魔獣が見えた。
ネイルラット。
長い爪を持つラット系の魔獣だ。
「っ……!」
少女は短刀を構えた。
ネズミが少女に跳んだ。
少女の体は硬くなっていた。
ネズミの跳躍に対し、咄嗟に反応ができない。
少女はネズミにのしかかられた。
「あっ……!」
自分が窮地に陥ったのが、信じられない。
そんな表情で、少女は声を漏らした。
次の瞬間、ディーヴァが動いていた。
ディーヴァの長剣が、ネイルラットの胴体を両断した。
ネイルラットは絶命し、その体を消滅させた。
体が自由になると、少女は立ち上がった。
「だいじょうぶか?」
ディーヴァは彼女に声をかけた。
悔しいのか、それとも恥ずかしいのか。
少女は赤い顔をして、ディーヴァを睨んできた。
「助けてくれなんて言ったかよ……?」
「言われてないが。
体も出来上がってないくせに、
無理してると死ぬぞ?
アディスの戦いは、
1回ミスったら終わりだ。
死んだらその先は無い」
「言われなくても分かってるよ!
けど……他に方法が無いんだから、
仕方ないだろ……!?」
「面倒見てやるよ」
「え……?」
「1層での戦い方くらいなら、
俺にだってわかる。
色々と教えてやるよ」
「どうしてだよ?
俺を助けて
おまえに何の得が有るんだ?」
「知ってる顔に
死体になられたら、
寝覚めが悪いだろうがよ」
「……それだけ?」
「悪いか?」
「……まあ、
どうしても教えたいってんなら、
仕方ないから教わってやるよ」
「そうしてくれ」
そうしてディーヴァは少女の面倒を見ることになった。
二人で1層を歩き、魔獣を探した。
やがてネイルラットを発見した。
「それじゃあ見ててくれ。
1層の魔獣と
1対1で戦う時のコツは、
無理に自分からしかけない事だ」
ディーヴァは前に出た。
そして力まずに立ち、ネズミの様子をうかがった。
ネイルラットが飛びかかってきた。
ディーヴァはそれを、横方向に回避した。
攻撃をかわされたネズミに隙ができた。
ディーヴァはそこを剣で斬った。
ネズミは絶命した。
戦いが終わると、ディーヴァは少女の方を見た。
「こんなふうに、
相手は待ってれば隙を作るから、
そこを攻撃してやれば良い」
「そうは言うけどさ、
俺はレベル1だぞ?
そんな簡単に
攻撃よけられねーよ」
「魔獣の攻撃には、
だいたいは予備動作が有る。
さっきの場合だったら、
跳んだのを見てから避けるんじゃなくて、
予備動作を見て、
ちょっと早めに
回避動作に入るんだ」
「そんなこと言われても……」
(口だけで説明するよりも
何回か見せた方が良いかな)
ディーヴァはネイルラットの魔石を拾った。
そしてそれを、ハンカチで拭った。
ディーヴァはそれを、少女に差し出した。
「食え」
「えっ?」
「20個くらい食えば、
レベル2にはなれるはずだ。
レベル1と2じゃ大分ちがうからな。
まあまあ楽になると思うぞ」
「地面に落ちてたもん
食えってのかよ」