その25「服屋と服選び」
二人は服屋に向かった。
安っぽくも高級でもない。
そんなほどほどの服屋を選び、中に入った。
そして……。
「とてもお似合いですよ! クオンさま!」
ディーヴァは本心から、クオンを褒め称えた。
試着室の中。
クオンがドレスに身を包んでいた。
色合いは落ち着いているが、可愛らしさも有るドレスだった。
ディーヴァが好みで選んだものだ。
今ふうの格好をしたクオンは、いつもよりもずっと若々しく見えた。
まるで十代の少女のようだ。
クオンがこのような服を着るのは、ディーヴァは知る限りでは、これが初めてだった。
実に良い。
服屋に来て良かった。
そう感激した様子のディーヴァに対し、クオンは戸惑いを見せた。
「……そうかな?
こういう服は、
もっと若い子が着るものであって、
私のようなおばあちゃんが着ても
似合うものでは無いような気がするけど……」
いまさら言うまでもなく、クオンは人間ではない。
外見は少女のようでも、実年齢は、100を軽く超える。
しわくちゃの老婆よりも年上だ。
そんな自分が、若者向けのおしゃれをして、何になるというのか。
クオンはそう考えているようだった。
「まさか。
クオンさまは
宇宙で1番お若いですよ」
「……胎児かな?」
「それは購入決定として、
もう5、6着いかがですか?」
ディーヴァはまだまだ、クオンを着飾りたい様子だった。
そんな彼を見て、クオンは呆れ顔を見せた。
「まったく……。
そんな贅沢をしている余裕は無いだろう?
私なんかと違って
ガーデナーであるキミの装備は
命に関わるものなんだからね。
私はもう良いから、
キミの服を選ぶよ。ほら」
クオンはディーヴァを睨んで試着室を出た。
「あっ、クオンさま……」
試着していた服だけを買い、店を移動することになった。
クオンの意向で、二人はガーデナー向けの店へと入った。
店の中央あたりに立つと、ディーヴァがクオンに言った。
「俺の服は、
クオンさまが選んでくださいよ」
「それは……」
ディーヴァの頼みに対し、クオンは乗り気でない様子を見せた。
「いまどきの子が
どういう服を着るのが良いのか、
私には良くわからないけど……」
クオンはずっと、おしゃれとは無縁の生活を送ってきていた。
当然、そんな暮らしをしていれば、センスが磨かれることも無い。
自分には、おしゃれのセンスなど存在しない。
クオンはそのことを、はっきりと自覚していた。
「いまどきとか、
そんな事は気にしなくても良いので、
好きに選んでください。
クオンさまが選ぶ服が
悪い物なわけがありませんから」
「ううん。
プレッシャーをかけてくれるね?
……プレッシャーか。
服を選ぶくらいで
そんなふうに感じるなんて、
私はまだまだ
主題を極めてはいないようだ」
クオンは表情を、きりっと改めた。
そしてこう言った。
「……良いだろう。
静寂のダンジョンコアの名にかけて、
平穏に、なげやりに、ざっくばらんに、
キミの服を選んでみせよう。
服くらい、
穏やかな心で選べなくては、
私という存在が
主題に沿っているとは言えないはずだ」
服くらい、やる気無く選んでみせる。
クオンはその事に対し、強いやる気を見せた。
ディーヴァからすれば、服を選んでもらえるのなら、細かいことはどうでも良い。
「是非お願いします」
彼はそう言って、クオンを強く後押しした。
……。
クオンの決意から、20分が経過した。
彼女は二つの服を見比べて、うんうんと頭を悩ませていた。
そのありさまは、とてもやる気が無いとは言えないものだった。
「うーん。
ディーヴァの髪色だと、
やっぱりこっちの方が似合うかな?
けど、こっちも捨てがたいかも……」
(うーん……。
俺は正直、
自分の服とか
割とどうでも良いんだけど……。
まあでも、
クオンさまが楽しそうだから、
一緒に来て良かったかな)
「ねえディーヴァ。
ディーヴァはどう思う?」
悩んでも答えは出なかったらしく、クオンはディーヴァに質問した。
「今日はクオンさまにお任せすると
決めていますから」
「そう……。
もうちょっと考えてみるね」
クオンは再び頭を悩ませ始めた。
やがて店員が、ディーヴァに声をかけてきた。
「あの、お客様。
何かお困りでしたら……」
「いえ。まったく、1ミリも、困ってはいません」
営業スマイルを浮かべた店員に、ディーヴァは真顔でそう言った。
強い拒絶のオーラを受けた店員は、すごすごと引き下がっていった。
それから1時間して、クオンは服を選び終えた。
会計を済ませると、二人は店を出た。
そして家へと帰っていった。
買い物の荷物を藁の上に置くと、ディーヴァはこう言った。
「物が増えて、
手狭になってきましたね。
この藁の家も」
「うん。贅沢なことだ」
「新しく建て直しませんか?」
「良いよ。
すると藁を
たくさん貰ってこないといけないね」
「そうじゃなくて、
木とかレンガとかの、普通の家です」
「そんな余裕は無いよ。
そういう立派な家を建てようと思ったら、
2000万シーズは必要になるからね」
この世には、藁の家しか存在しない。
さすがのクオンも、そんなふうには思っていなかったらしい。
ただ、大金を浪費するくらいなら、藁の家で構わない。
そう考えているらしかった。
「1000テレポートラビットですね」
「うん。それに……。
そんなお金が有るんだったら、
キミの装備に回すべきだと思うな。
身の安全がかかってるんだからさ」
「どっちも手に入れられるくらい、
立派なガーデナーになりたいです」
「がんばってね。
とりあえずは、
ダンジョンの1層に
衣装ケースでも置くことにしようか。
今すぐ必要が無い荷物は
そこにしまっておくことにしよう」
「どうせなら、
ダンジョンに住むのもアリかもしれませんね」
「それはどうかな。
私のダンジョンは
夜でも明るいままだからね。
日が沈み、また昇る。
人が健康に暮らしていくには
そういう事も必要になるのさ」
「そういうものなんですね」
二人は町に出て、安物の衣装ケースを購入した。
それをダンジョンに運び込み、荷物を整理した。
「これで良し、と」
整理が終わると、ディーヴァは衣装ケースを閉じた。
「……ところでクオンさま」
ディーヴァはクオンを見た。
するとクオンもディーヴァを見返した。
「何かな?」
「どうしてまだ
その古い服を着ているんですか?
せっかく新しい服を買ってきたのに……」
クオンの服装は、普段の一枚布に戻っていた。
服屋を出たときは、きちんとドレスを着用していたはずだ。
だというのに、いつの間にか、元の格好に戻ってしまっていた。
「うん。だって、もったいないからね。
あんな素敵な服を、
普段から着るなんて贅沢だよ。
私にはこの服で十分かな」
「服は着るために有るんですよ。
遠慮せずに着てください」
「けど……」
「着てください」
「……わかったよ」
その日からクオンは、店売りの衣服を身にまとうようになった。
翌朝。
テレポートラビットを2体撃破したディーヴァは、レベルチェックを受けた。
「レベル23になったよ。おめでとう」
「はい。それじゃあ今日は、
久々にアディスに行こうと思います」
「うん。気をつけてね。
ところで……。
どうして古い方の服を着ているのかな?
キミは」
このときディーヴァが着ていたのは、先日買った新しい衣服では無かった。
古い安物の方の衣服を、彼は着用していた。
ディーヴァは笑ってこう言った。
「ハハハ。
クオンさまが選んでくださった服なんて、
もったいなくて
着られるわけが無いじゃないですか。
一生しまっておきますよ」
人にドレスを着せておいて、コイツは何を言っているのだろうか。
クオンは厳しい目を、ディーヴァへと向けた。
「着替えてきなさい」
「ですが……」
「着替えてきなさい」
「アッハイ」