その23「跳躍と決着」
「もう子供じゃないですよ。俺は」
クオンに触れられること自体は、べつに嫌では無い。
だが、子ども扱いはされたくない。
そう思ったディーヴァは、抗議するような視線を、クオンへと向けた。
ディーヴァの訴えは、クオンには届かなかったらしい。
彼女は微笑んで、ディーヴァの頭を撫で続けた。
「年齢なんて関係ないよ。
何歳になっても、
こうされると、人は落ち着くものさ」
「……むず痒いですよ」
「変だな。落ち着かない?」
「……多少は」
「そう。良かった。
本当はね、
異性でこういう事をするのは、
あんまりよくないんだけどね。
もう私とディーヴァは
家族のようなものだから」
(俺は……。
そんなふうには思ってませんよ。
クオンさま)
クオンはディーヴァを撫で続けた。
10分ほどが経過すると、クオンは手をはなした。
「はい、おしまい。
行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ディーヴァは立ち上がった。
そして、真剣な顔で言った。
「……勝ちます」
「がんばってね」
ディーヴァは下り階段へと足を向けた。
階段を下り、足早にダンジョンを進んでいった。
もう何度も歩いた道だ。
ディーヴァは特に苦戦することも無く、大魔獣の部屋へとたどり着いた。
ディーヴァと大魔獣の目が合った。
部屋の出入り口が、マリスウォールに塞がれた。
「よろしく。ウサ公」
ディーヴァはポケットに手を入れた。
そこからマナオイルの瓶を取り出すと、素早く蓋をあけた。
そして青いマナオイルを、長剣に垂らしていった。
青は水属性の色だ。
オイルに濡れた剣から、水の魔力が立ちのぼった。
向かってこないディーヴァに対し、兎は火球をはなった。
ディーヴァは慣れた様子で、火球を回避した。
そして回避と同時に、兎との距離を詰めた。
突進を誘うための間合い取りだった。
ディーヴァの目論見どおりに、兎は地面を踏んだ。
そして突進をしかけてきた。
ディーヴァは今までと同様に、回避しながら反撃をした。
それによって傷を負った兎は、足元に魔法陣を出現させた。
そして自身の周囲に、四つの火球を出現させた。
(さて、ここからが本番だ)
火球をまとった兎が、ディーヴァに突っ込んできた。
今までなら、逃げるしか無かった状況だ。
だが今回のディーヴァには、マナオイルの力が有る。
ディーヴァは本体を狙わずに、あえて火球に剣を向けた。
(水の魔力は、火の魔力に強い……!)
水属性の剣が、火球を消滅させた。
四つ有った火球は、これで三つになった。
ディーヴァは即座に間合いを調整した。
さらに兎が突っ込んできた。
そのたびに、ディーヴァは兎を攻撃せず、火球の方を斬った。
やがて火球がゼロになった。
(これで丸裸だ……!)
火球ナシで突っ込んできた兎に、ディーヴァは普通に攻撃を加えた。
(良し……! 通った……!)
すると兎は、ジャンプでディーヴァから距離を取った。
そしてまた魔法陣を出現させ、火球を呼び出した。
(またここからか。
けど、俺は無傷で、
こっちの攻撃は通ってる。
このままミスらなかったら、
俺が勝つはずだ)
同様の戦法で、ディーヴァは戦いを続けた。
勝利を予感しながら、少しずつダメージを蓄積させていった。
もう何度目になるのか、ディーヴァは火球へと剣を振った。
だが……。
「ぐあっ……!?」
火球が爆裂し、ディーヴァは弾き飛ばされた。
ディーヴァは地面を転がった。
(何が……!?)
兎が新しい技を使ったのだろうか。
ディーヴァは混乱しそうになった。
そのとき。
(ディーヴァ)
クオンの声が、ディーヴァの心に響いた。
声はディーヴァを落ち着かせた。
ディーヴァは冷静になり、クオンの言葉に耳を傾けた。
(敵が何かしたわけじゃない。
戦いが長引いたことで、
マナオイルの効果が
時間切れになってしまったんだよ)
「っ……! そういうことか……!」
ディーヴァは長剣を見た。
今までは、マナオイルの効果によって、剣からは青い魔力が立ちのぼっていた。
その魔力が、跡形も無くなっていた。
(ぶっつけ本番で、
テストすらしなかったからな……。
こういうことにもなるか……。
体はまだ動く……。
だけど、
今までどおりってのは無理だな……。
また……負けるのか……?)
ディーヴァは立ち上がった。
状況は把握できた。
だがそれで、ディーヴァが有利になったわけでもない。
ダメージを負い、マナオイルの予備も無い。
マナオイルが無ければ、炎の守りは突破できない。
詰みに近かった。
傷ついたディーヴァに、兎が突っ込んできた。
突進を受ければ、ディーヴァの死は確定するだろう。
死んでもベイルアウトするだけだ。
なんということは無い。
だが……。
「1、6テレポートラビッツ!」
阿呆のようなかけ声と共に、ディーヴァは高く跳躍した。
全力の跳躍だった。
平常時なら、そんなジャンプはしない。
無駄なジャンプは隙になるからだ。
必死に地面を蹴ったので、いつもよりずっと高く跳んだ。
「ぐ……!」
ムチャな跳躍だ。
ディーヴァは体勢を崩してしまった。
突進の回避には成功した。
だが、真下に兎の姿が有る。
このまま落下すれば、兎の上に落ちるだろう。
そうなれば、今までのように焼かれて死ぬ。
「ぐおおおっ!」
ディーヴァは吠えた。
そして腰のイクサバナを抜いた。
空中で体勢を変え、上下さかさまになり、剣を下に伸ばすようにして落下していった。
「突き刺されえええぇぇぇっ!」
2本の剣が、兎に突き刺さった。
今までは、足から兎に着地していた。
今回は、剣の先から落ちた。
その差異のおかげで、兎の反撃が、一瞬遅れることになった。
ディーヴァの一撃が、兎の炎に先んじた。
「このまま……死ね……!」
ディーヴァは兎の上で、しゃがみ込むような姿勢になった。
その体を、すぐに兎の炎が焼いた。
それでもディーヴァは、剣を手放さなかった。
彼は突き刺した剣を、左右に開くように動かした。
剣は魔獣の命に届いた。
魔素を撒き散らしながら、兎の巨体が消滅していった。
地面に兎の魔石が落ちた。
足場を失い、ディーヴァも地面に転がった。
「ぐあ……あああぁぁぁ!」
兎が消えても炎は消えなかった。
ディーヴァはのたうちまわった。
(『強制ベイルアウト』)
クオンの声が聞こえてきた。
ディーヴァの意識が途絶えた。
やがてクオンの足元で、ディーヴァは目を覚ました。
「俺は……」
「完全に致命傷を負う前に、
私の力で強制的に
ベイルアウトを行った。
あのままだと
長く苦しんだかもしれないからね」
「……負けたんですか? 俺は……」
兎に剣を突き立ててからのことを、ディーヴァは覚えていなかった。
それでクオンに尋ねると、彼女は首を左右に振った。
「いいや。
ベイルアウトより前に、
大魔獣は完全に消滅したよ」
「引き分けですか」
「そうだね。
だけど、大魔獣が消えたことで、
キミの目的は完全に達成された。
実質的には
勝利と変わらないと思うよ」
「引き分けですよ。
……カッコ悪いんで。
次は俺が勝ちたいですね。
……とはいえ、
出費が嵩むのは
精神的にキツいんで、
再戦はしばらく後にしたいですが」
「これからどうする?」
「まずはレベルチェックをお願いします。
それが終わったら、
次はコアの所まで行きます」
「うん。おいで。ディーヴァ」
ディーヴァはレベルチェックを受けた。
「レベル18に上がっているよ」
「あの大魔獣のEXP、
……テレポートラビットと比べて、
そんなに割が良いわけでも無いみたいですね」
レベルが上がったのはめでたい。
だが、あの大魔獣には、散々に苦戦をさせられた。
そのことを考えれば、あまり大きな見返りでもない。
ディーヴァには、そのように思われた。
「逆に、
大魔獣なみのEXPが得られる
テレポートラビットが凄いんじゃないかな?
この場合は」
「そうかもしれませんね。
それじゃ、行ってきます」
障害を取り払ったディーヴァは、10層のコアルームへと向かった。
途中、大魔獣が居た部屋に、戦利品が落ちていた。
それらを拾い上げると、奥のコアルームに入った。
そしてダンジョンコアに触れ、スキルを発動した。
(ダンジョンレベルが10になったから、
トラップを5個追加できるな。
まずは忘れずに、
転移トラップを設置しておこう。
……あんまり何回も戦いたい相手じゃ無いからな。
バーニングファングは)