その21「跳躍と炎の守り」
それからディーヴァは、兎との距離を調整した。
距離が近すぎれば、攻撃を回避するのは難しくなる。
かと言って、遠ざかりすぎれば、火球での攻撃が来るだろう。
近すぎず、遠すぎず。
さきほど突進が来た間合いで、相手の動きを待った。
(あの程度の突進なら、
何回来ても怖くねーぞ。
レッドファングと戦った時より、
俺は強くなってる。
火を吐くだけが
おまえの取り得なら、
このまま食ってやる。
来やがれ……!)
初戦だろうが、相手がヌルさを見せるなら、負けてやる理由は無い。
ディーヴァは高い戦意と共に、魔獣の突進を待った。
だが実際は、ディーヴァの期待どおりにはならなかった。
大魔獣の足元に、魔法陣が出現した。
「…………!?」
今までに無い行動に、ディーヴァの目が見開かれた。
兎の周囲に、火球が浮かび上がった。
四つ。
それらの火球はグルグルと、兎の周囲を回転し始めた。
兎は周囲に火球をまといながら、突進の予備動作を始めた。
「っ……!」
そして突進が来た。
たとえ火球をまとっていても、その突進自体は、よく見慣れた動きだ。
回避しながら反撃してやる。
そのつもりだったのだが……。
「くそっ……!」
回転する火の玉に阻まれ、うまく攻撃ができなかった。
ディーヴァは火球から逃れ、そのまま兎から距離を取った。
(厄介だな……!
あの火の玉は……!
横からの攻撃は難しいか。
それなら……!)
ディーヴァは前回の勝利体験を思い浮かべた。
横がダメなら上だ。
そう考え、再び突進を待った。
ディーヴァの狙いどおり、大魔獣は突進をしかけてきた。
(今だ!)
突進に合わせ、ディーヴァは高く跳躍した。
既にディーヴァの脚力は、兎を飛び越せるほどになっている。
その身体能力を活かし、兎の後頭部を踏んだ。
(勝った……!)
このまま剣を振り下ろせば、前回の勝利の再演になる。
ディーヴァは勝ちを確信した。
そのとき。
兎の全身から、炎がたちのぼった。
「えっ……あ……があああああぁぁぁぁっ!」
兎の炎がディーヴァを焼いた。
ディーヴァの全身が、炎に覆いつくされた。
皮膚だけでなく、その内側まで焼かれていった。
灼熱の苦痛が、ディーヴァを兎から転落させた。
焼けるディーヴァの体が、草の地面に転がった。
そして……。
のたうちまわるディーヴァの頭に、兎の前足が振り下ろされた。
……。
「お帰り。服が真っ黒だね」
ベイルアウトしたディーヴァの服は、ボロボロに焼け焦げていた。
クオンの手が、彼の衣服に触れた。
ダンジョンマスターの力で、焼けた服が修繕されていった。
「えっと……。
俺、何をされたんですか?」
ディーヴァは自分が最後に何をされたのか、漠然としか把握していない。
どうして負けたのか、釈然としていない様子だった。
「バーニングファングには、
背中に敵がのっかった瞬間、
体を燃え上がらせる特性が有るみたいだね」
「それって、向こうはノーダメですか」
「そうだね」
テレポートラビットは、雷を操るのにも関わらず、雷への耐性は無かった。
だが、バーニングファングラビットは、大魔獣だ。
そこいらの魔獣のような脆さは存在しないらしい。
「すると、相手に飛び乗って
すぐに飛び下りて
自爆させるみたいな作戦は使えませんね」
「もうそんな作戦を考えてたんだ?
アイデア豊富だね。ディーヴァは」
「どうも。……そうだ。
焼き殺されるのを我慢して
強引に剣を突き立てたら、
相討ちに持っていけませんかね?」
「……ディーヴァ。
何か悩み事が有ったりしないかな?」
クオンは心配そうに、ディーヴァにそう問いかけた。
「はい。
どうやったらアイツを倒せるのか
悩んでますけど」
「……そう。
つらい事が有ったら、
遠慮せずに相談するんだよ?」
「ありがとうございます。
それじゃあさっそく、
さっき言った作戦を試しに行ってきます」
「……作戦かなあ?」
ディーヴァは大魔獣の所へと向かった。
移動に便利な転移陣は、今は配置されていない。
ディーヴァは10層までを、自らの脚で駆けた。
最短ルートで広間に入ると、彼は大魔獣と向かい合った。
ディーヴァは前回と同様に、大魔獣の突進を誘った。
そして、魔獣の頭に飛び乗った。
やられる前にやれ。
そんな決意を漲らせ、最速で剣を突き立てようとした。
だが。
「ぐっああああああああぁぁ!」
剣を振り下ろすより前に、ディーヴァは炎に抱かれた。
焼かれながらでも、相手に斬りかかってやる。
そんな決意は、灼熱に霧散させられた。
やはり炎には勝てず、ディーヴァは大魔獣から落ちた。
そしてそのまま殺されてしまった。
「クオンさま」
1層の地面に寝転がりながら、ディーヴァが口を開いた。
「なんだいディーヴァ」
「焼け死にながら敵を倒すのは
不可能らしいです」
「大発見だねディーヴァ」
「はい。作戦を見直さないといけませんね。
それじゃあまた行ってきます」
ディーヴァは立ち上がった。
「作戦はもう決まったのかな?」
「いえ。戦いながら考えようと思いまして」
「……そう。がんばってね」
ディーヴァは作戦を考えながら、大魔獣に殺されまくった。
「うーん……。
なかなか良い作戦が思いつきませんね」
これで何度目だろうか。
ベイルアウトを終えたディーヴァは、悩み顔を見せた。
「そもそも、
たった一人、
剣1本で倒すような相手では
無いと思うんだけどね。
あの魔獣は」
「けど、パーティを組もうとしたら、
俺のスキルのことが
外に漏れちゃいますよね」
「うん……。
それは悩み所だね。
キミのスキルの強力さは、
世界のパワーバランスを
激変させうるものだ。
もし知られれば、
皆がキミをほうってはおかないだろうね」
「だったら俺は、一人のままでも良いです」
「その辺りに関しては、
キミの意思を尊重するけど……。
だったらキミ自身が、
戦いの手札を
増やす必要が有ると思うな。
武器は剣1本だけ、
イクサバナの力にも頼れないんじゃ、
今回の敵を倒せたとしても、
またどこかで
壁に突き当たると思うよ」
「手札……ですか」
(もし俺に……才能が有ったら……)
そう考えた瞬間、父に見放された日の光景が、ディーヴァの脳裏に浮かび上がった。
「っ……」
苦い思い出に、ディーヴァの顔が歪んだ。
「ディーヴァ?」
「いえ。ちょっと考えてみます」
「うん。それでどうして
足を階段に向けているのかな?」
2層へ向かうディーヴァの背中に、クオンはそう声をかけた。
「魔獣を狩りながら
考えようと思いまして」
「たまには温泉にでもつかりながら
ゆっくりと考え事をしたら?」
「そうですね。
疲れてきたらそうします」
「……はぁ。
私は散歩に行ってくるよ」
「はい。お気をつけて」
クオンは上り階段に向かい、ダンジョンから出て行った。
ディーヴァはダンジョンで、しばらく魔獣を狩った。
そして疲れを感じ始めると、1層へと戻った。
「おかえり」
1層に、クオンが立っていた。
散歩から帰ってきたらしい。
「はい。クオンさまも」
「どうだい?
平和的アイデアは浮かんだかな?」
「いえ……。
もっとお金が有れば、
高い魔導器でも買うのが
手っ取り早いんでしょうけどね」
魔導器とは、魔石を材料にした、魔術的な機械だ。
そのパワーは、魔石の質に比例する。
優れた魔導器が有れば、レベルの低いガーデナーでも、実力以上の力を発揮できる。
「魔導器か。
うん。ディーヴァ。
危機も去ったことだし、
たまには贅沢に、
ショッピングにでも行ってみないかい?」
「わかりました」
クオンの誘いであれば、ディーヴァとしては是非も無い。
二人はまず、魔導器ショップへと向かった。
「高いね。ディーヴァ」
「高いですね。クオンさま」
値札を見た二人は、すごすごと店を去った。