その2「雀の涙と藁の家」
43話ほど試し書きをします。
よろしくお願いします。
少し待つと、鑑定は終わった。
コマネは魔石から顔を上げ、ディーヴァの方を見た。
そして言った。
「全部で820シーズとなります。
換金させていただいてもよろしいですか?」
提示された金額は、子供の小遣いのような数字だった。
成人男子の1日の稼ぎとしては、明らかに少ない。
不満を抱いてもおかしくはない額だ。
だが、諦観の中に居るディーヴァは、それに心動かすことも無かった。
こんなものだ。
仕方が無い。
彼はそう思ってしまっていた。
「はい。お願いします」
ディーヴァはそう言って、換金を終わらせた。
「ありがとうございました」
コマネは丁寧に頭を下げた。
ギルドからすれば、ほとんど意味の無い取り引きだ。
ディーヴァが居なくなっても、誰も困らない。
だというのに、コマネは嫌な顔をすることもなかった。
ディーヴァはぺこりと頭を下げ、カウンターから離れた。
そして、正面口からギルドを出た。
それから店に寄り、安い食べ物を買って、高級住宅街の方へと歩いた。
ディーヴァは、広い庭付きの大邸宅の前で、足を止めた。
そこは大派閥、ソラテラスダンジョンクランの拠点、クランハウスだ。
大邸宅の庭は、立派な柵によって囲まれていた。
その門の前に、見張りが立っていた。
女性の門番だ。
ディーヴァは彼女に対し、ぺこりと頭を下げた。
門番が、ディーヴァに何かを言うことは無かった。
お互いに見慣れている。
だが、仲が良いわけでも無い。
ディーヴァは門を通り、庭の中へと入って行った。
そして大邸宅へ……ではなく、広い庭の片隅へと向かった。
そこには、こじんまりとした藁の家が有った。
大都市には珍しい。
ド田舎ですら見られるかどうか怪しい。
玄関扉すら無く、開け放たれている。
そんなみすぼらしい家だ。
ディーヴァは迷うことなく、まっすぐに藁の家へと入っていった。
「クオンさま。ただいま帰りました」
家に入るなり、ディーヴァは家主に声をかけた。
銀髪の女性が、敷き詰められた藁の上に、静かに座っていた。
彼女は大きな布を体に巻き、衣服の代わりにしていた。
彼女の名は、クオン=ダンジョンマスター。
すなわち、クオンダンジョンコアのアバター。
ダンジョンの化身。
人間を超えた存在だ。
ディーヴァにとっては、所属するクランのあるじ、クランマスターでもある。
ディーヴァはたった一人の、クオンダンジョンクランの団員だ。
「うん。お帰り。ディーヴァ」
クオン=ダンジョンマスターは、ディーヴァに言葉を返した。
そして、ディーヴァの様子を観察した。
「……キミ、頬を怪我しているね」
「そうですね。
ちょっとやらかしまして」
「……私のせいだね。すまない」
「どうしてそうなるんですか。
俺がドジっただけですよ」
「すまない」
「やめてくださいよ。
それより、これをどうぞ」
ディーヴァはクオンに対し、パンとジュースを差し出した。
するとクオンがこう言った。
「ディーヴァ。
何度も言っているだろう?
私の分の食事は、必要が無いと。
アディスでがんばっているキミが
食べた方が良い」
「クオンさま。何度も言っているでしょう?
クオンさまを差し置いて、一人だけ食べるなんて、
俺の気が休まりません」
「頑固だね。キミは」
「あるじ譲りです」
「……いただくとするよ」
二人は食事を始めた。
量の多くない夕食を、ディーヴァはすぐに食べ終えた。
ディーヴァと比べると、クオンの食事は丁寧だ。
ディーヴァはクオンの食事が終わるのを待った。
そして、クオンが食べ終わるのを見ると、手を合わせて言った。
「ごちそうさまでした」
ディーヴァがそう言うと、クオンも手を合わせた。
「うん。ごちそうさまでした」
食事の時間は終わった。
するとディーヴァは、クオンにこう言った。
「またレベルを見てもらえませんか?」
「良いよ」
ディーヴァはクオンの前で跪いた。
クオンはディーバの頭上に手を伸ばした。
そして目を閉じた。
「ん……。
まだレベル3のままのようだね」
「そうですか……」
人は魔獣からEXPを吸うことで、『レベル』を上げて強くなれる。
ディーヴァのレベルはたった3。
まともなガーデナーであれば、レベルは二桁あるのが普通だ。
ディーヴァはまだまだ、駆け出しのレベルだった。
「ディーヴァ。
これも何度も言っていることだけど、
本当に強くなりたいのなら、
クランを移った方が良い」
「だから、
俺を欲しがるクランなんて、
この世に存在しませんって」
「私がソラテラスに頭を下げれば
なんとかなるんじゃないかな?」
クオンはソラテラス=ダンジョンマスターの友人だ。
慕われている。
庭を借りられているのも、そのおかげだ。
なのでクオンは、そう提案した。
だがディーヴァは、クオンの言葉を否定した。
「無理だと思いますよ。
ソラテラスさまのクランは
男子禁制ですし、
それにあの人、
俺のことが嫌いみたいですから」
「どうして?
ディーヴァはこんなに良い子なのに……」
「俺は無能ですから」
「そんなことは無い。
確かにキミには
突出した魔術の才能は無い。
だけど、
ダンジョンクランで求められる役割というのは、
それだけじゃあないはずだ」
「剣の腕もからっきしですよ。俺は」
「それはきちんとした訓練を
積んでいないからだろう?
まともな師匠の下につけば、
キミはきっと強くなる。
私の直感がそう言っている」
「……だと良いですけど。
何にせよ、
俺はこのクランを抜ける気は
ありませんよ」
「頑固だね」
「あるじに似たんでしょうね」
「…………」
「お風呂に行ってきます」
そう言って、ディーヴァは立ち上がった。
「うん。私も行こうかな」
二人は藁の家を出た。
家の隣に、地下への階段が有った。
二人は階段を下りていった。
その先に、草原が広がっていた。
地下のはずなのに、青空の下のように明るい。
そこはクオンダンジョン。
クオンダンジョンコアが支配する地下迷宮だ。
普通、ダンジョンと言えば危険な所だ。
人に殺意を持つ魔獣が、闊歩している。
だが、このダンジョンにだけは、1体の魔獣すら見当たらなかった。
魔獣の居ないダンジョン。
世界で唯一の例外。
……魔獣は人にとって、脅威となる存在だ。
害悪だ。
だが、ガーデナーにとっては、成長のために必要な存在でもある。
獲物だ。
中に飼う獲物が強ければ強いほど、そのダンジョンには価値が有る。
ガーデナーの目線では、そういうことになる。
魔獣が居ないダンジョンなど、ガーデナーにとっては無価値だ。
『最も優しく最も無価値なダンジョン』。
クオンのダンジョンは、そう言われていた。
さておき。
のどかな草原を、二人は歩いていった。
少し歩くと、温泉が見えた。
温泉は、木板によって、二つに区切られていた。
男湯と、女湯。
それらを分けるための配慮だった。
「それでは失礼します」
「うん。ゆっくりと体を癒やすと良いよ」
ディーヴァは左、クオンは右側の温泉に向かった。
ディーヴァは服を脱ぎ、湯につかった。
そして温泉を区切る木板に、背中を預けた。
「ああ。とても贅沢だね。
こんなに贅沢で良いんだろうかね。
ディーヴァ」
木板の向こう側から、クオンの声が聞こえてきた。
「良いんじゃないですかね」
「そうか。とても贅沢だねえ」
「……そうですね」
そう応えながらも、ディーヴァは現状に、満足してはいなかった。
(俺が強かったら、
本当の贅沢をさせてあげられるのに。
俺が……
家から追い出されるような……
無能じゃなかったら……)
ふがいない今を前に、ディーヴァは過去を想った。
……。
ディーヴァは、ダッタ家という、名家の長男として育てられた。
ダッタ家の当主は代々、大クラン、シバダンジョンクランでの幹部の地位を務める。
ダッタ家の者は皆、生まれつき魔術の才に優れている。
……例外であるディーヴァを除いて。
ディーヴァがまだ10歳にならない頃。
ダッタ家の本邸。
その敷地内にある、魔術の訓練場。
小型の杖を手に、ディーヴァが構えていた。
落ちぶれた現在とは違い、名家の子にふさわしい服装をしていた。
「…………」
ディーヴァは足元に、マジックサークルを展開した。
そして、出現した魔法陣に、自身の魔力を流していった。
サークルを経由した魔力を、自身の体に戻す。
そうすることで、魔力に指向性が与えられる。
それが魔術の基本だ。
ディーヴァは体に宿らせた力を、杖からはなった。
杖の先端から、弱々しい炎が出現した。
炎は訓練用の的へと向かった。
的に当たった炎は、じゅっと小さな音を立て、消滅した。
「…………」
ディーヴァの斜め後ろで、当主のディーコンが難しい顔をした。
ディーコンは、あごひげを立派にたくわえた男で、厳格な顔つきをしていた。
「ディージャ、やってみろ」
「はい。父上」
ディーコンが命じると、ディーヴァの弟が前に出た。
名前はディージャ=ダッタ。
彼はディーヴァよりも、一つ年下の少年だ。
髪は赤い。
ダッタ家の血を継ぐものは、皆が赤い髪を持って産まれてくる。
この家で銀髪なのは、ディーヴァだけだった。
ディージャはギラギラとした瞳を前へ向け、杖を構えた。
そしてマジックサークルを展開させた。
少しの間を置いて、鋭い炎が的に向かった。
炎が的と接触した。
激しい爆発が起きた。
爆発が収まると、次にディーコンは、娘の名前を呼んだ。
「ディアナ」
「はい」
ディーヴァの妹のディアナも、兄と同じようにした。
ふたたび炎が的に向かい、爆発を起こした。
ディージャと比べると威力は劣る。
だが、年齢を考えれば、十分に強力だった。
「ディージャ、ディアナ、よくやった」
「ありがとうございます」
ディージャはにやりと笑い、ディーヴァの方を見た。
ディアナは無表情だった。
「ディーヴァよ……」
ディーコンが、ディーヴァに言葉を向けた。
「…………」
ディーヴァは黙ったまま、父の言葉を待った。
「やはりおまえには、
魔術の才は無いようだな」
「……はい」
「才無き者に、
ダッタ家の後継ぎはつとまらん。
わかっているな?」
「……はい」
ディーヴァには、ただ頷くことしかできなかった。