その18「六石会議とテレポートラビット」
都市エイトミリオンの中央部。
そこに、政治の中枢を担う建造物、セントラルタワーが建っていた。
高さ100メートルを超える円柱の、最上階。
そこに、六石の間と呼ばれる一室が有った。
部屋の中には、『六石-ろくせき-』が揃い踏みしていた。
エイトミリオンにおいて、最強のダンジョンマスターたちだ。
ユピト、ダイン、シバ、シリス、ロウクン、ソラテラス。
彼女たちは、6角形を形作るように、等間隔に円卓に着席していた。
「どうして呼び出されたか、
わかっているか?」
ユピトの真向かいから、ダイン=ダンジョンマスターが、ユピトを睨みつけた。
彼女は長い黒髪を持ち、装着した鎧も真っ黒だった。
身長は、六石の中では最も高い。
眉の根を、きまじめそうに寄せていた。
左目は、眼帯によって覆われている。
六石としての序列は、ユピトに次ぐ二位。
だが、彼女自身の戦闘能力は、一位のユピトにも勝ると言われている。
「さあ? 見当もつかないわね」
ダインの問いに対し、ユピトは軽い口調で答えた。
彼女の左腕には、包帯がぐるぐると巻かれていた。
ソラテラスに負わされた傷が、まだ完治していないらしい。
「……ダッタ家の長子の事だ。
彼を奪い合って
ソラテラスと小競り合いを起こしたそうだな?」
「は? 奪い合ってなんかいませんが?」
心外そうに、ソラテラスが口を挟んだ。
「……そこは問題ではない。
人々を守る六石が、
色恋のために剣を向け合うなど、
有ってはならん醜態だ」
「そう。それで?」
「ディーヴァ=ダッタを
2度と脅かすな。良いな?」
「そんなこと、
あなたに命令される筋合いが
有るかしら?」
「……ならば、
正式に六石会議の議題として
提出させてもらう。
ユピト=ダンジョンマスターの蛮行を
是とするか、非とするか、
投票によって決めさせてもらおう。
彼女の行動を
どうとらえているのか、
皆の意見を聞かせてもらいたい。
もちろん、私は非に1票を入れる」
「ダンジョンマスターが
守るべき子に暴行を加える事は、
明白な悪行です。
非に1票を投じましょう」
序列三位、シバ=ダンジョンマスターがそう言った。
青髪の彼女は、礼服のような引き締まった衣装に身を包んでいた。
メガネをかけているが、度は入っていない。
ただのフェチだ。
メガネっ娘を何よりも愛する彼女は、自身にもメガネっ娘であることを課している。
「ダンジョンマスター同士の小競り合いなんて、
不毛が過ぎるね。
当然、私も非かな」
序列四位、シリス=ダンジョンマスターがそう言った。
彼女の髪は、明るい赤色。
衣服は体にぴったりとフィットしており、動きやすそうだ。
全身にまとうオーラは明るい。
いかにも活発そうな女性だった。
「……非」
序列五位、ロウクン=ダンジョンマスターがそう言った。
彼女は薄緑色の髪を、もっさりと伸ばしていた。
服装はゆったりとしている。
顔は無表情で、ぼんやりとした雰囲気を身にまとっていた。
「私も非に1票です」
桜色の髪を持ったダンジョンマスターが言った。
ソラテラスはきつい視線を、ユピトへと向け続けていた。
彼女への怒りを、隠そうともしない様子だった。
「5対1。決まりだな」
意見が出揃うと、ダインが口を開いた。
するとユピトが、めんどうくさそうに言った。
「相変わらず、
堅苦しいわね。六石って連中は」
「おまえが軽薄すぎるだけだ。
とにかく、これは六石会議の
正式な決定だ。
今後、ディーヴァ=ダッタに危害を加えれば、
六石全員を敵に回すと思え」
「はいはい。わかったわよ」
……。
会議は終わった。
「シバ」
セントラルタワー最上階の廊下で、ダインがシバに声をかけた。
「何でしょう?」
「どうしてディーヴァ=ダッタを見放した?
あの子の事は、
クロノに託されていたはずだ」
「確かに。
私は彼の面倒を見ると
クロノに約束しました。
ですが彼は、16歳になりました。
成人です。
そろそろ自分の面倒は
自分で見るべき年齢です。
いつまでも揺り籠に入れておく必要は
無いと思いますね」
「学校を出るまでくらいは
面倒を見てやっても
良かったのではないか?」
「そうですね。
私も彼が
家を追い出される事になるとは
予想していませんでした。
とはいえ、家族との不仲は、
彼自身の人望不足が
招いたことでしょう。
家庭の問題に口を出すつもりは
私にはありません」
「辛辣だな」
「そうですね。
私は正義とメガネっ娘を重んじますが、
弱者全てを救おうなどと
大それたことは望みません。
彼を憐れに思うのなら、
あなたが救ってさしあげてはいかがですか?
ダイン=ダンジョンマスター」
「彼がうちの門を叩いたのなら
そうしても良かったがな。
ソラテラスの庇護下に入った者を、
今さらどうしようとも思わん。
ユピトがまた彼に
何かをするつもりなら、
そのときは容赦はせんがな」
「そのときは助力しましょう。
会議で決まったことですからね」
……。
ギルドで魔石を仕入れたディーヴァは、クオンダンジョンに帰還した。
「ドッサリだね」
第1層に山積みにされた魔石を見て、クオンがそう言った。
「そうですね。
目当ての魔獣を配置するのに
ラビット系の魔石が
1000個必要なんですよ」
「かなりの出費だね。
これから配置するのは
それに見合った魔獣ということかな?」
「そうあって欲しいですね。
それで、俺が配置しようと思ってるのは
テレポートラビットです」
「聞いたことが有るね。
だいじょうぶなのかな?
その魔獣は、
レベル1桁のガーデナーが、
一人で戦えるような相手じゃ
無かったはずだけど」
「ま、がんばってみます。
うまく行ったら
実入りも大きいはずなんで」
「そう。がんばってね」
ディーヴァは転移陣を使い、クオンと一緒にコアルームに移動した。
「『閻魔灌頂』」
ダンジョンコアに触れると、ディーヴァはスキル発動させた。
そして、魔獣の追加を選択した。
魔獣の追加には、供物が必要となる。
ディーヴァはコアルームに運び込んだ魔石を、せっせとコアに入れていった。
「手伝うよ」
「ありがとうございます」
大量の魔石を捧げ終えた。
するとコアが輝いた。
輝きが収まると、ディーヴァはクオンに言った。
「これでテレポートラビットが
第2層に配置されたはずです」
「そうみたいだね。
私の力でも感知できる」
コアルームでの用が済むと、二人は1層に戻った。
そして、配置した魔獣を見るために、ディーヴァは2層の先へと向かった。
(居たな……)
2層のとある部屋。
ディーヴァの視界が、今までは見なかった兎をとらえた。
(見た目は普通の動物みたいだな)
テレポートラビットには、魔獣らしい牙などは無かった。
ここがダンジョンで無ければ、野ウサギと間違えてしまったかもしれない。
それほどに、毒の無い外見をしていた。
兎の頭が、ディーヴァの方へと向けられた。
ディーヴァに気付いたようだ。
(気付かれた……! 当たり前だけど……)
ディーヴァは長剣を構えた。
そして、兎へと駆けた。
斬りつける。
その瞬間、兎の姿が消えた。
ディーヴァの剣は空を斬った。
「…………!」
予想できていた事だ。
この魔獣の情報は、図書館で調べ上げている。
攻撃に失敗しても、ディーヴァは慌てなかった。
ディーヴァは視線を走らせた。
するとまったく別の位置に、兎が移動しているのが見えた。
脚で跳躍したわけではない。
テレポートラビットは、瞬間移動をする兎だ。
その特殊能力故に、フィジカルの弱さにも関わらず、強敵として認識されている。
「っ……!」
ディーヴァは兎に向き直ろうとした。
だが……。
兎の足元に、魔法陣が出現した。
兎から雷がはなたれた。
「あっ……」
初めて見る攻撃を、ディーヴァは避けることができなかった。
テレポートラビットのレベルは、ディーヴァよりも遥かに高い。
格上の魔獣だ。
その雷の威力は、バカに出来るようなモノでは無かった。
雷が、ディーヴァの体を焼いた。
その一撃で、ディーヴァは死亡した。