その15「大魔獣と再戦」
「温泉をキメると、
なんだか眠気が吹っ飛ぶんですよね」
ディーヴァは明るい声でそう言った。
クオンにはディーヴァの目が、なんだか血走っているように見えた。
「あの温泉、いったい何が入ってるんだろう……。
とにかく、少しは寝た方が良いと思うよ」
「けど、時間がもったいないですし……」
「そんな事を言って
無理を続けていると、
いつか突然に
体を壊してしまうかもしれないよ」
「……それじゃあ、
どれだけ眠れば良いって言うんですか?」
「ええと……。
私は普段は
1日2時間くらい寝ているね。
キミもそれくらい眠れば良いんじゃないかな?
その方が健康的だと思うよ」
「なるほど。そうさせていただきます」
「うん。健康は大切だからね。
それじゃあレベルチェックをするよ」
「はい」
ディーヴァはクオンの前に跪いた。
クオンはディーヴァの頭上に手を伸ばし、彼のレベルを測った。
ディーヴァのレベルが上がっている。
クオンには、そのことが分かった。
「……レベル5になっているね。おめでとう」
対するディーヴァの反応は、あっさりとしていた。
「そうですか。
そろそろ……あの大魔獣と
再戦しても良いですかね?」
かなり戦い慣れてきている。
ディーヴァはそう思っていた。
剣が強いこともあり、クオンダンジョンの普通の魔獣なら、もう十分に対処できる。
もっと強い敵と戦いたい。
そう思った時、頭に浮かぶのが、赤い大兎の姿だった。
「勝ち目は薄いと思うよ」
やる気を見せたディーヴァに対し、クオンは冷静にそう言った。
「大魔獣というのは、
本来だったら
何人ものガーデナーで
パーティを組んで討伐するものだ。
5層の大魔獣相手に
レベル5が一人というのは
明らかに戦力が足りない」
「そうかもしれませんけど。
前と比べると、
今はこの剣が有りますし、
1回くらいは
戦っておきたいなと思いまして」
「死ぬよ?」
「まあ、それは仕方ないです」
……。
翌日。
ディーヴァはダンジョンの1層で、クオンと向き合っていた。
「それじゃあ挑戦してきます」
「行ってらっしゃい」
大魔獣に挑戦する。
そう決めたディーヴァは、クオンの指示を受けながら、大魔獣の所へ向かった。
必要最低限の戦闘を経て、大魔獣の居る広間に入った。
「…………」
赤い兎の瞳が、ディーヴァの姿をとらえた。
ディーヴァもまっすぐに、兎の瞳を見返した。
1度殺された相手だ。
怯えを抱いてもおかしくは無い。
だがディーヴァは兎に対し、のびのびと構えていた。
「さて……。
対戦よろしくお願いします」
ディーヴァは相手の一手を待った。
すると兎は、突進をしかけてきた。
(その動きは知ってる……!)
前に見た動きだ。
それに前回よりも、ディーヴァのレベルは上がっている。
回避は十二分に可能だ。
そう判断したディーヴァは、その突進を、あえてギリギリで回避した。
「ここっ!」
突進の隙に、ディーヴァは斬りかかった。
前の戦いでは、自分の剣は通らなかった。
そんなことを考えながら、ディーヴァは剣を振りぬいた。
通った。
質の良い刃が、兎の毛皮を切り裂いていた。
「やっ……た……!?」
喜びを感じるイトマは無かった。
兎は下半身で、ディーヴァを殴りつけてきていた。
「ぐあっ!?」
兎の攻撃は、ディーヴァに直撃した。
ディーヴァは吹き飛ばされ、地面に転がった。
「クソ……」
(隙が出来たんじゃ……ねえのかよ……)
ディーヴァは立ち上がろうとした。
だが負傷のせいで、素早くは立てなかった。
ディーヴァが体勢を立て直すより前に、兎がディーヴァに迫った。
兎の前足が、ディーヴァを踏み潰した。
頭蓋を粉砕され、ディーヴァは死亡した。
……。
「……負けました」
「うん。お帰り」
ベイルアウトしたディーヴァを、クオンが出迎えた。
「それじゃあもう1回行ってきます」
ディーヴァはすぐに立ち上がり、階段へと足を向けた。
「まだやるのかい?」
完敗だったはずだ。
次に挑むのは、もっと後でも良いのではないか。
そう思って、クオンはディーヴァに尋ねた。
「まだ1回死んだだけですから。
諦めるにしても、
攻略の糸口くらいは見つけないと
納得ができませんよ」
ディーヴァは強いやる気を見せた。
「そう……。がんばってね」
少年の熱意を挫くことは、クオンにはできなかった。
同日の2戦目。
ディーヴァはまた、兎の体当たりを回避した。
(攻撃と同時に……回避!)
ディーヴァは水平に剣を振りながら、同時に跳躍した。
ディーヴァの剣が、兎の毛皮を裂いた。
直後、兎の反撃が、空を切った。
(やった……!)
跳躍を終えたディーヴァは、体勢を立て直した。
兎は傷を負い、ディーヴァは無傷。
初めての有効打と言えた。
(初めてまともに
ダメージを入れられた……!
あんな斬り方、
普通だったら通らないけど、
剣の性能が良いおかげで、
軽く斬ってもダメージになる。
ソラテラスさまに感謝しないとな)
兎は再び、ディーヴァに突進をしかけた。
ディーヴァは同様の戦法で、兎にダメージを入れた。
ディーヴァが無傷のまま、大魔獣へのダメージが積み重なった。
(行ける……!
これを繰り返してたら
無傷で大魔獣を討伐できるぞ……!)
勝機が見えた。
小さくは無い勝機だ。
そう感じたディーヴァは、さらに体当たりを待ち構えた。
兎が地面を踏んだ。
(来る……!)
体当たりが来る。
そう予期し、ディーヴァは動いた。
回避して、反撃を入れる。
そうなるはずだった。
だが……。
「えっ……!?」
これまでの半分ほどの距離で、突進が止まっていた。
回避のためのディーヴァの動きが、ただの隙に変じた。
兎は素早く方向転換し、再びディーヴァに突進した。
近距離からの突進を、今のディーヴァでは避けることはできない。
「がふっ!?」
突進が直撃し、ディーヴァは吹き飛ばされた。
(フェイントかよ……!)
内心で毒づきながら、ディーヴァは墜落した。
ディーヴァの体を、兎の影が覆った。
踏み潰されて死んだディーヴァを、クオンが出迎えた。
「気は済んだかな?」
「いえ。まだやりようは有ると思うんで」
ディーヴァは闘志を見せた。
連敗を喫したというのに、まだ折れてはいないらしい。
「……2回、いや、
ボスの前を含めたら3回も死んで、
よくそんなにやる気になれるね。
ベイルアウトで蘇生できるとはいえ、
死に際の痛みは
変わらないと思うんだけど。
普通のガーデナーは、
1回死んだら、
それから何日かは
ダンジョンに入りたくなくなるらしいよ?」
「……なんか平気ですね。
俺べつに、
痛みに強い体質とかじゃ
無かったと思うんですけど……」
「だったら、イクサバナの影響かもしれないね。
イクサバナは、
持ち主と一緒に成長していく。
ただ切れ味が増すんじゃなくて、
持ち主に特別な恩恵を与えることも
有るらしいよ」
「なるほど。
俺があの痛みに耐えられたのは、
クオンさまのおかげという事ですね」
「うん?」
「俺が他のマスターと契約していたら、
このイクサバナにはならなかったでしょう?
俺のマスターが
クオンさまで良かったです」
「……そもそも、
私と契約してなかったら、
そんな苦労はしていないと思うんだけど……」
「行ってきます!」
ディーヴァは勢いよく階段へと駆けていった。
「あっ、聞いてないね? まったく……」
ディーヴァは大魔獣の居る部屋まで走った。
そして兎と向かい合い、長剣を構えた。
「さあ、もう1回だ」
(……相手の動きを、しっかりと見ろ)
前回と同様の戦法で、ディーヴァは兎と戦った。
体当たりを回避し、剣で攻撃を加えていく。
それだけの単純な戦法だった。
そして……。
「っ……!」
フェイントに引っかかり、ディーヴァは跳んでしまった。
ディーヴァの隙を、兎の巨体が打った。
ディーヴァは4回目の死を迎えた。