その12「レベルアップとベイルアウト」
「ファングラビットの魔石を……
100個もですか?」
ガーデナーは、あまり低レベルの魔石を欲しがったりはしない。
レベルの低い魔石は、加工しても強い装備にはならないからだ。
低レベルの魔石は、どちらかと言えば、日用品などに使われることが多い。
それを急に、100個も注文してくるとは。
ディーヴァの意図が読めず、コマネは疑問符を浮かべた。
「その、企業ヒミツということで
お願いします」
犯罪性でも無い限り、プライベートに踏み込む権利は無い。
コマネはディーヴァの願いを受け入れた。
「承りました。
代金は16000シーズとなりますが、
よろしいですか?」
16000といえば、本来のディーヴァには大金だ。
だが今日は、ソラテラスからもらったお金が有る。
「はい。お願いします」
ディーヴァは即答した。
「それでは少々お待ち下さい」
コマネはカウンター奥の扉へと消えた。
少し待つと、彼は革袋を持って帰ってきた。
カウンターに置かれた袋を、ディーヴァは確認した。
袋の中に、100個の魔石が入っていた。
ディーヴァは1万シーズ紙幣を、2まい差し出した。
「4000シーズのお釣りとなります。
お確かめください」
ディーヴァはお釣りを受け取った。
そして袋のイシを、自前のリュックに移した。
「ご利用ありがとうございました。
またお越しください」
ディーヴァはカウンターから離れ、ギルドの正面口へと向かった。
ディーヴァが扉に近付いた、そのとき……。
外側から扉が開き、人が入ってきた。
「げ……」
ディーヴァは声を漏らした。
眼前に、カシオペイアが立っていた。
「む……」
カシオペイアがディーヴァを見た。
二人の目が合った。
「おまえは……」
(バレた……!?)
ディーヴァの体が、緊張で固まった。
「良い鎧を着ているな」
カシオペイアの言葉は、ディーヴァの予想とは異なっていた。
ディーヴァは苦笑を浮かべた。
「あ、ありがとう。それじゃ……」
ディーヴァはカシオペイアの隣を通過した。
そして無事に、ギルドから脱出した。
「あー。死ぬかと思った」
ディーヴァは青空に声をかけると、食料品店に足を向けた。
そこで今日の食料を手に入れると、クランハウスへと歩いていった。
クオンダンジョンに帰還すると、ディーヴァは鎧を脱いだ。
「ふぅ……」
「お疲れさま」
元の姿に戻ったディーヴァに、クオンが声をかけた。
「途中でカシオペイアのヤツに会って、
鎧のおかげで命拾いしましたよ」
「そう。大変だったね」
「けど、こうして魔石は手に入りましたから。
念願のダンジョン強化といきましょうか」
「……うん」
ディーヴァは魔石の入ったリュックを持って、ダンジョンコアの前に立った。
そしてコアに手を伸ばし、スキル名を唱えた。
「『閻魔灌頂』」
ディーヴァは意識下に表示された選択肢から、ダンジョンレベルの上昇を選択した。
するとダンジョンコアが点滅を始めた。
これで魔石を捧げれば、ダンジョンレベルというのが上がるらしいのだが……。
「ええと……魔石を
どうやって捧げれば良いんですかね?」
やり方がわからず、ディーヴァはクオンを見た。
「コアに押し当てれば良いと思うよ」
クオンは本能でそう判断し、ディーヴァに答えた。
「分かりました」
ディーヴァはリュックから、魔石を掴み取った。
そしてそのイシを、ダンジョンコアに押し当てた。
するとコアに、魔石が吸い込まれていった。
必要な魔石は、全部で100個も有る。
ディーヴァは雑に魔石を掴み取り、どんどんとコアに与えていった。
97、98、99……。
「これで……100っと」
全ての魔石が捧げ終わった。
「どうなる……?」
いったい何が起きるのか。
ディーヴァはダンジョンコアを注視した。
「ん……」
クオンが呻いた。
「だいじょうぶですか……!?」
ディーヴァは慌ててクオンに声をかけた。
それを見て、クオンは微笑ましげに笑った。
「平気だよ。
ちょっと慣れない感覚が走っただけさ」
「そうですか?
けど、珍しいですね。
クオンさまがそんな声を上げるなんて」
「……そうだね。
少し主題から外れてしまったようだ」
二人で会話していると、ダンジョンが震えだした。
「強化とやらが始まったみたいだね……?」
「そのようですね」
震えは段々と強くなっていった。
そして……。
「ダンジョンコアが……!?」
コアが強く輝いた。
あたり一面が、白に染まる。
そんな強烈な光だった。
やがて光が収まった。
ディーヴァは周囲を確認した。
すると、さきほどまでの位置から、コアが消滅してるのが見えた。
「え……。コアが……無くなっちゃいましたけど……?」
「心配しなくても良いよ。
下の方に、コアの反応が有る。
どうやら、新しく出来た層に
転移したみたいだね。
今、コアは最下層
第5階層に有るみたいだ」
「ダンジョンレベルっていうのは
そのままダンジョンの
階層数のことなんですね」
「そうだね。
下への階段は……向こうに有るようだね」
クオンはそう言って、ダンジョンの一画を指差した。
「わかるんですか?」
「こう見えてダンジョンマスターだからね。
ダンジョンに何が有るかくらい、察知できるさ」
二人はクオンが示した方へと歩いていった。
すると階段が見えた。
二人は階段を下り、第2層へと下りた。
その地面は、変わらず草原のようだった。
天井も相変わらず、青空のように明るい。
だが、岩壁が通路を形作り、普通のダンジョンのような構造になっていた。
「いかにもダンジョンって感じになってきましたね」
「うん。気をつけてね。
カドの先に、魔獣の反応が有る」
通路の突き当たりのカドを見て、クオンはそう言った。
「……はい」
ディーヴァは通路を直進し、カドを曲がった。
その先に、兎型の魔獣が見えた。
野の兎とは違い、その口の端には、鋭い牙が見えた。
その表情も、牙と同様に鋭い。
殺意に満ちていた。
「ファングラビットか……」
「来るよ」
「っ……! 開花!」
ディーヴァはプランターサークルを展開させた。
そしてイクサバナを装備し、ファングラビットを迎えうった。
ディーヴァは無事に、無傷で魔獣を撃退してみせた。
戦闘を終えたディーヴァに、クオンが声をかけた。
「だいじょうぶ……?」
「さすがの俺でも、
2層の魔獣くらいなら
なんとかなりますよ」
「うん……」
(これで私は、無害では無くなってしまったね)
「クオンさま?」
「うん? どうかしたかな?」
「いえ……。
これから先は危険みたいなので、
俺一人で行こうと思います」
「分かった。……そうだ。
ホームダンジョンなら、
イクサバナを通して、
マスターとガーデナーは
会話を出来るはずだよ」
「そうなんですね」
(聞こえるかな?)
クオンは実際に、イクサバナでディーヴァに言葉を届けて見せた。
(はい。聞こえますよ。
こっちの考えは伝わるんですかね?)
(うん。こっちも聞こえているよ。
口で話しても
ダンジョン内での声は
こっちには伝わるけどね)
ダンジョンマスターは、ダンジョンでの出来事を察知できる。
意識すれば、話し声を拾うこともできる。
「そうなんですね。
それじゃあとりあえず、
5層を目指してみることにします」
(キミはレベル3だろう?
5層なんてだいじょうぶかな?)
「キツいかもしれませんけど、
ホームダンジョンなら
死んでも死にませんから」
(そうだけど、あまりムチャはしないでね)
「はい。行ってきます」
(……その前に、ちょっと待ってね)
「『強制ベイルアウト』」
クオンがそう言った、次の瞬間……。
「あれ……?」
ディーヴァはクオンの前に倒れていた。
「驚かせてごめんね。
ちょっと力の確認をさせてもらったよ」
「これが『ベイルアウト』ですか」
ベイルアウトとは、マスターがガーデナーに行使できる力だ。
ガーデナーが致命傷を負った瞬間、体を修復し、マスターの所に瞬間移動させる。
ガーデナーは、その力のおかげで、ホームダンジョンで安全に戦うことができる。
ガーデナーが強くなるためには必須の力だと言えた。
通常のベイルアウトは自動的だが、マスターの権限で、強制的に発動することもできる。
さきほどクオンが使用したのが、その強制ベイルアウトだ。
「うん。
私にも使えるようで安心したよ。
キミが致命傷を負っても
私が居る所まで
戻ってこられるはずだ」
「これで安心して死ねますね」
「……なるべく死なないでね」
ディーヴァは通路を先へと進んでいった。
(ディーヴァ。
そのカドの先に、
ファングラビットが3体居るよ。
気をつけてね)
「そんな細かいことまで分かるんですか?」
(ダンジョンマスターだからね。
階段までの最短ルートを指示できるけど、
どうする?)
「それじゃあお願いします」
クオンの指示を受けて、ディーヴァはダンジョンを進んだ。
2層はラクラク突破。
3層も普通に突破。
苦労しつつ、4層も突破した。
ディーヴァは最下層である5層へと足を踏み入れた。
「もう5層ですか。
マスターの指示が有ると
楽で良いですね」
(ディーヴァ。
ちょっと無理してないかな?
疲れたのなら、1回帰って来たら?)