表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/43

「弱者と搾取」




 迷宮国家プルガトリウム。



 その最大の都市である、エイトミリオン。



 一人の少年が、『災厄の迷宮』アディスに潜っていた。



 少年の名は、ディーヴァ=ダッタ。



 身長は182センチほど。髪は輝く銀髪で、瞳は赤い。



 人並み外れた美貌を持つ、美少年だった。



 ディーヴァの歳は16。



 成人を迎えてすぐに、迷宮戦士、ガーデナーになった。


 

 ディーヴァは未熟者だ。


 

 そんな彼の装備は、薄く安い。



 彼は、最低限度の備えと共に、迷宮の2層に立っていた。



「っ……!」



 洞窟のような迷宮。



 ディーヴァの意識は、眼前の脅威へと向けられていた。



 彼の視線の先に、魔獣が見えた。



 迷宮には、魔獣が住む。



 それが世のコトワリだ。



 そして魔獣は、人間を殺す。



 ディーヴァは緊張感と共に、魔の獣と対峙していた。



 ……ベテランの冒険者が見れば、思わず失笑を漏らす。



 それは、そんな光景だったのかもしれない。


 

 ディーヴァが対峙する相手は、体長1メートル足らず。



 ツノの生えたネズミだった。



 その名はユニコーンラット。



 アディスの2層に出現する、最弱クラスの魔獣だ。


 

 鍛えぬかれた冒険者であれば、あくびをしながらでも倒せる。



 そんな弱い魔獣が、少年には死闘の相手となる。



 ディーヴァは弱い。人に認められるような才も無い。



 身にまとった装備すらも、平凡そのものだった。



 そんな少年の利き手に、唯一非凡な物が握られていた。



 戦華-イクサバナ-。



 少年があるじから授かった、人智を超えた武器だ。



 イクサバナは、ディーヴァだけの武器では無い。



 ガーデナーであれば皆、イクサバナを持っている。



 そして、イクサバナの形は、その持ち主によって異なる。



 ディーヴァのイクサバナは、スタンダードな長剣だった。



 普通の長剣とは違い、その剣の鍔は、花の形をしていた。



 イクサバナは皆、その一部に、花の意匠を持つ。



 ディーヴァの長剣の鍔は、菩提樹の花をモチーフにしていた。



 イクサバナは頑丈だ。



 そして、持ち主が強くなるほどに、その威力を増す。



 人が魔に立ち向かうための、最強にして最適の武器だ。



 だが……。



「うああああっ!」



 ディーヴァは、焦りが混じったような雄たけびを上げた。



 そして手中のイクサバナで、魔獣へと斬りかかった。



 持ち主が弱ければ、イクサバナは、ただ頑丈なだけの武具だ。



 ディーヴァの剣を見れば、その事がはっきりと分かる。


 

 彼の斬撃が、魔獣に手傷を負わせた。



 理想を言えば、一刀両断にしとめてしまいたい。



 戦うガーデナーは、皆そのように思い、剣を振る。



 だが、ディーヴァが負わせた傷は、致命傷にはほど遠い。



 ネズミは、傷口から『魔素』を撒き散らしながら、彼に向かった。



「くっ……!」



 ネズミの突進に合わせ、ディーヴァは横にステップした。



 そして、突進の回避に成功すると、再びネズミに斬りかかった。



 2度目の攻撃が、ネズミに深手を負わせた。



「はあっ!」



 動きが鈍ったネズミに、3度目の斬撃が加えられた。



 致命傷だ。



 ネズミは輝く魔素を撒き散らし、消えていった。



 周囲に漂った魔素を、ディーヴァは吸い込んだ。



 魔素とは力の源だ。



 EXP、経験値などという別名も持っている。



 魔素を吸うことで、ガーデナーは強くなれる。



 全てのガーデナーにとって、欠かせないものだと言えた。



 魔素の吸収を終えると、ディーヴァは足を動かした。



 その先に、輝く宝石が落ちていた。



 魔石だ。



 この魔石は、ユニコーンラットが落としたモノだ。



 魔獣は死ぬ時に、魔石を落とす。



 ディーヴァはイシを拾った。



 その魔石は黄色かった。



 土属性の魔石だ。



 彼はそれを、背中のリュックサックに入れた。

 


 魔石は売れる。



 魔石を加工すると、魔導器になる。



 魔導器は、人々の生活に欠かせないものだ。



 質の高い魔石は、驚くような高値で取り引きされた。

 


 魔石の質は、それを落とした魔獣の力に比例する。



 ユニコーンラットは、たいした魔獣では無い。



 ディーヴァが拾った魔石は、二束三文の安物だ。



 そんな物を売って暮らしている、彼の暮らしは貧しい。



 だが彼は、ガーデナーをやめるつもりは無かった。



 いつか暮らしが上向くことを願い、彼は迷宮で戦った。



 この日のディーヴァは、朝8時からアディスに潜っていた。



 12時ごろに、アディスの中で軽食をとった。



 固いパンと、すっぱいジュースだ。



 食事を終えると、彼は魔獣狩りを再開した。



 そして、午後の4時まで戦いを続けた。



 時間が来ると、ディーヴァは地上を目指して歩き始めた。




 ……。




「よう」



 『大階段』の途中で、ディーヴァは声をかけられた。



 大階段とは、災厄の迷宮と地上をつなぐ、唯一の出入り口だ。



 幅は10メートルを軽く超える。



 アディスに入る全てのガーデナーが、ここを通ることになる。



 そんな要所のド真ん中に、3人の男が立っていた。



 格好を見れば、3人ともがガーデナーだと分かる。



「……どうも」



 ディーヴァは頭を下げた。



 男たちは、彼とは良く見知った間柄だった。



 ディーヴァは従順に、男たちに近付いていった。



「どうぞ」



 ディーヴァは背中からリュックを下ろした。



 そして、その中身を男たちに見せた。



 中央の黒髪の男、アクタが、リュックに手を突っ込んだ。



「相変わらず、シケてやがんなぁ」



 魔石を鷲づかみにして、アクタはそう言った。



「取り分は、5対5のはずでは?」



 ディーヴァが抗議をした。



 身の安全と引き換えに、取り分の半分を、彼らに献上する。



 そういう話になっていた。



 今、アクタが取ったイシの量は、半分では済まなかった。



「そうか?」



「はい」



 ゴン、と。



 鈍い音が鳴った。



 ディーヴァの頬に、アクタの拳が突き刺さっていた。



「本当にそうか?」



「……いえ」



「そうだよな? 驚かすなよ」



 アクタはニヤニヤと、魔石の一つをつまみ取った。



 彼はそのイシを、自身の口へと放り込んだ。



 そして、バリバリと噛み砕いた。



 魔石を砕くと、魔素が放出される。



 先述した通り、魔素は力の源だ。



 魔石が有れば、人は強くなれるということになる。



 だが、アクタたちは、既にそれなりのガーデナーだ。



 いまさら2層の魔石を砕いても、効果は薄い。



 それでも彼らは、ディーヴァから魔石を奪う。



 それは、彼らが魔石を欲しいからでは無い。



 ただ奪うことが楽しいのだ。



 彼らは手段と目的を、逆転させていた。



 痛めつけるために奪う。



 そんな虚しい行いが、彼らにとっての娯楽だった。



 そしてディーヴァは、その程度の連中にすら抗えない。



 最弱のガーデナーだった。



「じゃあな。明日もまた頼むぜ」



 アクタたちは、魔石をかじりながら去っていった。



 稼いだイシの3割ほどが、ディーヴァの手元に残った。



 命がけで稼いだ、彼の暮らしに必要なイシだ。



 ディーヴァは、大階段の有る広場を出た。



 そして、近くの『ガーデナーズギルド』に向かった。



 ギルドには、多くのガーデナーが訪れる。



 その建物は、周囲の店舗よりも、大きく立派だった。



 ディーヴァは正面口から、ギルドへと入っていった。



 建物の中は、ガーデナーたちで賑わっていた。



 入り口からまっすぐ行った所には、受付カウンターが有る。



 何人もの職員が、ガーデナーたちに対応していた。


 

 見知った職員が居るカウンターへ、ディーヴァは歩いた。



 そして、リュックをカウンターに置いて言った。



「換金お願いします」



「はい。……って、ディーヴァさん?」



「……何ですかね? コマネさん」



 受付の男に、ディーヴァはそう尋ねた。



 彼の名はコマネ。



 ディーヴァが初めてギルドに来た時、世話になった相手だ。



 20代の男で、温厚な物腰をしている。



 初対面の時、ディーヴァは彼に、親しみやすさを感じた。



 それでなるべく、彼の世話になることにしていた。



 今、彼の視線は、ディーヴァの顔に向けられていた。



 正確に言えば、頬に。



「ほっぺた、どうしたんですか?」



 コマネは心配そうにそう尋ねてきた。



 ディーヴァの頬は、先程の暴行によって、軽く腫れていた。



「これは……」



 問いに素直に答えるつもりは、ディーヴァには無かった。



 顔見知りではあるが、しょせんは他人だ。



 彼に話をしたところで、みじめになるだけではないのか。



 そんな気持ちが有った。



「ちょっとヘマをしまして」



 ディーヴァはただ、そう応えた。



「ムチャをしてはいけませんよ」



「そういうつもりは無いんですけどね……。


 運が悪いと、こういう事も有ります」



「まあ、危険な所ですからね。アディスは。


 もし、あなたが仕えている


 ダンジョンマスターが……」



「その話はやめてください」



 ディーヴァはコマネの言葉を遮った。



「俺は納得して、あの人に仕えているんです」



「……わかりました。見積もりをさせていただきますね」



 コマネはディーヴァのリュックを手に取った。



 そして魔石を取り出し、鑑定用のルーペでそれらを観察していった。







お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ