「弱者と搾取」
迷宮国家プルガトリウム。
その最大の都市である、エイトミリオン。
一人の少年が、『災厄の迷宮』アディスに潜っていた。
少年の名は、ディーヴァ=ダッタ。
身長は182センチほど。髪は輝く銀髪で、瞳は赤い。
人並み外れた美貌を持つ、美少年だった。
ディーヴァの歳は16。
成人を迎えてすぐに、迷宮戦士、ガーデナーになった。
ディーヴァは未熟者だ。
そんな彼の装備は、薄く安い。
彼は、最低限度の備えと共に、迷宮の2層に立っていた。
「っ……!」
洞窟のような迷宮。
ディーヴァの意識は、眼前の脅威へと向けられていた。
彼の視線の先に、魔獣が見えた。
迷宮には、魔獣が住む。
それが世のコトワリだ。
そして魔獣は、人間を殺す。
ディーヴァは緊張感と共に、魔の獣と対峙していた。
……ベテランの冒険者が見れば、思わず失笑を漏らす。
それは、そんな光景だったのかもしれない。
ディーヴァが対峙する相手は、体長1メートル足らず。
ツノの生えたネズミだった。
その名はユニコーンラット。
アディスの2層に出現する、最弱クラスの魔獣だ。
鍛えぬかれた冒険者であれば、あくびをしながらでも倒せる。
そんな弱い魔獣が、少年には死闘の相手となる。
ディーヴァは弱い。人に認められるような才も無い。
身にまとった装備すらも、平凡そのものだった。
そんな少年の利き手に、唯一非凡な物が握られていた。
戦華-イクサバナ-。
少年があるじから授かった、人智を超えた武器だ。
イクサバナは、ディーヴァだけの武器では無い。
ガーデナーであれば皆、イクサバナを持っている。
そして、イクサバナの形は、その持ち主によって異なる。
ディーヴァのイクサバナは、スタンダードな長剣だった。
普通の長剣とは違い、その剣の鍔は、花の形をしていた。
イクサバナは皆、その一部に、花の意匠を持つ。
ディーヴァの長剣の鍔は、菩提樹の花をモチーフにしていた。
イクサバナは頑丈だ。
そして、持ち主が強くなるほどに、その威力を増す。
人が魔に立ち向かうための、最強にして最適の武器だ。
だが……。
「うああああっ!」
ディーヴァは、焦りが混じったような雄たけびを上げた。
そして手中のイクサバナで、魔獣へと斬りかかった。
持ち主が弱ければ、イクサバナは、ただ頑丈なだけの武具だ。
ディーヴァの剣を見れば、その事がはっきりと分かる。
彼の斬撃が、魔獣に手傷を負わせた。
理想を言えば、一刀両断にしとめてしまいたい。
戦うガーデナーは、皆そのように思い、剣を振る。
だが、ディーヴァが負わせた傷は、致命傷にはほど遠い。
ネズミは、傷口から『魔素』を撒き散らしながら、彼に向かった。
「くっ……!」
ネズミの突進に合わせ、ディーヴァは横にステップした。
そして、突進の回避に成功すると、再びネズミに斬りかかった。
2度目の攻撃が、ネズミに深手を負わせた。
「はあっ!」
動きが鈍ったネズミに、3度目の斬撃が加えられた。
致命傷だ。
ネズミは輝く魔素を撒き散らし、消えていった。
周囲に漂った魔素を、ディーヴァは吸い込んだ。
魔素とは力の源だ。
EXP、経験値などという別名も持っている。
魔素を吸うことで、ガーデナーは強くなれる。
全てのガーデナーにとって、欠かせないものだと言えた。
魔素の吸収を終えると、ディーヴァは足を動かした。
その先に、輝く宝石が落ちていた。
魔石だ。
この魔石は、ユニコーンラットが落としたモノだ。
魔獣は死ぬ時に、魔石を落とす。
ディーヴァはイシを拾った。
その魔石は黄色かった。
土属性の魔石だ。
彼はそれを、背中のリュックサックに入れた。
魔石は売れる。
魔石を加工すると、魔導器になる。
魔導器は、人々の生活に欠かせないものだ。
質の高い魔石は、驚くような高値で取り引きされた。
魔石の質は、それを落とした魔獣の力に比例する。
ユニコーンラットは、たいした魔獣では無い。
ディーヴァが拾った魔石は、二束三文の安物だ。
そんな物を売って暮らしている、彼の暮らしは貧しい。
だが彼は、ガーデナーをやめるつもりは無かった。
いつか暮らしが上向くことを願い、彼は迷宮で戦った。
この日のディーヴァは、朝8時からアディスに潜っていた。
12時ごろに、アディスの中で軽食をとった。
固いパンと、すっぱいジュースだ。
食事を終えると、彼は魔獣狩りを再開した。
そして、午後の4時まで戦いを続けた。
時間が来ると、ディーヴァは地上を目指して歩き始めた。
……。
「よう」
『大階段』の途中で、ディーヴァは声をかけられた。
大階段とは、災厄の迷宮と地上をつなぐ、唯一の出入り口だ。
幅は10メートルを軽く超える。
アディスに入る全てのガーデナーが、ここを通ることになる。
そんな要所のド真ん中に、3人の男が立っていた。
格好を見れば、3人ともがガーデナーだと分かる。
「……どうも」
ディーヴァは頭を下げた。
男たちは、彼とは良く見知った間柄だった。
ディーヴァは従順に、男たちに近付いていった。
「どうぞ」
ディーヴァは背中からリュックを下ろした。
そして、その中身を男たちに見せた。
中央の黒髪の男、アクタが、リュックに手を突っ込んだ。
「相変わらず、シケてやがんなぁ」
魔石を鷲づかみにして、アクタはそう言った。
「取り分は、5対5のはずでは?」
ディーヴァが抗議をした。
身の安全と引き換えに、取り分の半分を、彼らに献上する。
そういう話になっていた。
今、アクタが取ったイシの量は、半分では済まなかった。
「そうか?」
「はい」
ゴン、と。
鈍い音が鳴った。
ディーヴァの頬に、アクタの拳が突き刺さっていた。
「本当にそうか?」
「……いえ」
「そうだよな? 驚かすなよ」
アクタはニヤニヤと、魔石の一つをつまみ取った。
彼はそのイシを、自身の口へと放り込んだ。
そして、バリバリと噛み砕いた。
魔石を砕くと、魔素が放出される。
先述した通り、魔素は力の源だ。
魔石が有れば、人は強くなれるということになる。
だが、アクタたちは、既にそれなりのガーデナーだ。
いまさら2層の魔石を砕いても、効果は薄い。
それでも彼らは、ディーヴァから魔石を奪う。
それは、彼らが魔石を欲しいからでは無い。
ただ奪うことが楽しいのだ。
彼らは手段と目的を、逆転させていた。
痛めつけるために奪う。
そんな虚しい行いが、彼らにとっての娯楽だった。
そしてディーヴァは、その程度の連中にすら抗えない。
最弱のガーデナーだった。
「じゃあな。明日もまた頼むぜ」
アクタたちは、魔石をかじりながら去っていった。
稼いだイシの3割ほどが、ディーヴァの手元に残った。
命がけで稼いだ、彼の暮らしに必要なイシだ。
ディーヴァは、大階段の有る広場を出た。
そして、近くの『ガーデナーズギルド』に向かった。
ギルドには、多くのガーデナーが訪れる。
その建物は、周囲の店舗よりも、大きく立派だった。
ディーヴァは正面口から、ギルドへと入っていった。
建物の中は、ガーデナーたちで賑わっていた。
入り口からまっすぐ行った所には、受付カウンターが有る。
何人もの職員が、ガーデナーたちに対応していた。
見知った職員が居るカウンターへ、ディーヴァは歩いた。
そして、リュックをカウンターに置いて言った。
「換金お願いします」
「はい。……って、ディーヴァさん?」
「……何ですかね? コマネさん」
受付の男に、ディーヴァはそう尋ねた。
彼の名はコマネ。
ディーヴァが初めてギルドに来た時、世話になった相手だ。
20代の男で、温厚な物腰をしている。
初対面の時、ディーヴァは彼に、親しみやすさを感じた。
それでなるべく、彼の世話になることにしていた。
今、彼の視線は、ディーヴァの顔に向けられていた。
正確に言えば、頬に。
「ほっぺた、どうしたんですか?」
コマネは心配そうにそう尋ねてきた。
ディーヴァの頬は、先程の暴行によって、軽く腫れていた。
「これは……」
問いに素直に答えるつもりは、ディーヴァには無かった。
顔見知りではあるが、しょせんは他人だ。
彼に話をしたところで、みじめになるだけではないのか。
そんな気持ちが有った。
「ちょっとヘマをしまして」
ディーヴァはただ、そう応えた。
「ムチャをしてはいけませんよ」
「そういうつもりは無いんですけどね……。
運が悪いと、こういう事も有ります」
「まあ、危険な所ですからね。アディスは。
もし、あなたが仕えている
ダンジョンマスターが……」
「その話はやめてください」
ディーヴァはコマネの言葉を遮った。
「俺は納得して、あの人に仕えているんです」
「……わかりました。見積もりをさせていただきますね」
コマネはディーヴァのリュックを手に取った。
そして魔石を取り出し、鑑定用のルーペでそれらを観察していった。
お読みいただきありがとうございました。