ぬけがらへびのガラガ
ぬけがらへびのガラガ
まっ赤なお日さまが、山の向こうにしずむころ。
草のかげからあらわれたのは、一ぴきのちいちいネズミ。
ちいちいネズミは、ながあくのびた草のトンネルをくぐってくぐって
鼻をくんくん、ひげをぴくぴく、草をかさかさ、地面をとっとこ。
どこまでも走ってゆきます。
ちいちいネズミは茶色のネズミ。しっぽはちょっと短いけれど、いつも
ぴんとかっこよく立っています。
ちいちいネズミはつい三日前、お母さんとくらすネズミのすあなから
ひとり立ちして、お気に入りのさらさら川に自分のすあなを作ったば
かりなのです。
ようやくあなの中がきれいにかたづいたので、今日は、はじめてのお客
さまをよぶことになっていました。
いっとうはじめによぶやくそくをしていたのは、なかよしのあまガエル
です。
あまガエルは、ちいちいネズミと同じ、さらさら川に住んでいます。
あまガエルはハスの葉っぱの上に、ちいちいネズミは土手の草むらにか
くされた、土の中のネズミあなでくらしています。
二ひきはさらさら川の住人の中でも、とくべつになかよしなのです。
とっとこ走るちいちいネズミは、あまガエルの住む、ハスの葉っぱにど
んどん近づいてゆきました。
「おーい、あまガーエル。いるかーい?」
「た、たすけてくれえ~」
おや? あまガエルの声がするじゃあ、ありませんか。
いつも元気なあまガエルが、あんなになさけない声を出しているなんて、
いったい何があったのでしょう?
なかよしのあまガエルの一大事。のんびりしているわけにはゆきません。
ちいちいネズミは急いで急いで、声の聞こえたほうにぐんぐんとかけ足
で近づいてゆきました。
さらさら川のそばの、大きな石の近くまで来たときでした。
石の向こうで、あまガエルが足を広げ地面にぺったりとすわりこんでい
るのを見つけたとたん、ちいちいネズミもピタリと足を止めてしまいま
した。
あまガエルの目の前には、大きなへびのガラガのすがたがあったのです。
大きな口をぱっくり開けて、冷たい目はらんらんと光っています。
長い体はすきとおってぴかぴか光り、あのおそろしいしまもようも・・。
「あれれ?」
ちいちいネズミは、なんだかガラガの様子がおかしいことに気がつき
ました。
「なぁんだ。あっははは!」
「な、なにわらってんだい! ちいちい、助けてくれよう!!」
大きな黒目になみだをいっぱいにためて、あまガエルがさけびました。
「いいかい、あまガエル。落ち着いて、ガラガをよく見てごらんよ」
「だだだ、だってさっきからぼくをずっとにらんでいて・・あれれ?」
そういえばそういえば。
このガラガは、いつもなら頭をゆらして、ニタニタといじわるくわらう
のに、今日はちっとも動かないのです。
シュルシュルとうねる長い体も、ガラガラといやぁな音を立てるボコボ
コしっぽも、まるで石になったようにかたまったままでした。
ぽっこり頭にぺたんこ体のガラガのしまもようの向こうに、土や草がう
っすらとすけて見えています。
ちいちいネズミはこしを抜かして立てなくなっているあまガエルを、よ
いしょと助け起こして、二ひきはほんの少しだけ、ガラガのそばに近づ
きました。
「ほらほら、ほらね? これは、ガラガがだっぴしたぬけがらだよ。ほ
んもののガラガじゃないでしょう?」
「なあんだ、なんだ。ぼくはもういよいよだめかと思ったよう」
はああ。と、自分の体よりも大きなためいきをついたあまガエルは、よ
うやくもとどおりになった自分のこしをぴょこりと前足でなでつけると、
動かないガラガのぬけがらに、ぴょこぴょこと近づいてゆきました。
「わあ、大きな口だなあ。ぼくやちいちいを丸のみにしちまうわけだよ。
ねえねえ、見てよ。この長いキバ!」
「どくがのこっているかも知れないから、さわらない方がいいよ。
早く他のみんなにもガラガが近くにいるって知らせてあげなくちゃ」
ちいちいネズミのことばに、あまガエルはぴょこんとのけぞりました。
「おいおい、待ってよ。ちいちい! きみ、こんなにすてきなおくりも
のを、むだにしちまう気なのかい?」
「すてきなおくりもの? そんなものがいったいどこにあるんだい?」
辺りをきょろきょろと見わたすちいちいネズミのすがたに、あまガエル
は大声でわらいました。
「いやだなあ。ちいちいったら、これだよ、こーれ!」
あまガエルは丸っこい指先で、ちょんちょんとガラガのぬけがらをつつ
きました。
「こりゃあ、もしかしたらぼくらにとって、とんでもないお守りになる
かも知れないよ?」
「どういうことだい?」
首をかしげるちいちいネズミに、あまガエルはとくいげな顔をしました。
「まあ、ぼくの考えを聞いてくれたまえよ。ちいちいくん。まずは、こ
のガラガのぬけがらを、きみの家まで運ぶとしよう。ちょっとぼくらに
は大きいけれど、中身はまるでからっぽだ。長い体はとちゅうでちょん
切れば、きっとうまく運べるさ」
「これをぼくの家に運んで、いったい、どうするつもりなんだい?」
「しつもんは後にしてくれ。急がなきゃ、だれかに見つかっちまう。
さあ、運ぶぞ。ちいちいはそっちを持って。いくぞ、よいっしょ!」
ゆらりと、すきとおったガラガの頭が草地から持ちあがりました。
そのまま長い体をひきずって、ガラガの体が少しずつ少しずつ、前に進
み始めます。
「よいっしょ! よいっしょ!」
ガラガの頭が大きな石を曲がったとき、長い体が石に引っかかりました。
「いいぞ、ぼくのさくせんどおりだ。そのままうんと引っぱってくれ!」
あまガエルの号れいで、二ひきはいっしょうけんめい力を出します。
「よーいしょ!! よーいしょ!!」
ぶつんっ!!
「わあ!!」
大きな音がして、ふたりは草の中に転がりました。
「あいたたた・・あれ? あまガエルはどこだろう?」
したたかにおでこをぶつけてしまったちいちいネズミは、前足でおでこをさすりながら、あまガエルのすがたをさがしました。
「ここだよう、出してくれよう」
また、あまガエルのなさけない声がします。
ちいちいネズミは声のするほうをふりかえると、思わずふきだしました。
「やあ。きみ、ちょうどいいベッドを見つけたねえ」
あまガエルは、ガラガの大きな口の中に転がりこんだまま、こちらにお
しりを向けてじたばたともがいていました。
「ほらほら、だいじょうぶかい?」
やっとの思いで、ガラガの口の中からぬけ出したあまガエルは、
ふたたび、はああ。と、自分の体よりも大きなためいきをつきました。
「たとえぬけがらとはいえ、へびの口に自分から転がりこむなんて、
気分のいいもんじゃないね。ぼくは今度こそだめかと思ったよう」
「あはは。きみがぶじでよかったよ。キバにはもう、どくものこってい
ないみたいだね?」
「ああ、ぼくがきけんな目にあったおかげで、こいつが安全なガラガだ
ってわかったし、長い体もちょん切れた。さあ、もうひとふんばりだ。
がんばろう」
「よしきた。ゆこう」
それから、ちいちいネズミの新しいネズミあなまで、二ひきはひいひい
ふうふういいながら、ガラガの頭とちょん切れた短い体をひきずってゆ
きました。
「やあ、もうこのあたりでいいだろう。ゆっくりと下ろしてくれ」
「はあ、ひい、ふう。さいしょは軽かったのに、ガラガの頭って重たい
んだねえ」
「へえ、ほう。はあ。もうぼくはくたくただよ。ちいちい、お茶をいっ
ぱいごちそうしてくれるかい?」
「いいとも。きみはぼくの家のはじめてのお客さまだよ。おふろに入っ
て、ごはんを食べよう。今日はとまってゆくといいよ」
「そりゃあありがたい。すっかり体のどろがかわいちまって、ぼくは動
きづらいったらなかったよ」
「ところで、このガラガの頭はどうするんだい?」
ちいちいネズミのしつもんに、ぽっこりふくれたおなかのかわいたどろ
をぺりぺりとはがしながら、あまガエルは答えました。
「どうするのかは、これからのお楽しみさ。さあてと、今日はもうまっ
暗だし、こいつはここにおいといて、のこりはまた明日にしよう。ごは
んといえば、すっかりおなかがぺこぺこだ」
「そうだね。ぼくらがねている間にだれかがこれを見つけて、びっくり
しなきゃいいけれど」
ガラガの頭をのこしたまま、二ひきはネズミあなのおくへと入ってゆき
ました。
まっ白なお日さまが、草についた朝つゆをキラキラとてらしています。
川から流れてくるもやの中を、一ぴきのネズミがちいちいネズミのすあ
なへと向かっていました。
「ちいちいのお家は、そろそろきれいになったかな?」
やって来たのは、同じさらさら川に住むごきんじょネズミでした。
ちいちいのひっこし祝いに、おくりものを持ってきたのです。
いつものだんだん岩をめじるしに、岩をくるりと曲がったとたん、
ごきんじょネズミは大きなひめいを上げました。
「わあ! へびだ!!」
ちいちいネズミのネズミあなに向かって、大きなへびが口を開けて待ち
かまえているのです。朝もやにぼんやりとかくれていますが、たしかに
あれはずるがしこくて、らんぼう者だとゆうめいな、ガラガのすがたに
ちがいありません。
もしガラガに見つかってしまったら、自分もすぐに食べられてしまうで
しょう。
ちいちいの身がしんぱいでしたが、自分のいのちも大切です。
ガラガに見つからないうちに、ごきんじょネズミはすばやくちょろりと
にげ出してゆきました。
朝もやが、少しずつはれてゆきます。
やがて朝もやが消えて、まっ白なお日さまがさんさんとふりそそぎ始め
たころ、ちいちいのネズミあなから、あまガエルがぴょこんと顔を出し
ました。
「ふわあ~・・わあ!! へビだ!!」
あくびをしかけていたあまガエルは、大あわてでネズミのあなににげこ
もうとして、ポヨンと自分のおなかをたたきました。
「おっとっと。しまったしまった。あいつはぼくらのお守りだったんだ
っけ。さてさて、いろいろいそがしくなるぞ。ちいちいを起こして来な
くちゃ」
あまガエルはうきうきしながら、ネズミあなをぴょこんぴょこんと下っ
てゆきました。
「いいかい。ちいちい、これからぼくときみとで、ガラガにお守りにな
ってもらうんだ」
「お守りって、ぼくにはよくわからないよ、あまガエル。どうゆうこと
だい?」
「まあまあ、ぼくにまかせておけば、きみはずっと安心してこの新しい
すてきなあなでくらせるはずさ。まずはペンキを使うんだ」
「ぼくの家をぬるのにのこっていたペンキだろう? これをなにに使う
んだい?」
「いいかい、ちいちい。色を見てごらんよ。白と黒。茶色もあるだろう?
これはなんの色なのか、思い出してみてよ」
「ぼくの家のかべと・・ああ! そうか!! ガラガの色だね?」
「ごめいとう。さすがはちいちいネズミの大だんなさまだ。さあ、さっ
そく色づけを始めよう。ほんもののガラガみたいに、そっくりな色でぬ
るんだよ。ぼくが頭によじのぼるから、きみはあごからぬってくれ。口
の中もていねいにぬってくれよ? だいじなところだからね」
「う~ん。昨日のきみのことばじゃないけど、自分から進んでガラガの
口に入るのは、こいつに食べられるみたいであんまりいい気はしないな
あ。なんだか体の毛がさかだつよ。しっぽもぴりぴりするし」
短いしっぽを気にしながら、ちいちいネズミはガラガの口の中にもぐり
こんで、白に少し茶色をまぜたペンキをペタリペタリとぬりました。
「ぼくらがこんなにガラガの近くにいることなんて、ありえないことだ
ものね。たいていは見つかったらその場でペロリさ。こわがってるひま
もないよ。おっと、頭のもようを少しかえておこうかな?」
「どうしてだい?」
ガラガの口から出てきたちいちいネズミに向かって、あまガエルは自分
の丸っこい指を一本立てて言いました。
「だって、ほんもののガラガがもしここに来たら、ちがうへびじゃなく
て、自分のぬけがらだってわかっちまうよ。体はちょん切っておいてき
ちまったから、せめて頭だけでもくふうしなくちゃ」
そういうと、あまガエルはしんけんそのものの顔で、ゆっくりとガラガ
の頭のてっぺんに、今までとはちがうしまもようをえがきました。
こうして、お日さまがかたむくころ、ようやっとガラガの頭のお色直し
ができあがりました。頭も目玉も、まるで生きているようにほんものそ
っくりです。暗くなりかけた草むらの中では、ガラガのかげが地面に大
きくのびて、つい先ほどまでペンキをぬりつづけていた、ちいちいネズ
ミとあまガエルまで、なんだか体がぶるぶるとふるえてきました。
「ぼくたちまでふるえちゃうほど、よくできているよ。これでもう、き
みのすあなにもぐりこんで、きみを食べようとするへびもイタチもこい
つをこわがってここには来ない。これがぼくの考えた、きみへのひっこ
しいわいだよ。それにこれは、ぼくにとってもお守りになる。どうだい?」
「あまガエル、きみってすごいよ! なんてすてきなおくりものなんだ
ろう!」
「きみがよろこんでくれて、ぼくもうれしいよ。さあ、ちょん切った体
は土にうめて、葉っぱでかくそう。そうすればもうかんぺきだよ」
こうして、ちいちいネズミとあまガエルは、とても強力なお守りを手に
入れたのです。
ごきんじょネズミたちはみな、このとんでもない“お守り”にびっくり
ぎょうてんして、ちいちいネズミの新しいお家には来たがりませんでし
た。
そんななかまたちに、ちいちいネズミとあまガエルがこれまでのいきさ
つをとくいになってせつめいすると、ごきんじょネズミやあまガエルの
友だちも、おそるおそるぬけがらへびのガラガに近づいてくるようにな
りました。
こうして今ではすっかり、ガラガの頭はみんなの遊び場になっています。
かたいぬけがらに、ペンキをしっかりぬったおかげで、雨がふっても風
がふいても、ほんものそっくりなガラガの頭は、いつまでたってもじょ
うぶなままでした。
ちいちいネズミとあまガエルでこしらえた、ぬけがらへびのガラガのひ
みつは、ちいちいネズミの家にやってくる、小さな動物たちみんなの大
きなひみつになってゆきました。
こんなふうに、雨がふり、風がふくうちに、ガラガの体のあちこちには
コケが生えました。ガラガの頭はすてきな黄色のわたぼうしをかぶった
ように、体はまるでりっぱな緑色のコートをはおったようにふかふかと
しています。
「やあ、なかなかおしゃれじゃないか。ぬけがらへびのガラガくん」
あまガエルのきどったあいさつにも、ぬけがらへびのガラガは動きませ
ん。このころには、ネズミやカエルはみんなみんな、すっかりガラガの
口の中に入ってもへっちゃらになっていました。
「どうだい? ぼくらのお守りはたいしたごりやくじゃないか。モズも
イタチもキツネも他のへびも、一度こいつを見かけたら、二度とこの家
には近づかない。おかげでぼくらのくらしはあんたいさ」
ちいちいネズミもあまガエルのまねをして、気どっていいました。
そんなある日、ちいちいネズミがすあなの中でねむっていると、大きな
じしんがありました。土の中のトンネルがぐわんぐわんとゆれています。
ちいちいネズミはあわててとびおきました。
「たいへん! 家がくずれちゃう!」
ところが、すあなの出入り口をめざして走っても走ってもまったく足が
進まないのです。じしんはどんどん大きくなって、ちいちいネズミの頭
の上に、土のかたまりがぱらぱらとふりかかってきました。
「わああ!」
がばっと、ちいちいネズミは自分のねどこからはねおきました。
そうです。大きなじしんはちいちいネズミの見たゆめだったのです。
いえいえ。もしかしたらじしんは、本当にあったのかもしれません。
だって、かべにかけてあったすてきなぼうしもかばんも、みんなちいち
いネズミの足もとにすべり落ちていたからです。
ちいちいネズミはねぼけまなこでぼんやりと、家の中を見わたしました。
「ぼくはじしんのゆめを見たのかなあ?」
ちいちいネズミはすあなの出口まで、とっとことっとこ、ようすを見に
ゆきました。
ネズミあなの出入り口は、空をとぶモズからも、地上を走るイタチから
もキツネからも見つからないように、上手に草でかくしてあります。
ふさふさとした草のれんをおしわけて、ちいちいネズミはそうっと家か
ら顔を出しました。
「だんだん岩もくずれていないし、やっぱりゆめだったのかしら?」
じっと暗やみを見めていたちいちいネズミは、ふと、ガラガのようすが
おかしいことに気がつきました。
「あれ? あれれ?」
大きく開いていたはずのガラガの口が、今はぴったりととじているので
す。黄色や緑色をしたコケのコートやぼうしも、先ほどの大きなじしん
でガラガの頭や体から、みんなすべり落ちてしまっていました。
「ああ、なんてことだ。ガラガの体がつぶれちゃったら、ぼくらの安心
なくらしもおしまいだ。こいつにはぼくらのお守りとして、もっともっ
と役に立ってもらわなくっちゃならないんだから」
ちいちいネズミのことばにも、ぬけがらへびのガラガはじっとだまって
います。
「ふわあーあ。家のようすもだいじょうぶだし、ぼくはもうひとねむり
するとしよう。しっかりキツネとイタチとへびをみはってろよ。だんま
りへびのぬけがらガラガ!」
ねむそうな大あくびをして、ちいちいネズミは家の中に入ってゆきまし
た。
草むらがまたしずかになったころ、とつぜん、やみの中に、ぱちりとふ
しぎなふたつの光があらわれました。
ぎょろり、ぎょろりとふしぎな光が動いています。
やがて、ふたつの光のそばで、シュルシュルと音がしました。
「しめしめ。みごとにさくせんせいこうだ!」
そう、だれかがつぶやく声がして、ふしぎなふたつの光はすうっと消え
てしまいました。
そしてまた、まぶしい朝がやってきました。
だれかが道の向こうから、ぴょこんぴょこんととびはねながらがやって
きます。
両の手に、たくさんの木の実や虫をかかえながらやってきたのは、あま
ガエルでした。
「こんなすてきな朝だもの。ちいちいといっしょに朝ごはんにしよう。
とりあえず、にもつはガラガの口の中に入れておこう」
あまガエルは、あいかわらずにぱっくりと大きく口を開けているガラガ
の口の中に、かかえていた木の実や虫をぽいぽいぽいと放り投げると、
ガラガのとなりの、ちいちいネズミのすあなに向かってよびかけました。
「おうい。ちいちい、もう朝だよ! ごはんにしよう! おきて! お
きて!」
しばらくすると、すあなのおくからちいちいネズミが目をこすりながら
出てきました。
「やあ、あまガエル。おはよう。今日も元気だねえ」
「おや? きみはずいぶんとねむたそうじゃないか。どうしたんだい?」
おおあくびをしているちいちいネズミの顔を見て、あまガエルはわらい
ました。
「なんだかねえ、ゆうべのじしんの後で、ぼくはいやあなゆめを見たん
だよ」
「じしん? ゆうべはじしんなんか、なかったよ? それに、いやあな
ゆめって、どんなゆめだい?」
首をかしげているあまガエルに、ちいちいネズミはあくびをくりかえし
ました。
「なにいってんだい。あんなにぐわんぐわんゆれてたじゃないか。きみ
んちは、川の中のハスのはっぱの上だから、きっとなにも感じなかった
んだよ。きみはいいよね。水の中だってとくいだもの。ぼくはずっと、
水草に足を取られて、おぼれるゆめを見ていたっていうのにさ」
ねぶそくでちょっとふきげんなちいちいネズミは、ガラガのすがたを見
たとたんに目を丸くしました。
「あれえ??」
「なんだい、こんどはどうしたんだい?」
「どうして、ガラガの口が開いているんだい?」
ちいちいネズミのことばに、あまガエルはまたわらいました。
「いやだなあ。ちいちい、いったいどうしちゃったのさ? ガラガの口
は、いつも大きく開いているじゃないか」
「そうじゃないんだよ、あまガエル。きのうの大きなじしんのせいで、
ガラガの口はとじていたはずなんだ。ぼくはちゃんとこの目で見たんだ
もの。そのしょうこに、コケもぜんぶ体からすべり落ちているだろう?」
ちいちいネズミのことばに、あまガエルはうでぐみをして、ガラガの体
を見上げました。
「う~ん。たしかに体のしまもようは、はっきり見えているけどねえ。
ぼくはまったく気がつかなかったけど、きみのいう、その大きなじしん
とやらで、コケがはがれちまっただけじゃないかい? あいつの体は前
と同じで土にうまっちまっているし、あの大きな口だってさっきぼくが
来たときにも、かわらずに開いていたよ? 持ってきたごはんはみんな
あいつの口の中においてある。さあ、朝ごはんを食べながら、きみの見
たいやあなゆめのことも、ゆっくり考えるとしようじゃないか」
「う~ん。きみがそういうのなら、あのじしんも、ぼくが見たいやあな
ゆめの中のできごとだったのかも知れないなあ」
ちいちいネズミはふしぎがって首をかしげながら、あまガエルといっし
ょに、おおきく開いたガラガの口の中に入りこんで、二ひきはこしを下
ろしました。
「やあ、あまガエル。口の中をきれいにそうじしてくれたのかい?」
「いいや。ぼくはそうじなんてしていないよ? さあ、ごはんにしよう」
二ひきはガラガの口の中にすわりこんだまま、木の実や虫を手に取りま
した。
ぽとり。ぴちょん。
「ひゃあ! なんだい? 雨もりかい?」
とつぜん頭に水のしずくがいくつも落ちてきて、あまガエルはとびあが
りました。
「雨もりだなんて、ゆうべは雨なんかふっていなかったよ? ひゃあ!」
ガラガの口のてんじょうを見上げたちいちいネズミの顔にも、雨のよう
なしずくがふってきました。
そのときです。
ばくっ!!
おおきな音がして、二ひきの目の前はまっ暗になりました。
「なんだい?? なにがおこったんだい??」
目をぱちくりさせているちいちいネズミに、あまガエルはさけびました。
「たいへんだ! ちいちい! ぼくらはこいつにとじこめられたんだ!
ぼくにもよくわからないけど、早くここからにげなくちゃ!」
二ひきはあわてて立ち上がると、持っていた木の実や虫を放り出して、
まっ暗なガラガの口からにげだそうといっしょうけんめいガラガのキバ
をたたきました。
ぐらり! ぐらぐらっ!
とつぜん足もとが大きくゆれて、ちいちいネズミとあまガエルはその場
に転がってしまいました。そしてそのまま、二ひきの体はごろんごろん
と、ガラガの体の中のトンネルを転がり落ちてゆきました。
「あっははは! おれさまの口に自分から入ってくるなんて、こわいも
の知らずなネズミとカエルだな!」
転がり落ちた先のせまい部屋のような場所で、ようやくおきあがったち
いちいネズミとあまガエルは、かみなりのようなその声を聞いてふるえ
あがりました!
「ガラガの声だ!! どうしてガラガの声がするんだい!?」
「どうしてって、そりゃあ決まっているだろう。おまえさんたちは今、
おれさまのいぶくろの中においでだからさ」
しゅるしゅると音を立てて、ガラガの体が動き始めました。
まっ青な顔をした、ちいちいネズミとあまガエルは、おたがいにひしと
だき合って、顔を見合わせました。
「いぶくろって、じゃあ、ぼくらはおまえに食べられちゃったのかい?」
ちいちいネズミのさけび声に、いじわるなガラガの声がひびいてきます。
「まあそういうことだ。おまえさんたちは自分から、おれさまの口に入
ってきたんだろう? せっかくの食べ物はありがたくいただかないと、
バチが当たるってもんだ。せいぜいゆっくりとしていってくれ」
楽しそうにわらうガラガの声に、あまガエルは泣き出しました。
「なんてこった!! おねがいだ! ガラガ! ぼくらをここから出し
てくれよう!!」
「そうだよ! ぼくらはきみに、なにも悪いことはしていないじゃない
か!!」
ちいちいネズミがそうさけぶと、ガラガはぴたりと体の動きを止めまし
た。
「おれさまだって、べつに悪いことをしたわけじゃない。おれさまはた
だ、おまえさんたちと同じことをしたまでさ」
「同じこと? ぼくらがいったいなにをしたっていうんだい?」
「そうだよ! ねえ! 出してくれよう!!」
二ひきの足もとには、ガラガのいぶくろから出てくる消化えきがたまり始めています。足もとの木の実が少しずつとけ始めたのを見て、ちいちいネズミとあまガエルはふるえ上がりました。
「じゃあ、はらごなしにゆっくりとせつめいしてやろう。おまえさんた
ちは、おれさまのだっぴしたぬけがらをりようして、自分たちをねらう
モズやイタチやキツネや他のへびどもから身を守っていたんだろう?
あいつらはいつも、おれさまのことをおそれているからな。ぜったいに
近づいてこない。つまり、おまえさんたちはおれさまの力をりようした
のさ」
「わかった! わかったから早く出して!!」
「ぼくら、このままじゃ死んじゃうよう!!」
ちいちいネズミとあまガエルのさけび声はどんどん高くなってゆきます。
ガラガはとてもまんぞくそうにわらって、しっぽを細かくふるわせまし
た。
「まぁ、そんなにあわてなさんな。それだけじゃない、どういうわけか、
おまえさんたちはそのうちおれさまのことも、全くおそれなくなった。
ネズミやカエルが平気でおれさまのぬけがらの口の中に入り、のんきに
木の実なんかかじってるのを見たときは、さすがのおれさまもあきれた
ぞ」
ガラガラといやあな音がひびいてきます。
どこかとおくで、ちいちいネズミとあまガエルのひめいがあがり、いじ
わるなガラガの楽しげな声はさらにつづきました。
「そこでだ。じゃあ、おれさまも同じことをさせてもらおうと思ったの
さ。今までさんざんおれさまのぬけがらをりようしてきたおまえたちか
ら、少しくらいお礼をもらってもいいじゃないか? わざわざ動きまわ
ってエサをさがさなくても、エサが自分から口の中にとびこんでくるな
んて、こんなに楽な話はないからな。このお礼はありがたく使わせても
らうよ・・おい? 聞いているのか?」
ガラガの体の中からは、もうなんの音も聞こえてはきませんでした。
「なんだ。もうとけてなくなっちまったのか。ちびっこいネズミとカエ
ルじゃ、はらの足しにもならないな。さてと、こいつをどうするか・・
そうだ!」
自分の体の向こうにおしやっていた、ぬけがらへびのガラガをながめて
いたほんものガラガは、自分の体でぬけがらへびのガラガを道のまん中
までおして運んでゆくと、自分は草むらの中にこっそりとかくれました。
しばらくすると、ごきんじょネズミが道の向こうからやってきました。
「あれ、こんなところにちいちいの家の、ぬけがらガラガが落ちている
ぞ? ちいちいはどうしたのかな?」
ごきんじょネズミはちいちいネズミのすあなまでたずねてゆき、すあな
の外からよびかけました。
「おうい、ちいちい! いるのかーい?」
ちいちいネズミの返事はなく、すあなの様子もしずまりかえっています。
「おかしいなあ、あまガエルも自分の家にはいなかったし、いっしょに
旅にでも出たのかなあ?」
首をかしげたごきんじょネズミは、やがていいことを思いつきました。
「じゃあ、ちいちいが出かけている間だけ、ぼくがあのぬけがらガラガ
のお守りを使わせてもらうとしよう。ちいちいとあまガエルが帰ってき
たら、もどせばいいや。あのお守りは強力だから、これでぼくもしばら
くの間はモズやイタチやキツネやへびから、ねらわれる生活ともおさら
ばだ!」
ごきんじょネズミは大よろこびで、さっそくなかまのネズミをよびに、
もと来た道を走ってもどってゆきました。
やがて、ごきんじょネズミとともに、数ひきのネズミがもどってきまし
た。ネズミたちはわいわいがやがやとさわぎながら、ぬけがらへびのガ
ラガの体を自分たちの楽しいすあなに運んでゆきます。
そのすがたが小さくなったころ、草むらでほんものガラガのふたつの目
玉がぴかりと光り、しゅるしゅるガラガラと音をたてながら、ネズミた
ちのあとをしずかに追いかけてゆきました。
「まさか自分のぬけがらに、こんなにいい使い道があるとはな。おれさ
まにとってもいいお守りだ。ありがたく使わせてもらうとしよう。これ
で当分は、おれさまもはらいっぱい食べられるだろう」
楽しそうにわらうガラガのすがたは、やがてだんだん岩のむこうへと消
えてゆきました。
さてさて。ガラガのさくせんはうまくいったのでしょうか?
みなさんも、どこかでへびのぬけがらをみつけたら、その体がペンキで
きれいにぬられていないかどうか、そっとたしかめてみてください。
そのときには、草むらのかげでふしぎなふたつの光がぴかりぴかりと光
っていないか、どうかひとつご用心を。
おしまい
お読みくださり、どうもありがとうございました(^^)