幼馴染みは殺し屋、ターゲットは僕。ことごとく作戦を失敗させてやったら、とうとう女の武器を使って来やがった。
例えば授業中。
僕の隣に座る幼馴染みは今も僕にその殺意を向けている。
ボールペンを改造して、ペン先がロケットの様に発射出来るあれだ。
恐らくペン先には毒が塗られているのだろう。
あれが命中すれば僕はこの世から消える。
だが彼女は気付いていない。
僕が彼女の殺意に気付いていることを。
──シュッ。
来た……!
僕はあくびをするフリをして伸びをした。
ペン先は僕の顎をスレスレで通過する。
「!?」
瞬間、ガタッと音を立てて隣に座る幼馴染みが教室中の注目を浴びる。
ククク……驚いてるな、僕の命を狙う不届き者め。
数える事3000と60。
彼女と出会ってから僕が殺されかけた回数だ。
よくもまぁこの10年、飽きる事もなく殺りに来てくれたもんだよ……
しかし逆に言えば僕が殺されかけた回数だけ僕は彼女と──井子橋 奈々未と一緒に過ごしという事だ。
その度にドキドキさせられて、いつも僕の視界には彼女が映っていて、毎日彼女の事を考えて。
はっきり言おう。
僕は奈々未の事が好きだ──
※
「達弥ー!帰ろー!」
「ん……奈々未か」
放課後、席を立った僕の後ろから眩しい笑顔でやって来たのは幼馴染み。
僕らはいつもこうして一緒に帰る。なんなら登校の時も一緒だ。
と言うか家も一緒。
彼女は僕の家のメイドでもあるからな。
僕は日本経済の一角を担う財閥、朝川家の御曹司だ。
おかげで敵も多い。
故に僕の命を狙う輩も現れるという訳だ。なんなら内部の人間すら信用は出来ん。
しかしまさか幼少の頃から一緒に過ごして来た女が殺し屋だとはな。
うちのセキュリティー大丈夫か……?
恐らく奈々未を送り込んで来たのはうちの分家である夜朴家だろう。
奈々未が夜朴家の人間なのか、はたまた雇われた人間なのかは分からない。調べる気もない。
けれど一つだけはっきりしている事がある。
「達弥……今日ちょっと寒いからさ……手、繋いでもいい……?」
「……外に出たらな」
「あっ、廊下だとまだ人多いもんね。でも繋いでくれるんだぁ嬉しい♡」
「……っ」
笑顔が可愛いんだよちくしょーーーー!!!
奈々未は肩にかかるくらいの髪を真っ直ぐにおろした快活な美少女だ。
発育だってかなりよろしい。
クラスでも一番の人気者である。
当然だ。
輝かんばかりの笑顔を向けられて落ちない男子はいない。僕もその一人だ。
さて、そんな奈々未だが校門を抜けるとさっそく僕の右手に自らの左手を伸ばして来た。
──が、しかし。
「ちょ、達弥なんで避けるの!?」
僕はひょい、と奈々未の伸ばした手を躱した。
こいつ、さっき手のひらに何か仕込んでやがったからな。
一瞬ヒヤヒヤしたぞ……
奈々未はまだ僕に自分が殺し屋だと言うことに気付かれている事を知らない。
この10年、僕は一切奈々未に悟られることなく平穏無事に生きて来た。
もしも奈々未が殺し屋だと言うことが明るみになれば、もう奈々未とは二度と会うことは出来ないだろうから……
「……なぁ奈々未、手を繋ぐ前にお前歩道側入れよ。危ないぞ」
「……あ、ありがと」
僕は何か仕込まれている左手とは逆の、何もない筈の右手を繋ぐ為に、怪しまれない言い訳を使って奈々未と場所を入れ替わった。
そして僕の方から奈々未の左手に右手を伸ばす。
「……達弥ってほんと優しいよね」
「こんなの家が仕込んでくる英才教育の一つだよ。ま、たまには役に立つ事があるみたいで良かったよ」
「いつも遅くまで色んな勉強してるもんね、偉い偉い」
「!」
そう言って奈々未は僕の頭に右手を伸ばして来た。
しまった!油断して──
「よしよし♡」
「……あれ……?」
「ん?あ、ごめん髪触られるの嫌だった?」
「い、いや……」
「? 変な達弥」
今も頭を撫でられてるのに何もチクっとし感触や、体がしびれる感覚がない。
なんで……?
今なら絶好のタイミングだろうに。
僕が疑問に思っていると奈々未が撫でるのを止め、前の方を指差した。
「達弥見て!あそこ学校の人が集まってるよ!」
「ん?あれは……」
「新しく出来たクレープ屋さんみたい!ね、あたし達も行こうよ!」
「……そうだな」
奈々未は僕の手を引っ張って長蛇の列へ突っ込んで行った。
暗殺を止めたのは大勢が居る中、すぐ傍で殺すのはリスクがあったからか?
僅かな疑念は残ったが、長い時間をかけて店に入った僕の目の前で美味しそうにクレープを頬張る奈々未の笑顔を見ると、そんな事どうでも良くなってしまった。
──恋は盲目だ、な。
※
数える事3000と61。
これはあたしが幼馴染みである、朝川達弥の暗殺に失敗した回数だ。
あたしは産まれ落ちたその時から達弥の暗殺を使命付けられている。
あたしの本名は夜朴奈々未。
達弥の家の財閥の分家に当たる、謂わば敵対組織。
宗家と分家は非常に仲が悪く、次代当主となる達弥が居なくなれば、分家の人間が当主に選ばれる可能性が高くなるとの事らしい。
分家の中でも末端のあたしには詳しい事は分からないけど、男兄弟の居ない達弥が消えれば分家は相当有利みたいね。
あたしは今まで一流の殺し屋として教育を施されてきた。
けれどこの10年、あたしは任務失敗を繰り返し続けてしまった。
あたし達が一緒に居られる時間はそう長くない。
きっと高校生活が終わればあたしは用済み。
達弥が当主として本格的に活動し始めれば暗殺の機会なんてもう訪れない。
厳重な警備の中に身を置かれるからね。
日中も警備自体はこっそりと付いている。
昼間に暗殺を止めたのはリスクがあったから、ただそれだけ。決して達弥の頭を撫でたかったからではない。
かろうじて自由のある生活は今だけだ。
あたしは達弥をそんな未来から解放してあげたいと思ってる。
──だから、今、確実に殺すんだ。
「……達弥、まだ起きてる?」
時刻は0時を回ろうかという頃。
あたしはメイドの特権として朝川家の屋敷を自由に歩く事が出来る。
なので達弥の部屋の前まで行くのも容易だ。
こんな時間だけど達弥はいつももう少し遅くまで勉強している。
だからきっとまだ起きてる筈。
あたしの予想通り明るい達弥の返事が大きなドアの奥から聞こえて来た。
『奈々未か?どうしたんだこんな時間に』
……ふぅ……
今あたしが深呼吸をしたのは胸がドキドキしてるからじゃない。
これはあたしのルーティーン。
決して達弥の声を聞くだけで胸が高鳴ってしまうからとか、本当にそういう事じゃない。
「ちょっと……ね。入っていいかな?」
『いいぞ』
「それじゃ失礼致します」
あたしはドアノブに手を掛けてゆっくりと回した。
ドアを引きながら、視界に入って来るのは──
「な!?た、達弥、なんで裸なの!?」
「お、お前こそ何で下着姿なんだ!?」
達弥は腰に白いタオルを巻いただけで、ほとんど裸と言っていい姿だった。
やば……達弥めっちゃ鍛えてる……腹筋固そ……
ひぇ~カッコいい──じゃなかった。
「あ、あたしの事は良いから早く服着てよ!!」
「良いわけあるか!?何のつもりだお前!?」
「なんのって……」
殺す為……なんて言えない。
どういう訳か達弥はあたしの攻撃を全て躱して来るから、もうあたしの体で誘惑して夢中になってる所を殺ってやるの。
その為にもとりあえず達弥には落ち着いて貰おう。
服を着てないならそれはそれで好都合だし。
「あたしが下着の理由……どうしても知りたい……?」
「そ、そりゃあまぁ……」
「……分かった」
あたしはゆっくりと達弥の傍に近寄って、その逞しい体を抱き締めた。
「……今からあたしを抱いて貰う為」
「は、はぁ!?」
「分かんない?あたしは達弥の事が──」
言いながらあたしは達弥の唇に自分の唇を重ねた。
「──こういう……事だから」
「……お、お前……」
「だからさ、達弥」
「!?」
あたしは達弥をベッドの方へと引っ張って、そのまま押し倒した。
あぁ……やば……心臓の音、うるさい……
これはようやくこの長い任務を終えられる喜びのせいだよね。
「達弥……最期に素敵な思い出を作ろ……」
「……奈々未……?」
「っ……」
「んん!?」
あたしの体の下で赤くなってる達弥にもう一度キスをした。
「……んっ」
「……!?」
達弥……キスに夢中になってる。
……後は背中に隠してたナイフでゆっくりと命を刈り取るだけ。
やっとだ。
これでやっとあたしは長い呪縛から解き放たれる。
もう夜朴家も朝川家もうんざりなの。
あたしも一緒に死ぬからさ、少しだけ我慢してね。達弥──
「……奈々未」
「……」
「奈々未」
二度あたしの名前を呼んだ達弥。
彼はナイフを握り心臓の上でカタカタと震えているあたしをただじっと見つめている。
「何でそんなに泣いてるんだ?」
「! な、泣いてなんか──」
「……涙、体に落ちて冷たいんだけど」
嘘……
あたし、本当に泣いてる……
「自分でも気付いて無かったのかよ……やれやれ」
「え!?」
達弥はあたしの手元からナイフを奪い取り、一瞬の内にあたしの喉元へ突き立てていた。
「僕はこれでも護身術も学んでる。こんな作戦じゃ僕は殺れないぞ」
「……っ」
「なぁ奈々未。僕の事嫌いか?」
聞くと同時に達弥はナイフを下ろした。
あたしは涙を流しながらぼそっと答えた。
「……さっきもキスしたじゃん。好きだって」
「心こもってねぇ……まぁいい。好きならこれくらい許してくれよ」
「え?」
達弥は両手をあたしの体に回し、耳元で囁いた。
「これからも好きな時に殺しにおいで」
「!?」
「奈々未は殺し屋、ターゲットは僕。それが僕らの関係だろ?大切にしたいんだこの縁を」
「……やっぱり知ってたんだね」
「まぁね。それに奈々未レベルの殺し屋じゃ僕は殺れないさ」
「む……」
そんな事言って……うっかり殺しちゃっても知らないよ!?
でも……達弥ならもうしばらくはこの関係で居させてくれる気がする。
あたしは何も聞かずに抱き締めてくれる達弥の体を強くしがみついた。
「……達弥……まだもう少し一緒に居させてね……」
「もちろんだ」
達弥がさらに力を込めてくる。
心臓の音は止まる事もを知らずに強く脈打っている。
……あぁ、気付いちゃいけないのに、気付かされちゃった。
駄目なのに。
こんな想いを抱いちゃ駄目なのに。
でも、仕方ないよね。
10年も一緒に居てさ。
あたしの視界にはいつもターゲットが居るんだもん。
「奈々未……」
「……達……弥……」
あたし達はもう一度、蕩けるようなキスをした。
──あぁ、あたしはもうどうしようもないくらいに達弥が好きだ。
※
「達弥、おはよ!」
「……おはよう」
屋敷の前で朝の仕事を終えた奈々未と待ち合わせて学校へ行く。
いつもと変わらない筈の朝。
……変わっているのは僕の心境だけ。
まさかシャワー終わりに部屋に来た奈々未とあんな事になるなんて……
奈々未のおっぱい凄かったなぁ……
しかもさらっと凄い事聞いちゃったし、しちゃったよ!?
……あ、全然キス止まりだったけど。
でも、確かな事がある。
それは奈々未も僕の事が好きだと言うこと。
こんなの顔を合わせるだけで体が熱くなってしまう。
「達弥、顔赤いよ?」
「! そ、そんな事ない」
「……ははーん」
奈々未はからかうようにナイフに見立てた指を僕の喉元に突き刺した。
「あたしからの告白に照れてるんだぁ♡も~油断してると殺っちゃうよ??」
「……!」
……このアマ……
良いだろう、その挑発受けてやる。
「はっ、殺れるものなら殺ってみな。返り討ちにしてやるよ!!」
「ば、バカ!声大きい!あたしの事バレたらもう会えないんだからね!」
「そうまでして僕と一緒に居たいのか。可愛いな~奈々未は」
「! このぉ~~~……」
僕は一足先に屋敷を出て奈々未に振り返る。
「ほら、来いよへっぽこ幼馴染み」
「い、言ったな!このボンボン幼馴染みがー!」
僕を狙う殺し屋は顔を真っ赤にしてすぐ隣に走ってきた。
気付けば彼女は僕の腕を掴み、手を握り締めていた。
そう、恋人繋ぎで──
お読み下さりありがとうございます!
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