第9話「–RA〜墜落したヘリに涙の様な弱い雨が降る〜」
こんにちは、かぐらゆういです(*´ω`*)
最近精神的に疲れが出てきて調子が良くないのですが、いつもの投薬治療でなんとか生きてます( ̄▽ ̄;)
さて、第9話です。いよいよこのライトシャワースノーも大詰めに入ってます。監修を担当している夫うしぽんが出稼ぎから帰宅したので挿絵の進行が遅れが出ていましたが、なんとか第9話は更新できました。ではどうぞ!
夜になり、2人は吉野が予約した新大阪駅近くのビジネスホテルにチェックインした。しかし、あいにく部屋に空きがなかったらしく、シングルの部屋に2人で泊まることになってしまった。
「ベッド、1つしかないですよ…?」
「困ったなぁ…車から寝袋持ってこようかな」
「そんな、床で寝る気ですか?」
「だって…付き合ってもない男女が一緒のベッドで寝るわけにはいかんやろ」
「付き合ってもない女を京都から連れ出しておきながら…?」
直球で正論を返されると「せやな」と吉野は頭を掻いた。
「ほな…僕と結婚前提で付き合うてくれるん?」
ひなは体が熱くなるのを感じ、両手で顔を覆った。
吉野の気持ちが本気かどうか確かめるために質問する。
「私のこと…好き?」
吉野は顔を赤く染め、ひなの顔を見ながら答える。
「好き…大好きやわ」
ひなは更に質問する。
「社長と周りに内緒で付き合って、同棲までしてたんだよ?それに、地上員として白タクに加担してたんだよ?そんな薄汚れた子でも…好き?」
ひなは涙を流し、潤んだ目で吉野を見上げた。ひなは人一倍白タクに加担してしまった罪への意識が強くなっていた。
「好きやで。だって、社長とはプライベートで出会って付き合うたんやろ?白タクもあれは事業機登録してる機体かどうかなんて整備に聞かんと内部の人間でもわからんからしゃあないわ。
薄汚れていようがいまいが、僕は天鷲さんが大好きやで」
吉野はひなの手をそっと握って顔から離すと、顔を少し近づけ囁く。
「灰かぶり姫やって、苦労はしたけど王子様に出会って最終的には幸せになったやろ?天鷲さんのことは僕が幸せにしたるわ…せやから泣かんでええよ」
吉野は優しく微笑みそっと手を離すと、ひなの涙を指で拭ってやる。ひなは優しい吉野に抱きつき、「ありがとう」と言った。
食事とシャワーを済ませた2人は部屋着に着替えてベッドに横たわっていた。吉野がiPhoneでニュースアプリを見ている横でひなは布団に包まり、うとうとし始めていた。
「疲れたやろ?先に寝てもええんやで」
「…うん」
ひなは目を閉じた。すっぴんで、うさぎ耳付きのフードがついたルームウエア姿のなんとも無防備なひなに、過去に1人しか女性経験がない吉野はドキドキしていた。
ひなは無防備なだけでなく、程よく育ったFカップの大きな谷間がVネックのTシャツから少し見えているのだ。
(かわいいだけでなく、おっぱいが大きいって反則やわ。襲ってしまって天鷲さんに嫌われるのだけは避けたいなぁ…)
吉野はひなに背中を向けてニュースアプリを見た。スクロールしていくと、森藤航空の機体墜落のニュースが出てきた。
『今日午後1時頃、静岡県の山岳地にヘリコプター1機が墜落しました。機体は森藤航空株式会社のR44、JA132Kと見られ、操縦していたパイロットは森藤航空のパイロット、野崎伸広さんと判明しました。野崎さんは心肺停止の重体、警察は引き続き調査を続けていますーー』
動画下のニュース記事をスクロールしていると、後ろからひなが抱きついた。背中に柔らかいものが当たっているが、吉野は平静を装う。
「どないしたん…?」
「野崎さんってわんちゃん2匹飼ってるひとでしょ?京都ヘリポートで会って話したことあるよ」
墜落した野崎は主に北海道を拠点に飛んでいたパイロットで、狂犬と化したマルチーズを2匹飼っていることで知られている人物だった。マルチーズがかわいいと言う者もいれば、ただのうるさい狂犬と罵る者がいる中で野崎は「犬じゃねぇ、家族だ」と彼らを守ってきた。
「野崎さんなぁ…かなりミステリアスな人やったわ。北海道の寮で一つ屋根の下で暮らした時も、家族のことは何一つ話さなかった。他の人らも野崎さんのことは犬2匹飼ってて、昔タクシー運転手だったってことしか知らんのよ。天鷲さんは何か知っとる?」
「ううん…私もただわんちゃん飼ってるってことだけ…」
「そっか…。ただひとつ言えることは、『野崎さんは飛ばないとお金にならない雇用形態』やったってことやな」
「え?吉野さん達と雇用形態が違うの?」
「うん。野崎さんは昔森藤航空に『給料が安すぎる、これじゃ2匹とも食わせられん』って言うてスト起こしたらしいねん」
「ちなみに、森藤航空のパイロットの給料っていくらなの…?」
ひなは吉野の右手に触れた。
「13万からのスタートで、機長になると25万になる。みんな独身で寮暮らしやから自分で支払うのって少ないんやけど、25万で犬2匹飼ってたらそりゃ厳しいってなるんよな」
吉野は右手をひなの手の前に出して包み込んだ。手を通じてひなは吉野の体温をより感じるのだった。
「給料25万やと人間の彼女を作るのやって正直厳しいところあるからなぁ…機長としての飛行時間もたっぷりつけた頃に天鷲さんと出会って僕は次のステップアップの時期がきたなって思ったわ。
…で、野崎さんに話を戻すと、ストを起こしてからたくさん飛ばんとお金にならん給料形態になったもんやから、ヘリにとって悪天候な日でも無茶する様になったんやわ」
「それって…事故は起こるべくして起きたってこと…?」
「そう。今日の静岡は微妙な天気で天候判断が難しかった。野崎さんは運航部長が止めたにも関わらず、社長の押しで飛んでしもたらしい」
「國澤さんは止めたんだ…」
「森藤航空の人事は形だけで全て社長から直接指示が出るから、社長が脅せばパイロットは動いてしまうねん。事業会社は悪天候の日は飛ばしちゃいかん決まりになっとるから、これだけで航空法違反やわ」
森藤航空の人事は操縦の技量で決まっており、操縦や遊覧パフォーマンスが上手ければ上手いほどトップに昇れるシステムになっている。そのため、管理仕事ができない上司も少なくなく、代わりに仕事ができる若手パイロットが管理仕事や営業などを任せられるというおかしな事例もある。
「ということは、社長は」
「逮捕やわ。まぁ…毎日白昼堂々と違法なフライトしとったから、いずれは逮捕される運命やったけどな。そんなことになったら、一緒に暮らしとる天鷲さんまで後ろ指指されて生きることになる。せやから僕は連れ出した」
「助けてくれて、ありがとう」
「天鷲さんのこと思ったら当然やわ…てか、寝とったのに起こしてしもたね、ごめん」
「ううん…墜ちたのは野崎さんだったけど、仮に吉野さんだったら…私、悲しすぎて立ち直れなかったかもって思っちゃって…」
「天鷲さん…」
「私…吉野さんのこと、気づいたら大好きになっちゃってる…」
「ほんま…?!」
吉野は振り返ってひなに向き合うと、ひなの瞳を見つめた。
「うん、大好き」
ひなの顔はほんのり赤かったが、ベッドのオレンジ色の灯りで吉野には分からなかった。
「僕、次の会社行ったら、今まで以上に気をつけるわ。天鷲さんを泣かせん様に」
「気をつけてね…てか、もう天鷲さんじゃなくて下の名前で呼んでよ、はるくん」
「春雪やから『はるくん』かぁ…ほな、ひなちゃん」
「社長と同じだ…」
ひなは不意に社長と出会った頃を思い出した。しかし、偽りの優しさを注ぐ社長ではなく、今は心からの優しさをくれる吉野にひなは目を向けた。
「嫌やった?」
「ううん…社長とは違って、出会ってすぐちゃん付けじゃないからいい」
「馴れ馴れしいな社長…キャバクラやないんやから」
「はるくん」
「ん?どないしたん?ひなちゃん」
ひなは吉野の腕の中に擦り寄り、唇にキスした。
「ひなちゃん…」
2人は抱き合い、繰り返しキスした。
翌朝、ひなは吉野の腕枕で目覚めた。男の人の腕枕は人生初のひなはドキッとした。
「睫毛、長い…」
吉野の寝顔を見つめていると、吉野が目覚めた。
「おはよう…ああ、昨夜のことは夢やなかった…」
吉野はひなを抱きしめる。腕の中でひなは「夢じゃないよ」と返した。
「はるくん、好き」
「ひなちゃん、好きや」
匠臣には感じられなかった癒し、そして安らぎをひなは吉野と一緒にいることで感じていた。そして、心からの「大好き」という感情も。
これまでひなが心から大好きだと思って付き合っていた男性は高校2年から亡くなるまで付き合った拓也、通称「たーくん」だけだったが、吉野はその時以上に大好きな男性になった。
寝起きの歯磨きと着替えを済ませ、吉野は実家に履歴書用紙と航空経歴書用紙を取りに出た。その間ひなは、吉野がいない寂しさで枕を吉野だと思って抱きしめていた。
(ちょっといないだけで寂しいなんて、私よっぽど大好きになっちゃったんだな…)
約1時間後、吉野が青い紙袋と惣菜の様な匂いがする紅白の小さい紙袋を持って帰ってきた。
「ひなちゃん待たして悪かったなぁ、ただいま」
すっかり眠ってしまっていたひなだったが、物音で目を覚まし後ろから吉野に抱きついた。
「おかえりなさい…あ、大阪の豚まん」
「知っとる?」
「うん。食べたことないけど、テレビでは見たことある」
「僕これ、大阪帰ったら絶対食べる好物やねん。ひなちゃんも食べる?」
「食べてみたい…はるくんの好きなもの」
「なんか、照れるわ…」
2個入りの豚まんを1人1個ずつ分け、小袋のからしをつけて食べる。
「美味しい…」
ひなは左側の顎が痛むため、少しずつ頬張り咀嚼する。皮が甘めで…美味い。コンビニの豚まんとは違うんだが、何故美味いんだ…何が違うのかがわからないがとにかく美味い。表現し難いが、“完璧”な豚まんである。
「美味いやろ?」
「うん…もうコンビニの豚まんには戻れない…」
大阪の豚まんに胃袋を掴まされたら、もう一生市販の豚まんには戻れないのだ。
「やろ?大阪来たら粉もんやなくてこっち食べなあかん」
「私、北海道のラムジンギスカンが1位で京都の鯖寿司が2位だと思って生きてきたけど、もうランキング変わった、大阪の豚まんが1位!」
「そない気に入ったんか!1位の北海道超えるって凄いな豚まん」
「それだけ美味しいの!」
「そっかぁ、そない気に入ってくれたんやったんやったらまた今度買うて一緒に食べようか?」
「うん!」
「よっしゃあ、これでひなちゃんとの約束ができた」
ひなが小指を差し出すと、吉野は小指を絡めた。
「「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます、ゆびきったっ♫」」
ひながにっこり笑った。その笑顔がかわいらしくて、吉野はひなを抱き寄せてキスした。