第5話「TCU〜ハムスター型の塔状積雲が雷を溜め込んでいる空〜」
こんにちは、かぐらゆういです(*´∀`*)
さて、第5話です(*´∀`*)煙霧の中でのおつかいから続きでございますよ!今回もお話と絵、頑張ってかかせていただきました。さあ、どうぞ!
昼下がり。上空にはハムスター型の塔状積雲が浮かんでいる。
吉野とおつかいに行った日から4日、昼休憩が被ると2人は食後にハムスターの動画を鑑賞し会話することが多かった。
「頬袋パンパンにしてこっち見るのは反則!」
「わかるわぁ〜あれかわいいよなぁ〜」
「その後、小屋に向かってダッシュ」
「用が済んだらサッと帰るんよなぁ」
互いにハムスター動画に癒され、ハムスタートークを交わした後に午後の仕事を乗り切るという流れが2人にとって非常に心地よかった。
夕方、仕事を終えたひなが皆に挨拶して帰ろうととしていると、吉野が車で玄関口まで来た。
「あれ?天鷲さんも今帰り?」
「はい、そうですけど」
「バス停まで歩くんやろ?送ってくわ」
「そんな…悪いですよ」
「ええって。確か40分歩くんやろ?」
「そうですけど…いいんですか?甘えちゃって」
「ええよ、乗って。仕事の後やからしんどいやろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ひなが車に乗り込むと吉野はすぐに車を発進させた。
「今日はフライト多かったなぁ。地上員お疲れ様」
「ありがとうございます。吉野さんもお疲れ様です」
「僕はそんなん働いとらんわ。訓練で15分飛んで、後は差し入れの鯖寿司食っとるだけやったわ今日は…」
「なんで…飛ばないんですか?」
「僕はね、違法フライトしたないんですよ。白タクっていうんやけどね」
「白タク…」
「パイロットって飛んだら全部ログブックに記録するやんか。違う会社の面接の時見せろ言われて白タクだらけのログ見せたら指摘されて不合格になるんよ。それでここの会社の先輩が大手落とされた言うん聞いとるから僕は絶対やらんのよ」
「どれが違法フライトなのか、私には…」
「知らん方がええかもな…」
黒い雲がかかる空が一瞬光り、雷が落ちた。フロントガラスには雨が打ち付けられる。夕立ちだ。
「せやから仕事ないし千葉に帰ることになったわ」
「いつですか…?」
「今週の木曜日」
「それはまた急ですね…」
「この会社、なんでも急に決まんねん。ある日突然『北海道行け』だの、『日光行け』だの言われるんよ。それも運航部長通さずに社長から直でよ?」
「…知らなかった…」
「今回は僕が飛ばんから東京に戻すしかないって判断やけど、多分向こうで今飛んどる人は突然『寮出ろ』って言われとるんやで?」
「ブラックじゃないですか…」
「ブラックやで。こんなん結婚しとる人間は無理やわ。ほんで、突然キャンセルになったり延期になったり、いつからか分からんみたいなこと言われたりすんねん。予定立てられんやろ」
「そんな会社だとは思ってなかった…」
「多分、天鷲さんは地上員やから社長は優しくしてるんやろうけど、パイロットにとっちゃあれは人の皮被った鬼やから」
いつだったか新人パイロットの田辺が「社長は鬼だ」と話していたのはこのことだったのかとひなは思った。
「ほんで、僕は今月いっぱいで辞めることにしましたわ。定期運送用操縦士(機長として2人乗りの航空機を操縦するための資格)の資格取ったからこの会社での目的は達成したんよ」
「どこに行くんですか?
「まだ決まっとらん。でも次は大手に行く予定」
「安定を求めてるんですね」
「そ。せやから、僕とランチいかん?」
この頃吉野はひなをランチデートに誘っていて、ひなは何かしら理由をつけて断っていた。
「…そう言うことだったのか…」
「もう退職届出してしもうたから、これ逃したら天鷲さんにはもう会えなくなるかもしれん」
ひなは少し考えた。匠臣と付き合っているものの、この頃は帰宅してもスキンシップはゼロで会話もほとんどしなくなっていた。吉野とランチしてしまえば裏切り行為になってしまうかもしれないが、このまま吉野と会えなくなってしまうのはなんだか寂しい。そして、匠臣に対する寂しさももしかしたら埋められるかもしれないと。
「吉野さん」
「はい、なんでしょう?」
「明日、休みなんですけど会えますか?」
「明日?ええよ、何時にする?」
ひなは寂しさゆえに会うことを選択してしまった。待ち合わせは明日の11時半、久御山のショッピングモール前にと言うことになった。
話しているうちにバス停に到着した。
「それじゃあ、明日の11時半に」
「了解。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。送っていただいてありがとうございます、お気をつけて」
「天鷲さんも気いつけてなぁ」
吉野は笑顔で手を振り車を発進させた。ひなも手を振って車を見送る。
(私、社長を裏切っちゃうんだな…)
彼氏に構われないことでくる寂しさと、もう会えなくなってしまうからと言った理由で女は簡単に裏切ってしまえるものなのか…ひなはバスに揺られながら思い悩んだ。
(社長だって忙しくて疲れてるだけかもしれないのに、私は吉野さんとランチに出かけちゃうの…?)
ひなは自分がしようとしていることに胸を痛めた。しかし、今日までの吉野との交流を振り返ると、彼と一緒にいる時間は自分にとって凄く楽しい時間であったことは間違いないし、彼とは凄く気が合って相性がいいとさえ思う。
(友達としてなら付き合ってもいいのかな…)
男女の間に友情は成立するのかはわからないが、吉野とならこのまま友達として仲良く付き合うのも悪くはない気がする。だが、成立しない場合会うこと自体が裏切り行為になるのではないかと再び思い悩む。
答えが出ぬままバスは家近くのバス停に到着した。バスを降りてからもひなは頭の中でぐるぐると思いを巡らせ、無限ループの沼にはまっていた。
翌朝。
眠れぬ夜を過ごしたひなは睡眠不足の状態で待ち合わせ場所に向かった。
到着すると真っ黒なプリウスアルファが駐車場に入ってくるのが見えた。なにわナンバー、吉野である。
吉野はひなを見つけると、駐車スペースに停めてすぐにひなのもとに走って来た。
「おはようございます。待たしたかなぁ?」
「いえ、私も今来たところです」
「そか。ほな行こか」
吉野が爽やかに笑うと、ひなの胸はキュンと締め付けられた。
(あ…いつもハムスターの動画の時に見せる笑顔だ…)
ひなは眠たい状態ではあったが、吉野の笑顔にやられてしまった。
2人はレストラン街に向かった。あまり食欲が湧かないひなだが、特盛りのウニが売りの海鮮丼の店に入ることにした。
海鮮丼を注文し、2人は色々な話に花を咲かせる。いつものハムスターの話から互いに好きなヘリの話、そして2人の意外な共通点である「子供の教育について」。これはひなが保育士、吉野が英語教師をそれぞれ目指していたからである。
「子供達には小さいうちからハムスターみたいに元気いっぱいに遊んで、いっぱい学んでほしいと思ってるんです」
「わかるわぁ。でも実際今の子達って小さいうちから塾とか習い事通わされて充分遊べてないんよな、僕みたいに」
「ストレス溜まってたんじゃないんですか?」
「幼稚園の時から塾通っててずっと勉強漬け。唯一の楽しみはペットに癒されることと、息抜きにラジコンヘリで遊ぶことやったなぁ。友達とも遊べんから大学まで友達も彼女もおらんかったわ」
注文した海鮮丼が目の前に置かれ、2人は箸割って食べ始める。
「まぁ、そのおかげで事業用操縦士取るまでの苦痛な時間を乗り越える力は身についてたんやけどなぁ」
「事業用操縦士って超難関資格ですよね?吉野さんはどれくらいの期間で取られたんですか?」
吉野は来年の3月14日で31歳。高齢な世界と言っても過言ではないヘリ業界では数少ない若年パイロットである。そして、事業用操縦士という資格は超難関資格とされており、取得までに膨大な時間と莫大な費用がかかるというとんでもない資格で目指している者も多くは40〜50代の人間である。
吉野は海鮮丼を食べながら答える。
「最短の1年やね」
「え?1年…?!」
「本来なら多分ありえへんと思う、20代で1年というのは」
「お金とかどうしたんですか?スクールの入学金、アメリカへの留学費、その他諸々で2000万はかかるって聞いたんですけど」
「実際には生活費含めたら3000万以上はかかるんやけどな。まぁ、これは誰にも内緒やけど僕の場合はじいちゃんがお金持っとるからできたことなんやけどな」
「おじいさまが…」
「そう。せやから、事業用操縦士っていう資格は家族とか周りのサポートがないと取れん資格やと僕は思うねん。反対押し切って1人で取ろう思ったら取れんかったと思う。
ほんで僕が思うんは、親と教育者としての資格を持つ人間が勉強以外で教えるべきことは「他者との関係の築き方」やと思うんねん。勉強ばかりして身近な家族はおろか、友達とか先輩と関係性を築けん人間は孤立して助けてほしい時に助けて貰えんで死ぬことになるからなぁ。上手くこの世の中を渡って行くんには必要やと思う」
「確かにそれは言えてますね。近年の世の流れとして断捨離がブームですが、人間関係の断捨離まで善とされていて希薄な世の中だと感じざるを得ません。それが子供にとってよくない影響を及ぼすのではないかと危惧します」
2人の教育論が合致し盛り上がった。
ひとつの飲食店で長居すると京都では「ぶぶ漬けおあがりですか?」と言われかねないので食べ終えると2人は場所を変えた。
睡眠不足と満腹感でひなは眠気に襲われていた。トークが盛り上がってもレストランからカフェまでの移動が眠くてしょうがない。
カフェで2人はコーヒーを注文した。食後のコーヒーで少しでもスッキリさせる他なかった。
「天鷲さん」
「はい?」
「なんか僕ら気が合うとは思わん?」
「思います。今まで出会った中で1番合うかも」
「亡くなった彼氏さんより…?」
「うん。たーくんでもこんなに話が合ったり気が合うなってことなかったから。あ…たーくんは『拓也』だからたーくんなんですけど」
「あ、ハムスターにつけてた名前って」
「そう…昔呼んでたあだ名です。湿っぽい話でごめんなさい」
「いや、大丈夫やけど…ほんまに僕の方が合う?」
「はい…寂しい気持ちとか日常の嫌なこととか忘れられそうなくらい」
ひなの脳裏にはは昔のたーくんと匠臣のことが浮かんでいた。裏切ってしまうという不安はあるが、どちらの寂しさも吉野といると不思議と忘れられそうなくらい楽しいのである。
「めっちゃ嬉しいわ。…ほんで、昨夜もしかしてあまり眠れんかったんちゃう?」
「え…なんでわかったんですか?」
「いつもより少し顔色が良くないし、目がとろんとして眠たそうやなぁって。無理せんでええよ」
吉野に言われるとなんだか申し訳なかった。今日会うことを決めたのは自分の方なのに…。
「これ飲んだら帰ってゆっくり眠ってもええし、しんどかったら僕の車の中で眠ってもええんやで」
「それ…どっちにしても吉野さんに申し訳ないですよ」
「ううん、僕のことは気にせんでええ。僕は今日天鷲さんとランチしてお話できただけでも凄い嬉しいんよ」
「吉野さん…」
「何か眠れんくらい悩んでるんやったら話聞くよ」
優しい吉野にひなは甘えたい気持ちでいっぱいになったが、悩みを打ち明けるかは別問題だった。
コーヒーを飲み終えたひなは、吉野の言葉に甘えて車の中で少し眠ることにした。後部座席に横になり目を瞑ると眠りの世界に落ちていく。
眠っているひなにブランケットを掛けた吉野は、ひなの寝顔に心を奪われる。
「…めっちゃかわええ寝顔…」
このまま寝顔にキスしてここから連れ去りたい気分に駆られたが、吉野は踏みとどまる。
「まさか…こんなに綺麗でかわええ子が森藤匠臣によって食い散らかされてほっとかれるなんてな…」
吉野は知っていた、ひなと匠臣が裏で付き合い同棲していることを。そして身も心も匠臣に染まった後に放って置かれていることも…。
「僕やったら絶対そんなことはせん…絶対に」
吉野はひなを救ってあげたい気持ちでいっぱいだった。それは心の底からひなを愛しているからこその想いで下心は一切なかった。救った後は自分が責任を持って幸せにするつもりである。
「森藤匠臣なんか忘れて、僕と一緒になったらええんや…絶対幸せにするんやから」
デニムのポケットからiPhoneを取り出しLINEを開いた吉野は、ある人物にメッセージを送った。
ひなを悪魔から救い出す為に…。