第2話「+PL〜黒い王子様と恋に落ちた瞬間、強い凍り雨に変わる〜」
こんにちは、かぐらゆういです(*´ω`*)
ライトシャワースノー、第2話です。
今回も頑張って小説も絵もかかせていただきました。
では、どうぞ(*´∀`*)!
車は久御山町のとある豪邸の車庫に停まった。
「着いたで、ひなちゃん」
「あ、はい」
ボストンバッグを下ろし、ひなが乗っている助手席のドアを開ける。
「足元、気ぃつけてな」
「はい」
ひなが車から降りると、匠臣はドアを閉めてひなの手を引いた。車庫から玄関に通じるドアの前に立つと、匠臣はそっと手を離し鍵を開けた。
「さ、入って」
「お邪魔します」
上がり框のないバリアフリーの玄関で靴を脱ぎ玄関から見て正面左側にある扉を開けて居間に入った。居間に入るとすぐに爽やかな杉のアロマの香りがひなを包み込んだ。
「森の中にいるみたい…」
「杉の香りええやろ?」
「はい、癒されます」
「疲れとらんか?お風呂に入って更に癒されてもええよ」
「ありがたいです。実はくたくたなもので…」
「そないよーけ(たくさん)歩いてきたんか?」
「久御山から1時間ほど…」
「久御山?ほんなら住んどったとこ、ここから近いんちゃう?」
「少し離れてますけど…」
「そっか…しかし、よう歩いたなぁ。お腹も空いとるんちゃう?」
「…はい、恥ずかしながら」
「そんなん言うてくれたらええのに。作り置きあるから、それ出したるわ」
「すいません…ありがとうございます」
キッチンにある4人がけの食卓に座って待っていると、レンチンされた「まんぼ焼き」が出てきた。まんぼ焼きとは京都オリジナルのお好み焼きで、関西風、広島風とは異なる食べ物。ベースの生地部分が広島風より厚めで、大阪のキャベツ焼きに麺がのった様なお好み焼きである。
湯気が立ち上るまんぼ焼きは、輪切りにされた九条ねぎと生卵がトッピングされ、香りと共に食欲をそそられる。
「こんな時間やけど、空腹じゃあ寝られんやろ?」
「はい…すいません、ありがとうございます」
「風呂炊いとくから、冷めんうちにお上がり」
ひなは出会ったばかりにもかかわらず、ここまでしてくれる匠臣の優しさに涙が溢れそうになっていた。匠臣の下で働けて、大好きなヘリを見られるならどんな労働環境でも構わないとまんぼ焼きを食べながら思った。
食事と風呂を済ませるとひなは荷物共に2階の8畳ほどの部屋に案内された。部屋にはシングルベットと女の子用の学習机があった。
「俺、バツイチで娘が1人おるんよ。その子の部屋なんやけど、もううちに帰ってくることないから好きに使うて」
「いいんですか…?」
「ええよ。行くとこないんやったら、うちで働いてここでずっと住んどったらええ。家賃光熱費ゼロ、手取り13万からスタートでどない?」
「…え、本当に社長の下で働けるんですか?!」
「ほんまやって。うちでせいだいお気張りやす(一生懸命頑張ってください)」
「ほな、明日明後日は色々必要なもん揃えたり、役所行ったりしようか?女の子やからええ香りするシャンプーとかボディソープとか欲しいやろ?…男もんで申し訳ないくらい綺麗な髪しとるなぁ…」
匠臣に優しく髪を触れられひなはドキっとした。おまけに距離も近く、2人は目があった。
「どないしはった?…俺に髪いられるの、嫌やった?」
「いえ…別に社長に触れられるのが嫌とかそんなんじゃ…」
「…早よ、寝たい?」
ひなは静かに首を振る。
「…社長といると、ドキドキします…」
「…俺もひなちゃんとおるとドキドキするわ…正直。なぁ…俺のこと、どない思う…?」
「…いけず」
まだ出会ったばかりで好きかどうかなんてわかりやしない。ひなはそれなりに長くなった京都生活で唯一使う言葉「いけず」で今の気持ちを表現した。
「かわいらしいなぁ…」
2人は目線が絡むとキスをした。ついばむ様なキスから互いを求め合うキスに変わる。手に持っていたボストンバッグがボトリと音を立てて落ちる。
キスが次第に首筋に落とされると、ひなは怖くなって匠臣に抱きついた。
「…まだこれ以上したことないの…」
「そやの?…難儀やなぁ…ここまでしておっさんにあかんなんてよういわんわひなちゃん…どないしたらええのこの気持ち…いけずやわぁ」
匠臣はそっと抱きしめた。ひなは申し訳なさげに「ごめんなさい」と言って抱き返す。
「ええよ…ほな、もう寝よか。朝はゆっくり寝とってええからな?」
ひなの頭を撫で軽く額に口付けると、「おやすみ」と言って向かいの部屋に入っていった。
先程まで弱かった雨と雪は2人が恋に落ちた瞬間、強い凍り雨になっていた。
翌朝、目覚めて1階に降りるとリビングでコーヒーを飲みながら新聞に目を通す匠臣がいた。
「おはようさん。ゆっくり眠れたんかひなちゃん?」
「おはようございます。おかげ様でよく眠れました」
「そか。ひなちゃんは場所が変わっても眠れるタイプなんか?」
「そうなんです。修学旅行とか行っても1人だけ夜更かしせずにぐっすり眠ってるタイプです」
「そら、えろぉ優等生やんか。…あ、お腹空いとる?」
ひなはお腹をさすりながら「空いてます」と答えた。
「ひなちゃんは朝はパン派?ご飯派?どっちなん?」
「パン派です」
「ほな、焼いたるわ。待っとって」
匠臣は読んでいた新聞を片付けるとトーストを一枚焼いてコーヒーと一緒にひなの前に出した。トーストに塗るジャムはイチゴ、ブルーベリー、マーマレードと言ったごく一般的なものが並んでおり、ひなはマーマレードを選んだ。
「それ食べたら、買い物行こか」
「はい、お願いします」
「ひなちゃん、口にジャム付いとるわ」
「あら…」
__ちゅっ
不意にキスされ、ひなは顔を真っ赤にした。
「ほんまは付いとらんよ」
「…不意打ちなんて、いけずな人」
「ひなちゃんがキスしたなるくらいかわいらしいのがあかんねん」
「からかってるんですか?男性経験少ないから」
「そない少ないんか?」
「高校の時に1人しか付き合ったことなくて…キスも何回かしかしたことないし」
「なんしてそない少ないん?綺麗なふたかわ目(二重)して、えろぉべっぴんさんやのに」
「同居していた祖母が厳しかったもので」
「箱入りさんやったんか」
「まぁ…そんなところです」
「ほな、おばあちゃんおらんなった今なら、俺と付き合うてもええんちゃう?」
「…いけず」
ひなは顔を更に真っ赤にしながらトーストを食べ、コーヒーをすすった。本当に好きかどうかもわからないまま答えを出したくないのだ。
食後、2人は車で約10分ほどの場所にある久御山町のショッピングモールに出向いた。平日の昼間のため、それほど混んでいなかった。
「ほな、ひなちゃんの必要なもん買うたるから、好きなとこ回りぃ」
「あの、本当に買っていただいてもよろしいんでしょうか?」
「ええよ。遠慮せんでええから好きなもん選びぃ」
匠臣は日用品から何から何までひなの必要なものはなんでも買った。ひなはボストンバッグひとつで来たため、ほぼ持ち物は無いに等しいのである。
「これで必要なもんは全部そろったか?」
「はい、揃ったと思います」
「そや、ひなちゃん」
「はい?」
「その靴、何年履いてはるの?」
ひなが履いている大きなリボンがついたヒールは5年物で、合成革が剥がれてもうボロボロなのだ。
「20歳の誕生日に祖母がくれたものなので、5年でしょうか…?」
「5年かぁ…おばあちゃんさぞかし喜んではるなぁ…」
「買い替えですかね…」
「うーん…うちの会社に出入りすんならそれなりに綺麗なもん履いて欲しいわ」
匠臣の目は社長なだけあって厳しかった。
「ほんなら、2足買うたるわ。仕事用とプライベート用、どっちも要るやろ?」
「いいですか…?」
「ええよ。そのかわり…」
「ん?」
「俺好みのでええか?」
「え…?」
「“シンデレラごっこ”させてーや。ひなちゃんがシンデレラ、俺が王子様。悪ないやろ?」
匠臣がニヤリと笑う。確かに、この人は出会ってからずっとひなにとって“王子様なのかもしれなかった。
「いいですよ、王子様」
「ほな、決まりやな。あっこの店行こか姫」
匠臣はひなの手を繋ぐと目的の店まで歩き出した。側から見れば、もう2人はカップル同然だろうか。
ひなが連れてこられたのはレース使いやリボンの編み上げなどが可愛らしいレディースファッションの店であった。店内にはヨーロッパ調の女の子らしい形のワンピースやスカートが多く、それに合わせる靴を置いているのだ。
「よく考えたら、服もないんちゃうか?」
ボストンバッグひとつのひなには充分な服の枚数はなく、着替えは無地のシンプルなワンピース1着しかない。
「ここならひなちゃんに合う服ぎょうさんあるやろ。好きなの選びぃ」
ひなはワンピースを3着、トップス2着、スカート2着選んだ。それに合わせて匠臣が靴を選ぶという形でセット買いし買い物を終えた。
「よう似合うとるよ、ひなちゃん」
ウエスト部分の編み上げが可愛らしい淡いピンクの花柄ワンピースにセーラーの襟がついたコート、そして、足首に細ベルトが付いたヒールの高めなパンプスを履いたひなが助手席に座っていた。
「こんなに買っていただいてしまって、申し訳ないです」
「ええんやって。うちで仕事気張ってくれたらそれでええんや」
駐車場を出てショッピングモールを後にした2人は帰宅した。玄関に入るとすぐに匠臣は荷物を置いて後ろからひなに抱きついた。
「社長…」
「疲れてしもた。ひなちゃんで充電や」
ひなの買い物にここまで付き合ってくれた男性は、札幌で生き別れた実父くらいだった。日用品だけでなく、服と靴まで買い揃えてくれたのだ。それにプラス、雇ってくれた上、家にも置いてくれると言っているのだ。ひなは感謝の気持ちでいっぱいになり、匠臣にキスした。
「ひなちゃんからしてくれはるのか…?」
「はい…」
ひなはもう一度キスした。この優しさが“罠”だとは知らずに…。