死神と衝突
あいうえお順に作品を上げてます。
ドンッ、と衝撃が走り、持っていたカップコーヒーは半分に減った。残りの半分はというと、服がぐんぐん飲んでしまったようだ。いや、今は状況確認より先に相手に謝らなければいけない。「すみません。汚れてませんか?」と目線を上げると、そこにいたのは紛れもなく″死神″だった。
からだの色なのか着ている服の色なのか、よくわからないが、とにかく全身真っ黒で、大きな鎌を持っている。こんな異端な存在に、ぶつかるまで気づかないほど自分は鈍感だったのかとショックを受けた。
「あ、え、えぇ!?見えるんですか!?ワタシが!?」
死神は仰け反った。見えるのかと聞かれて、あぁだから気がつかなかったのかと納得した。ショックな気持ちは納得感と入れ違いで去っていった。
「いや、ぶつかるまで見えてなかったです。多分」
「ぶつか……………あぁ!すみません、コーヒー代弁償します!え、でもなんでぶつかったんですか?見えてなかったんですよね?」
そんなこと知るか、と思ったが口にしたところで何が変わるでもなさそうなので言わないことにした。コーヒー代も返してくれる意思があるようなので丁重に対応することが最善だろうと考えていたら、「あ!」と死神が大きな声を出した。
「もしかしてアナタ、死を恐れていないのでは!?危ないですよ!!」
死神は同じ言語を喋っているが、どうにも意味がよくわからなかった。「何が危ないのか」と聞いても、「とにかく危ないですよ!!」の一点張りで会話にならない。興奮している様子で鎌がばたばたと動いていて、そっちの方が危ないと思った。なんとか落ち着いてもらえないだろうか。
「あの、お時間あるなら、コーヒー、一緒に飲みましょう」
汚れた服なんかどうでもよくなっていた。死神に落ち着いてもらいたい気持ちももちろんあるが、死神との対話に興味があった。死神はきょとんとした様子だったが承諾してくれたので、コーヒーを買ったあと、近くの公園まで共に歩いた。
真っ黒なコーヒーが入ったカップを見続けていると、なんだか吸い込まれてしまいそうで、時々視線をあげては現実を確認する作業を繰り返す。横に座る死神は、コーヒーを手にした瞬間に一気飲みしたので鎌だけを握っている。
「アナタはなぜ死を恐れていないのですか?」
死神は改めて聞いてきた。「恐れていないことはないですけど」と前置きして、自分の考えを整理しながら言葉を吐き出す作業に入った。
「死って避けられないじゃないですか。誰もが必ず迎えるもので、恐れても死ぬし恐れなくても死ぬ。それなら必要以上に恐れなくてもいいんじゃないかと思ってるだけです」
死神は「うーん」と唸るようだった。自分の伝え方が悪かったのか、補足すべきかと様子を伺っていると、死神は喋り出した。
「アナタ最近身近な人が亡くなりました?」
「あ、はい、まあ、最近といえば最近」
唐突に聞かれて驚いたが、7ヶ月前に父が亡くなったことは確かだ。死神はそれを聞いて瞬間、スッキリしたようだった。
「ナルホド‼︎だから余計に死を恐れていないのですね‼︎わかりました‼︎」
ベンチからパッと立ち上がった死神は、くるくると回り出した。
「知っている人があの世いるなら、恐怖心は多少緩和されます。まあ、アナタの死生観も関係していると思うのですが。ヒトはどんな死生観を持つも自由です‼︎けれど、ある程度死を恐れないと、ヒトは簡単に死のうとします。するとどうでしょう‼︎ワタシたちの仕事が増え……いえ、ヒトの数はあっという間に減ります‼︎それは一大事なのです。アナタは死を恐れなさすぎてワタシが見えてしまいました。なのでアナタは死を恐れてください‼︎」
くるくる回っていたと思いきや、今度はピタッと止まり、鎌を構えた。恐れるも何も、ここまで普通に会話までしてしまったら無理な話だ。むしろ死神のキャラクター性に親しみさえ覚え始めたところで、今更恐れようにも恐れられなかった。 けれど死神の言うことも、理解できなくはなかった。死は救済だと思っている人間は少なからずいる。そういう人間のクッションとして、この死神はいるようだ。 鎌を構えたまま静止している死神は、動じない自分に飽きたようだった。
「ともかく、アナタのその死生観、他のヒトに押し付けたり共有したりしないでくださいね。ヒトは分かり合える仲間がいると強くなった気になって、行動が派手になったりならなかったりしますので。ま、ぶつかったのがワタシでよかったですね。アナタの死の恐れない感じでは、いつ不注意で死んでもおかしくないのですから」
さっきまでのパフォーマンスが嘘のように、淡々と死神は言った。
「では、今度は死後にお会いしましょう」
ヨイショと鎌を持ち直して、死神は去ろうとした。
「あ、待って」
つい放った言葉に、律儀にも死神は足を止めて振り返った。死神と話している間、ひとつの疑問がずっと頭を巡っていたが、聞けないままここまで来てしまった。それならそのまま、なあなあにしておくこともできたが、次会えるのが死後となれば、今聞いておいてもいいかなという一瞬の思いが脳に直結し、そのまま死神を止める言葉となって出てしまったのだ。ええい、このまま聞いてしまえ、と自分で自分を鼓舞した。
「その鎌って、やっぱり人を斬る用ですか……?」
こんなしょうもないことを聞いていいものかという不安は、勝手に語尾を小さくした。が、そんな不安は無用だった。
「ああ、これは飾りですよ飾り。なんの意味もありません。それでは、また‼︎」
死神はそう言ってスキップしながら消えて行った。ああ、そうだ。汚れた服をどうしようか。