“魔王”④
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「ゴルグ、前に出すぎるなっ! ピケとライザはもっと後退しろ! レダンは右だ、氷像のない方へ走れ!」
魔王城、ボス部屋。
そこで俺たちは、死力を尽くして戦っていた。
ヘイト管理はすでに崩壊している。俺とゴルグが攻撃を叩き込む隙はもう残っておらず、ボスモンスターのドラゴンが狙うのは回復職であるライザ、それからピケとレダンだ。
ライザに攻撃が集中すればあっという間にパーティーが崩壊するために、ピケとレダンにもヘイトを分散させ、苦境を誤魔化している状態だった。
もちろん、こんなその場しのぎがいつまでも続くわけがない。
四天王や冒険者の姿をとる攻撃パターンは、それほど問題なかった。このドラゴン形態になってからも、序盤はうまくいっていた。
狂い始めたのは、奴があの闇ブレスを吐き始めてからだ。
威力が尋常ではないほど高く、範囲も広すぎる。
ただガードした程度では受け切れたとは言えず、立ち回りによって避けることすらもできない。
ブレスを受けた者の背後に安地が発生することはわかっていたが、盾役の負担があまりに重すぎた。
俺もゴルグも、武器スキルによる防御ができないのだ。
俺は【剣術】スキルを持っておらず、ゴルグの【鎚術】には防御用の技がない。
そのため、半端なガードでブレスを正面から受けざるをえず、貫通ダメージ回復のためにライザが治癒を唱える頻度は増えていった。
俺が“パリィ”を使えれば、どれほどよかっただろう。
ドラゴンの攻撃は、これ以上ないほどに激しさを増している。
ここまで、奴にはかなりのダメージを刻んだ。
もうあと少しなのだ。
あと少しが、届かない。
「っ……!?」
その時、俺は気づいた。
全員のHPが減っている。にもかかわらず、いつまで経っても治癒が飛んでこない。
俺は叫ぶ。
「ライザ!!」
「ごめんなさい、MPが切れたわっ!」
返ってきたのは、絶望的な答えだった。
ライザが滅多に見せない、焦った様子で叫ぶ。
「でも、MP回復ポーションはまだあるわ! タイミングを見て…………あっ」
その時、ライザが呆けたような声を漏らした。
ドラゴンが、氷の湖上に降り立っていた。
その首が引かれ、胸郭が膨らみ始める。
それはすでに、何度も見たモーションだった。
俺は悟る。
――――このブレスは、耐えられない。
「……なんじゃ、ここまでか」
つまらなそうに呟き、ゴルグがハンマーを下ろした。
「なんともあっけないのぉ。冒険者の最期なぞこんなものか」
「悪くはない」
レダンもまた、呟いて弓を下ろす。
「ドラゴンと相対できたのだ。冒険者として本望だ」
「……ごめんなさい」
ライザだけは、悔やむようにうつむいていた。
ピケも思い詰めた表情で、何も言葉を発しない。
俺は、そんな仲間たちの様子を見回す。
そして、いつも浮かべがちだった、皮肉っぽい笑みとともに言う。
「何言ってんだよ、お前ら。やることあるんだろ? この冒険が終わってからも」
ドラゴンに向き直り、その姿を真正面から捉える。
「無事に帰れよな」
俺は床を蹴った。
鍛え上げたAGIを頼りに、ドラゴンとの距離をぐんぐんと詰めていく。
「ヒューゴっ!!」
ピケの叫び声が、背中に追いついた。だが止まらない。
ドラゴンが、その顎を大きく開く。
あの闇ブレスは、喰らった者の背後に扇状の安地を形成する。
だから至近距離で受けてしまえば、パーティーメンバーの全員をその攻撃範囲から外すことが可能だ。
たとえ、盾役のHPがゼロになるとしても。
「……」
だが――――俺はまだ、諦めていなかった。
ずっとずっと、疑問に思っていた。
俺が唯一持つスキル、【残心】。
武器スキルを使った直後に、一定時間の無敵状態を発生させる。
かなり珍しいスキルだ。所有者数だけでなく、その効果も。
他のスキルの所有を前提とするスキルは、掛け値なしにこれだけなのだ。
だが……本当にそんなことがあるのだろうか?
ダンジョンはバランスがとれている。
それは、人間が持つスキルにも同じことが言える。
たとえば【弓術】と【MP増強】のような、明らかに噛み合わないスキル同士を持って生まれる者はいない。
一見そう思える組み合わせでも、すべてを生かせる職種や装備が、何かしらはあるものなのだ。
ならば――――俺はなんなのか。
『ゴァァ――――ッ!!』
闇色のブレスが吐き出される。
俺は、すでに剣を引き絞っていた。
【剣術】スキルの技は、すべて頭に入っている。
名前も、効果も、習得レベルも――――その動きでさえ。
自分にこれさえあればと、これまでに何度も何度も、希ったものであるから。
「……最後なんだ」
記憶の中にある剣士の動きをなぞるように、俺は剣を引き絞る。
「俺にも――――この先を見せてくれよッ!!」
叫びとともに、俺は迫り来るブレスに向け、剣を強く突き出した。
それは【剣術】スキルの一つ、“強撃”とまったく同じ動きだった。
俺の悪あがきをあざ笑うかのように、視界が闇に覆われる。
いや――――覆われていない。
剣先がブレスを切り裂くように、闇の空白地帯を作っていた。
ブレスの特性にしたがい、俺の後ろに安地が形成されているのだ。
「……っ!」
俺はまだ、生きていた。
HPは、わずかにも減っていない。
どれだけ後退しても、ガードしても発生していたダメージが――――今はまったくない。
「……ははっ」
ブレスを喰らう寸前。
“強撃”の真似事を放った直後。
俺のステータス画面に、バフのアイコンが一つ点灯していた。
人間が仁王立ちし、あらゆる攻撃を跳ね返している図柄のアイコン。
名前は、見なくてもわかった。
――――《無敵状態》。
「なんだよ」
俺は呟く。
「もっと早く、試せばよかった」
ブレスが止み、暗黒が晴れる。
俺は再び駆け出した。
もう【剣術】スキルの技を再現する余裕はない。
ただ、型も何もなく剣を振り上げる。
「不格好で悪いな」
ドラゴンの巨大な頭を潜り、さらに踏み込む。
「――――これが俺だ」
そして――――勢いのままに、黒い竜の胸元を切り裂いた。
わずかなエフェクトが散る。
ダメージとしては、些細なものだっただろう。
だが、それで十分だった。
『グォォ……』
ドラゴンは、呻き声とともに一瞬動きを止めた。
後ろ肢でフラフラと後退したかと思えば、やがて消耗しきったかのようにうなだれる。
『――――罪人デハ、ナカッタヨウダナ。人間ヨ……』
ドラゴンが語り始める。
それは明らかに、終わりの演出だった。
『ソレデ、ヨイ……忘レルナ』
漆黒の竜が、俺たちをまっすぐに見据える。
『期待ヲ、信頼ヲ、愛ヲ、心ヲ――――裏切ルコトナク、選ブノダ』
そんな意味ありげな言葉を残して――――魔王城の主たるドラゴンは、壮大なエフェクトとともに砕け散った。






