【器用さ上昇・小】⑧
二十九層の端で、ユーリは立ち止まった。
上の階層へ戻るには、少し引き返さなければならない場所だ。
ステータス画面でマップを確認しながら、彼女は物憂げに溜息をつく。
「はあ……」
「ユーリさん」
「うひゃあっ!? ア、アルヴィンさん!?」
俺が声をかけると、びっくりしたように飛び上がった。
「な、なんでいるんスか!?」
「それはもちろん、追いかけてきたからだが」
「なんで剣士で斥候に追いつけるんスか!? ウチ、ほとんど全力で走ってたんすけど……」
「レベルと、スキルのおかげだな」
20以上のレベル差と【敏捷性上昇・中】があれば、職業特性の差だって埋まる。
俺は息を整えると、口を開く。
「それより、急にどうしたんだ」
「……」
「レベルは上がっただろうが、ここは深層に近い階層だ。ソロで活動するのはまだ危険だぞ。来る時には出会わなかったが、もしかしたら動きの速いモンスターだっているかもしれない」
俺が少し責めるように言うと、ユーリがうつむきがちに答える。
「みなさんの、ご迷惑になりたくなくて……ウチ、レベルも低くて足手まといですし……」
俺はやや語調を抑えて言う。
「そんなの気にしなくていい。ここには物珍しいモンスターが出るから来ただけで、本気で攻略をしに来たわけじゃないんだ。それに後衛が一人増えたくらいで俺もテトも崩れたりしないし、本当に迷惑と思っているのならパーティーになんて入れない」
「でも……みなさんスキルも噛み合ってて、冒険者スキルも高くて、四人で一つって感じなのに……ウチがいたら邪魔になっちゃう気がするッス……」
「い、いや、そんなことは全然ないが……」
さすがにそこまで一セットでもない。
若干戸惑いつつも、俺は諭すように言う。
「……もしも次にあの店に行ったとき、ユーリが居なくなっていたらみんな絶対に後悔する。俺たちにそんな思いをさせないでくれ」
「う……」
ユーリはしばらく気まずそうに縮こまっていたが、やがて少し顔を上げて言う。
「わ、わかったッス……」
「よし。それじゃあ戻ろう」
そう言って俺が手を差し出すと、ユーリがやや困ったように笑う。
「あはは、でも……ああ言って別れた手前、なんだか戻りにくいッスね……」
「そんなの誰も気にしないぞ。だがどうしてもと言うのなら、二人でダンジョンから出るか?」
「……いえ! やっぱり戻ることにするッス。みなさんに謝らないと……」
ユーリはそう言って、俺の手を取ろうとした――――その時。
「あれ……? なんスかね、アレ」
ふと手を止めたユーリ。その視線を、俺も追う。
「は……?」
道の隅に、竹筒があった。
ダンジョンの内装としての竹ではない。上を斜めになるように輪切りにされたその形は、アイテムとしての竹筒に似ている。
ただし、でかすぎる。
その直径は、大人の男が抱えきれないほどの大きさだ。
しかも――――うっすらと光りながら、地面に沈んだり浮かんだりを繰り返しつつ、ひょこひょこと動いている。
「モンスター、ッスかね……? 襲いかかっては、こないみたいッスけど……」
「……いや」
違う、と言いかけたその時。
竹筒が地面に沈み、見えなくなった。
「あれっ。いなくなっちゃったッス」
ユーリが声を上げ、竹筒が消えた地点へふらふらと近づく。
俺は妙な予感に駆られ、ユーリへと叫ぶ。
「近寄らない方がいい! 何があるかわからな……」
次の瞬間。
ユーリの足元が光ったかと思えば――――その姿が、地面から突き出てきた竹筒に飲み込まれた。
「うわっ! アルヴィンさ」
中から響いた叫び声が、途中で途切れる。
俺は、この現象を知っていた。
――――転移だ。
「クソッ……!」
竹筒は、徐々に光を弱めながら地面へと沈んでいく。
トラップ、事故、遭難、死――――様々な単語が、脳裏をよぎる。
迷ったのは一瞬だった。
「ユーリ!」
俺は消えたユーリを追いかけるように、竹筒の中に飛び込む。
一瞬の後、視界が暗転した。






