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マイナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件  作者: 小鈴危一
1章

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32/92

[       ]⑦

 赤い実をつけた枝が降る。

 床の染みから再びヒートサラマンドラが現れるが、今度は無視。火球を放つべく垂れてきた枝を斬りつける。


 取り巻きから片付けるのは鉄則だが、今は枝への攻撃を優先するべきだ。そうしなければ本体へダメージが入らない。

 雑魚を倒してしまうと新たな枝が出てくるため、あえてヒートサラマンドラを一匹残し、赤の枝へ攻撃を集中させる。

 その程度のことは、言葉を交わさずとも皆理解できている。

 長く冒険者をやってきたのだ。


 その時、赤の枝が大きく震え、上に引っ込んでいった。

 床の染みと、残っていたサラマンドラも同時に消滅する。

 どうやら、枝へダメージが蓄積するとこうなるらしい。


「次、黄色が来るわよ!」


 メリナの声の直後、降ってきた枝が黄色の染みを作る。湧き出たのはライトニングスパイダーではなく、今度はサンダーサラマンドラ。

 麻痺はまずい。雷を吐かれる前に倒そうとしたその時、ココルの声が響き渡る。


「大丈夫ですっ!」


 その瞬間、視界の隅にバフを示す文字列が点滅した。

 《麻痺耐性》。

 状況が一変する。


 俺はサンダーサラマンドラを無視し、地面へ叩きつけられた枝へと駆けた。ジグザグに地面を走る稲妻が命中するが、少しHPが減っただけで麻痺にはならない。

 勢いのままに渾身の一撃を叩き込むと、次いでメリナの爆裂魔法とテトの投剣が襲いかかった。枝はそれだけで上に引っ込んでいき、黄色の染みとサンダーサラマンドラが消滅する。


 先ほどより早い。枝ごとに耐久が違うのか。

 それにしても――――ココルのバフは、やはりタイミングが完璧だ。


「次、紫!」


 メリナの声。そして宣言通りの枝が降る。

 紫の染みから湧き出たのは、紫色のゴーレム。アメジストゴーレムだ。

 毒は使わないものの、闇属性と物理攻撃に耐性があり、攻撃力も高い面倒なモンスター。


 巨腕の攻撃を剣で受け流しつつ、考える。

 紫の枝は、毒沼を作るとすぐに引っ込んで出てこない。ここは取り巻きを倒して枝を替えるべきだ。

 《物理耐性貫通》バフを頼りに、強引にゴーレムへダメージを叩き込み、仰け反り(ノックバック)させる。

 その時ふと、疑問が浮かんだ。


 このバフ――――いつまでかかっているんだ?


 答えは、次の瞬間に出た。

 とどめの一撃を叩き込もうとしたその時、一瞬バフのアイコンが消え、微かな例の感覚と共に、再び表示される。

 エフェクトと共に四散するゴーレム。その前で、俺は戦慄していた。


 ココルはずっと――――バフをかけ直してくれていたのだ。

 《物理耐性貫通》だけでなく、おそらくはパラメーター上昇系を含めた、すべてのバフをずっと。

 切れたことにも気づかせないほどの、絶妙なタイミングで。


 バフは、かかっている最中に上書きして、効果時間を延ばすようなことはできない。必ず切れてからかけ直す必要がある。

 その瞬間を、ココルは完璧に把握していた。

 それはいったい、どれほどの技量なのだろう。


「黄色が来るわよ!」


 メリナの声。直後に、黄色の実をつけた枝が振るわれる。

 だが。

 それは地につく前に――――飛翔する投剣に迎え撃たれた。

 投剣は黄色の実を貫通して弾けさせ、枝に突き立つ。


『――――――ッ!!』


 ドライアドの声なき苦鳴と共に、枝が大きく揺れ、引っ込んでいく。

 俺は目を(みは)った。

 それは紛れもなく、ドライアドがこの戦闘で初めて見せた、仰け反り(ノックバック)だった。


「あー、やっぱりね」


 テトが、薄い笑みを浮かべる。


「弱点部位と有効タイミングは、そこだと思ったよ」


 返り討ち(カウンター)だった。

 弱点部位と有効タイミングが感覚でわかるというテトの言い分を信じるなら、それはできてもおかしくないことなのだろう。

 だが……このような異形のボスモンスターのそれまで、わかるものなのか。


「なるほどね」


 メリナが小さく呟く。

 その杖は、すでに天井へ向けられている。


 枝が伸びた瞬間、稲妻が飛んだ。

 それは青色の実を割り、茂る葉を散らす。ドライアドが再び苦鳴を発して、枝を引っ込める。


 メリナが得意げに言う。


返り討ち(カウンター)のタイミングはわからないけど……弱点部位を弱点属性で攻撃できれば、ダメージは十分よね」

「は……」


 速すぎる。

 枝の実が見えるとほぼ同時に、雷魔法が飛んでいた。詠唱時間を考えると、メリナは攻撃のずっと前から、実が青色であることを予測していたことになる。

 予兆などないはず。いったいどこで見極めているのか、俺には見当すらつかない。


 そこからは、もはや作業だった。


 テトの投剣やメリナの魔法で実を割られ、ドライアドはモンスターの召喚すらままならない。

 《麻痺耐性》のおかげでカモになっていた黄色の枝は、あえて実を割られずに攻撃を叩き込まれる有様だ。


『あなや、むつかしき人の子らよ……』


 HPが減ったためか、攻撃パターンが変わる。


 枝が二本同時に降り、複数のモンスターが召喚されるようになる。

 だが、作業内容はほとんど変わらなかった。

 片方の実を割り、振り下ろされたもう一方の枝に攻撃を叩き込むようになっただけ。


 やがて、今度は二つ以上の実をつけた枝が、色を混ぜ合わせて複属性のモンスターを喚ぶようになった。赤紫のラーヴァスコーピオン。青紫のテンタクルスライム。青緑のフローズントレント。黄緑のエレクトロードカクタス。


 だが、同じことだった。

 召喚されるモンスターは、せいぜい四十層で出てくる通常モンスター程度の強さしかない。

 俺たちならば、下手すればソロでも倒せてしまう。なんの問題にもならない。


 やがて、ドライアドが再び言葉を発する。


『あなや、むつかし、むつかし。いみじくも暗き、人の子ら。化生の牙で足らざらば……是非もなし』


 その時、ボス部屋全体に、地響きが起こった。

 硬い岩の床が割れ、黒い触手のようなものが何本も現れる。

 それはどうやら、ドライアドの根であるようだった。

 太い根が樹体を持ち上げ、地中から引き抜く。振動で枝全体が震え、実のほとんどが床に落ちて潰れるが、前のめりになったドライアドが意に介す様子はない。


『妾の筆が、直に撫でてくれようぞ』


 それを見て……俺はわずかに口の端を吊り上げ、皆に叫ぶ。


「よし! おそらく本体を攻撃できるようになったぞ、もうすぐだ!」


 仲間たちの声が、それに応えた。


 ドライアドが、俺たちに向けて枝を振るい、根を叩きつける。

 黒々とした樹液が飛び、できた染みからはハイデーモンやヘルハウンドといった、闇属性モンスターが湧き出る。


 だが――――俺たちは崩されない。


 メリナの光属性魔法が雑魚を消し飛ばし、振るわれる枝や根を、俺とテトが攻撃する。

 後衛が狙われないようヘイト管理を徹底しながら、着実にドライアドへダメージを与えていく。

 多少攻撃を受けても問題ない。減ったHPは、ココルの治癒(ヒール)がすぐに回復してくれる。


「影の範囲攻撃来るわよ! 左の枝!」


 メリナの声と同時に、左の枝が動く。

 俺たちは、すぐに陣形を動かす。

 後衛に攻撃が届かないような立ち位置。アビスデーモンの時と違うのは、俺もテトも防御スキルが使えないために、ある程度後ろに下がってダメージを減じなければならないところだ。


 だが――――俺はその時、地を蹴った。

 ドライアドとの距離を詰めていく。


「アルヴィンっ!?」


 予定外の動きにテトが俺の名を呼ぶが、振り返らない。

 予感があったのだ。

 いける、という予感が。


 すぐ目の前で、枝が叩きつけられる。

 樹液と共に広がった影の波動が、俺に襲いかかる。

 まさに被弾し、HPが大幅に削られるというその時――――俺は剣を立て、影の攻撃をパリィした。

 軽い衝撃と共に、わずかにHPが減少。だが、受け流せた。うまくいった。

 岩の床を蹴り、高く跳躍。さらに根を蹴って、樹体へと肉薄する。


 そして。

 厳めしい幹から生えた、ドライアドの首に――――渾身の力で、剣先を突き入れた。


『あ、が…………』


 ドライアドが呻く。

 樹皮でできた女の口から、大量の黒い樹液が吐き出される。


『才の、落日は……いづれ、訪れる。誰にも、等しく……』


 俺のすぐ横で、老いたドライアドが言葉を発する。


 それはおそらく、終わりの演出だった。


『あなや……されど、この身に……人の子の愚直さが、あったならば……』


 そして、その台詞を最後に。

 落日洞穴のボス、ダスク・ドライアド・ミューラルメイカーは――――壮大なエフェクトと共に砕け散った。

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