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海の雷鳥〜誰かを守る物語〜  作者: 夏山茂樹
襲われた男の娘と蹴りで首を切る女
10/13

殺人者の告白 後半

玄関前で鍵を探すリンダさんをよそめに、私と琳音くんはヒソヒソ話をする。


「リンダさん、レッテなのに何もかぶらないし、ノースリーブだよなあ。どこかで太陽を克服できたのかな?」

「実験ってやつじゃない? それが成功して今こうして外にいるのかも。普通に生きて、普通に働いてる」

「それができればなあ、オレにも……」


 そう力なしげに話す琳音くんの顔が、どこか寂しそうだ。太陽の下を歩くことは、レッテの本望なのかもしれない。私がレッテだったら、当然そう思うけど。


「あっ、鍵が開いた。さあ皆さん、中へどうぞ」


 そう誘われて、私たちは中へ入る。玄関からは花の匂いがする。どんな花なのだろう。そう思って玄関に飾られた花を見ると、花が一つの茎から二つに分かれている。不思議な花だ。


「不思議な花だ、って思ったでしょ。リンネソウって言って、スウェーデンでは愛される花なのよ。まあ、これは造花だけどね」

「じゃあこの花の匂いは……?」

「普通に芳香剤よ」


 なんだか肩透かしを喰らったような、ガッカリとさせられたような気持ちになって私は肩を落とす。


「ガッカリさせてごめんなさいね」


 そう言って笑うリンダさんは、どこか子供らしい雰囲気をその笑顔に残していた。それから私たちは彼女に進まされるがまま、和室の茶の間に一つ折りたたみ式のテーブルが置かれただけの寂しい部屋に通される。


 そこで私たちはあぐらをかいたり、正座をしたり好きなように座る。リンダさんがお盆に麦茶を四人分運んでくるまで、私たちは何も話さずにじっとしていた。

 とにかく彼女はどんな話をするのだろう? そんな気持ちでいっぱいだったからだ。


 やがて小さなテーブルに正座したリンダさん。さっきの優しそうで柔らかい顔とは違い、彼女は少し暗い面持ちで物事を話し始めた。


「まず私の生い立ちから。これ一応、KUNGARの機密事項の一つだから」

「KUNGARって、レッテ社会を統括する組織でしたっけ」

「そう。私は学校だと常に監視対象になっていて、唯一くつろげるのがこの家だけなのよ」

「でも盗聴器とか仕掛けられてたらどうするんですか?」

「それは定期的にみてもらってる」

「で、生い立ちから話すって何か理由でもあるんですか?」


 私が怪訝する顔で聞くと、彼女はクスリと笑って話し始めた。


「私はねえ、スウェーデンの都会で生まれたの。父はKUNGARみたいな組織の幹部で、主に情報を管理する立場だった。でも私が七歳の時に亡くなって、私は母親の再婚のために来日したの」

「へえ、誰とですか?」

「……琳音くんのお父さん。どうやら母は北朝鮮でいう喜び組みたいな組織にいてね、日本のKUNGARとスウェーデンの組織が提携した時に、贈り物的な感じで若かった琳音くんのお父さんに当てがられたみたい」


 どこか変な話だ。だって、もしそうならインガとして実験台にされたり、監視対象にされるわけないからだ。


「なんか変な話ですね。それならどうしてリンダさんはインガにされたんですか? インガって日本で生まれた時に、施設で生み分けされた人を指すんですよ?」

「まあ、ハーレムっていうか、大奥っていうか。そんな組織ってのは女たちの愛憎があって、蹴落としがあるわけよね……」

「ああ、妻の地位にいる人が何人もいて、そこから蹴落とされたってことですか」


 瑠月が妙に納得すると、リンダさんはそうだと言って話を続ける。一方の琳音くんは表情を凍らせている。


「それからは私も幹部候補の義理の娘から、厳密に言えばインガではないけど、戸籍上から抹消されて、色々な実験のマウスにされたわけ。人間の通常の何倍もの力を出すための手術や薬を投与されてね……。その中でカワシタ君と、リカルドって子の三人しか生き残らなかった。十五歳の時の話だったわ」


 新たな登場人物の登場に私が困惑する中、琳音くんと瑠月はよく理解しているようだ。そのまま黙って話を聞いている。


「リカルドは太陽のように明るい人だった。カワシタ君みたいなすぐ八つ当たりする人間じゃなくて、冷静に、よく考えてから物事を発言する人だった。でも笑うと太陽のように周りが明るくなって、実験室の中で私たちは恋に落ちた」

「実験室の恋かあ……。盛り上がりますね」

「うん。まあそれがバレて。彼は処分された。私が力を上げるために必要なタンパク質として」


 すると途端、琳音くんが聞いた。震える声で、何かを恐れるように。


「それってまさか……、遺体を食したということですよね……? 病気になりますよ」

「ええ……。蛆虫の沸いた彼の遺体を食べた味は忘れないし、あなたの父親のしたことだから」 


 すると琳音くんはうつむいて、手をついて涙を流してリンダさんに謝った。


「父がそんな恐ろしいことをしていたから僕は……。ごめんなさい……。父の罪を知らないまま笑顔であなたに接していた。……自分の恋人を殺した上に腐っていく彼を食べさせた男が……、その息子が笑顔で接してきて、虫唾が走りませんでしたか? どう償えばいいのか、分からないです……」

「もしかして『血縁の罪』とかいう糞理論? あんなの詭弁だから。気にしないで。それなら私も同じだから」


 震える体でリンダさんは手をついて泣き続ける琳音くんを抱きしめた。人種が違うのに、まるで実の姉弟のやりとりに見えるそれは、どこか胸にくるものがあった。

 決して美しい光景ではない。それなのに、一人の男に振り回された人物が二人いるだけでこんなに胸に来るものがあるのだろうか。

 だが私はふと、リンダさんの優しさと琳音くんの罪悪感を思うと寂しさも感じた。レッテの、それもインガにしか分からないものがある。私はのけものにされたような気がしたのだ。


 それで、私は悔しかったのか、面倒だったのか。「さっさと話を進めてください」と感極まっていたリンダさんにけしかけた。


「ああ、ごめんなさい。つい嬉しくなっちゃって。あいつに振り回された人が目の前にいたんだって」

「はあ……」

「それで峯浦さん。頼みがあるんだけど、あなたのひいお爺さんがKUNGARと和解した時、浩さん、あなたのお父さんに会ったのだけど、私が今から伝えることを伝言してくれない? 『ひづるは元気か』って」

「どうして姉の名前が?」

「ああ、あなたは知らない方がいいわね。いいの。伝えなくてもいいよ」

「じゃ、じゃあ……。伝えないでおきますね」

「でも、ひづるが幼い頃、彼女が白血病だったことは覚えておいて」

「……分かりました」


 瑠月も黙り込むと、とうとう気まずい空気になって全員黙り込んだ。だが最初に私が疑問に思っていたことを、沈黙を破るために自分でぶつけてしまった。


「リンダさんはレッテだったんですよね? じゃあ、太陽の下を歩けるのはどうしてですか?」


 すると彼女は一つ、間を置いて一言口にした。


「そういう実験があったのよ」

「それは誰が担当してたんですか?」

「名前は忘れたけど……、当時高屋敷琳という人がいて、琳音くんのお父さんの愛人がいたのよ。でも彼女はその医師の方にゾッコンで、こっそり付き合うために私は手紙の使いをさせられたわ」


 誓ったの。琳の名前は覚えても医師の名前は忘れてやるって。それくらい覚えていたくない記憶よ。

 そういうと彼女は、一口麦茶を口にした。


 さて、それから私たちは心の中にしこりを残したまま、藤峰駅で下ろしてもらった。時刻は十五時二十四分。瑠月は電車で乗り換えて帰らないといけない。私と琳音くん。二人で沈黙したまま、瑠月を見送った。


「……なんか、ごめんね。リンダさんの話」

「いいんだ。……いいんだ……」


 琳音くんはうつむいたまま、何も話さない。私はそれから黙って、彼の肩を叩いて笑ってみせた。


「今日曇ってても、明日はきっと晴れるよ。信じて前へ進むしかない」 


 そう言ってみせると、彼はゆっくりと口角を上げて、微笑んだ。


「お気楽だなあ、お前は」

「それが主義だからね、私は」


 誇ることじゃねえっつーの。そう言って笑った彼の泣き笑いを私は忘れないだろう。太陽はすっかり落ち、夕焼けが私たちを赤く染めていた。


「じゃあね。また土曜日、公園で」

「ああ。またな」


 私はそこから彼と別れて、駅の駐輪場に置いていた自転車に乗った。どうしてだろう。近所に住んでいてSNSで繋がっているのに、一生会えない人と別れるような寂しさは。こみあげてくる感情に涙を流しながら、私は自転車を自宅へ走らせるのだった。

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