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過去か未来か異世界か

 聖ペルメニチカ記念学園。

 その生徒会副会長、ツェルペティータ・マグニヴ・ラヴラは魔王である。


 透き通るような白銀の髪は、高い魔力を持つ魔族の証。

 深淵を覗き込んだような深い金色の瞳。それを覆う長いまつげ。小さく甘いさくらんぼのような唇。

 紅茶を入れたカップから離れた唇はしっとりと濡れ、なんとも艶めかしい。

 

 どことなく儚げな雰囲気は、人間たちのなかにたった一人で留学しているせいだろうか。

 孤高という名の、芯の通った立ち振る舞いは人を魅了してやまない。


 その彼女がひとたび唇をひらくと、鈴を転がしたような声が生徒会室に響く。


「ねえ、会長殿。わたしの今日のパンツって何色だと思う?」

 

 ――パンツ。

 下半身用の下着の一種。防寒および、衣服が汚れるのを防止するために着用され、女性のものであれば『パンティ』とも呼ばれるもの。


 生徒会長――オレは「ああ」とうなずいて思考しはじめる。


 彼女の服装は一言で言うと、その性格を反映したようなド派手なものだ。

 深い深紅を基調に、金糸で高貴さのアクセント。体にぴっちりと吸い付くような生地は彼女の魅力的なボディラインを浮き出しにしている。

 ホットパンツから覗く健康的な大腿部とオープンショルダーから覗く肩は健康に満ち溢れ、長い髪に覆い隠されながらも、ときおり大胆に外気に触れる背中は、彼女の傲岸不遜さと自己顕示欲の高さをこれ以上なく語っている。


 となれば、基本的には中身も同様のものと考えるべきだろう。

 つまりオーソドックスな色を言うなれば情熱的な赤。だけど、彼女に似合っているのは艶めかしい黒。いや、ここは意表をついてかわいらしいふりふりのついた白も捨てがたい。


「そうだな。おそらくだがオーソドックスなあ――」


 赤と言いかけてオレはハッとした。


(……待て。よく考えろ)


 パンティの色当てクイズなんてまるで変態ではないか!?


 ニマニマと笑いながらオレの答えを待つ副会長を見て、オレは確信する。

 これは罠だ。オレを社会的に殺そうとする悪魔のささやきだ。


 だが、相手は魔王。答えないというわけにはいかない。

 なぜなら、この女がいざ物理的な行動をとれば対抗する手段などないのだから。


「さあ。さあ。早く答えなさいな」


 オレの心中を知ってか知らずか、副会長がニマニマと笑いながら急かしてくる。

 が、何色と答えても『女のパンティの色を当てようとした変態』とののしられることになるのだろう。

 そう。これは答えのない問題。答えを当てるためのものではなく、いかに(かわ)すかの問題なのである。


 普通なら詰みの状態。だがしかし、オレは栄光ある聖ペルメニチカ記念学園の生徒会長。そう簡単にあきらめはしない。


(どうすればいい。どうすればいいんだ。……そうだ!)


 ひらめいた!

 オレは笑っている副会長に向けて、ふふんと不敵な笑みを浮かべた。


「そうだな。普段の行動から考察するに、履いてな――」


 ごすっ。

 ――い、と言い終わる前にオレの顔面を襲ったのは副会長の投げたバールのようなもの。


「失敬じゃない!? 誰がノーパン痴女よ!?」


 顔を真っ赤にして詰め寄った副会長が、オレの襟首をつかんでぶるんぶるんと前後に振る。

 さすが魔王。オレはされるがままになって「あばば」となってしまう。


「まったくもう! こういうのって、『く、黒かな……?(照れ)⇒ざんねーん。はずれ⇒じゃあ答えを見せて見ろよ(壁ドン)⇒ヤダ……。強引な会長殿って素敵ドキドキ』みたいな展開になってしかるべきじゃないの!? おかしいわ! 会長殿ってばぜったいおかしいわ!?」


「なんだよその妄想!? 超展開すぎだろ! おかしいのはお前の脳みそだよ!?」


「何を言っているの!? こないだ読んだ少女漫画で読んだらそう描いてたわよ! いたって普通の女の子の思考でしょう!?」


「少女漫画の表現を現実と一緒にしてんじゃねえ!!」


 副会長殿は、魔族の領域からはるばる人間の世界へ留学にいらっしゃっているので、人間の常識にうとくおられるのである。


 ぷくーっとほほを膨らませた副会長は、ごほんと咳払い。


「というわけで、もう一度聞くわ。ねえ、会長殿。わたしの今日のパンツって何色だと――」


「ちょっと待って!? もしかしてこれ、答えないと永遠に終わらないタイプの質問なのか!?」


 オレが絶望したそのときだった。


「なななな、何を言ってるんですか、副会長!」


 最後までセリフを言わせなかったのは、ちょうどドアをあけ放って入室してきた書記の少女だった。

 金髪碧眼。真面目を絵にしたような顔立ちの女子生徒で、名をアリアという。

 

「わたしは会長殿に聞いているの。生徒会の存亡にかかわる重要事項なのよ。邪魔しないで!」


「挟みますよ! なんでパンツの色が生徒会の存亡にかかわるんですか!

 わたしの目が黒いうちは生徒会でのいかがわしいことは許しません! ――成敗っ!!」

 

「げぶぅっ!?」


 ぱりーん。

 書記のヤクザキックによって副会長が生徒会室の窓から強制排出(リジェクト)された。


 そのいつも通りの光景にオレは天井を仰ぎ見た。

 いつも通りの光景。そう、いつも通りの……何の変哲もない日常だった。


 アリアがぷんすかと怒ってオレの頬っぺたをつねる。ぎゅーっとつねる。手加減抜きなのでめっちゃ痛い。


()()()()も鼻の下を伸ばさないでください! 風紀が乱れています!」


 おかしい。いままでのやりとりのどこに鼻を伸ばす余地があったというのか。

 問いただしてやりたい気分になったが、そこには口をつぐんでおく。


 生徒会長は学習能力が高いのだ。

 反論してもロクな目にあわないって理解しているのだ。無駄な労力を消費したりしないのだ。


 ちなみにお兄さんと呼ばれているが、彼女とオレは血縁関係ではない。近所のお兄さんくらいの意味である。


 それよりも。


「アリア? 非常に言いにくいんだが……」


「なんですか? お兄さん」


 不満げに頬を膨らませるアリアから目を反らしながら、オレはそれ(・・)を指さした。


「パンツ見えてる」


「ひゃ!? 見ないでください!」


 悲鳴とともに背を向け、キックをしたときにまくれたスカートを押さえるアリア。


 ここで「お前のパンツなんて見飽きてるからどうでもいい」などとは言ってはいけない。


 代わりに、次に起こるであろう惨事に備えて、黙々と生徒会室の備品を避難させ始める。


 ペルメニチカ記念学園の歴史ある生徒会室にはたくさんの貴重品があるのだ。

 壁にかけられた刀剣。ガラス製のトロフィー。机上(きじょう)の書類。書記が授業で作ったお菓子。


 ひととおり避難させ終わったあたりで、制服のど真ん中に靴の(くつのあと)をつけた副会長がそろりと扉を開けて戻ってくるのが見えた。

 そして、背を向けていた書記にひっそりと近づき、腰をがっちりと掴み、


「お、お兄さん!? そんな大胆な! お気持ちはうれしいのですが、そういうことは時間と場所をわきまえて――」


 背後にいるのがオレだと勘違いしたアリアは、顔を赤くして無防備なまま、副会長のなすがままに、

 

「だっしゃあああ!!!」

 

 すどぉぉぉん!

 見事なジャーマンスープレックス。


「ぐはぁ……っ!」


 顔面から生徒会室の木製の床にめり込むアリア。

 ピーンと背筋を立てて床から生えるその姿はまさにスケキヨ。生徒会に突如として現れた前衛芸術(ぜんえいげいじゅつ)


 その出来(でき)を評するなら『ここ一週間。15回ほど見せられたなかで、もっともエレガントで味わい深く、とてもバランスがよい』とでも言うべきか。

 

 オレはまたしても目を反らしながら、誇らしげにスープレックスの体勢を維持している副会長に声をかける。


「えーと……。副会長?」


「なーに? 会長」


「パンツ見えてる。アリアのも合わせてダブルパンツ」


「ふふん。これは見せているのよ。エロいでしょう? うれしいでしょう? 興奮したでしょう? 襲い掛かってきてもいいのよ?」


 かつて、これほど嬉しくないパンチラがあっただろうか。

 いやない。ちなみに副会長のパンツはやっぱり金糸で縁取られた赤だった。


「お兄さん! ちょっとはこっちの心配もしてくださいよ!?」


 副会長がスープレックスを解くと、何のダメージを受けた様子もないアリアがずぼっと床から顔を引き抜き、机を叩いて抗議の声をあげてくる。

 ノーダメージ。普通なら脳震盪を起こしてそうなものだけれど、さすが全校生徒から『脳みそが筋肉で出来ている』と揶揄されるだけあるな、ってオレは思った。


「生徒会予算の残額の心配ならしてるさ。予算がもう残り少ないんだから、その床は自分で直しとけよ」


「ええ、ええ。会長殿の言うとおり。書記、ちゃんと直しておきなさい――ぐふぉぁっ!?」


 副会長のドヤっとした得意げな顔にコークスクリューブロー。

 キリキリと空中を回転した副会長がガラス製のテーブルに激突し、がっしゃああん! と盛大に割り砕いた。

 

 お菓子を避難させておいて本当によかった。

 テーブルは魔法で直すにしても、細かいガラス片の混じったお菓子なんて誰も食べたくはない。


 必殺のブローを放った張本人のほうは、大げさに口を押さえて「まあ、大変」と言った。


なぜか(・・・)急にテーブルが割れてしまいました。掃除をしないといけませんね。

 副会長、提案があるのですが……。わたしが美しく魔法でガラスのテーブルを直す。あなたは這いつくばって床を直す、というのでいかがでしょう。我ながら素晴らしい提案だと思うのですが」


「ふ、ふふふ……。そうね。書記にしてはいい提案ね。

 だが、ああ。困ってしまったわ。床を綺麗にするにしても雑巾がないじゃないの。ところでそういえば、書記ってば牛乳を拭いて一週間経った雑巾(ぞうきん)に似てる」


「それは乳臭いって意味ですか? 副会長は面白いことを言いますね。ふふふ……」


「そうでしょうとも。そうでしょうとも。ふふふ……」


 ふしゃーっと互いに臨戦態勢。

 たぶんだけど、虎のオリに入ったならたぶんこういう気分になれるんだろうな、って思ってオレは天井を仰いだ。


「――ふたりに聞きたいんだが」


「なーに? 会長」


「なんでしょう? お兄さん」


 この2人、実は仲がいいんではなかろうか。

 オレは息をぴったりあわせて振り向いてきた少女たちに尋ねた。


「もう少し仲良くできないのか?」


「会長殿。ヒステリックでオールドミスな音楽教師のアンナでも、もちっとマシなジョークを言うわよ?」


「無理です。神様が『汝、隣人を愛せ』と直接言ってきてもありえないです」


(まあ、当たり前か)


「わたしたちの間を取り持とうとする会長の心遣いはとっても素敵よ。でもね――」


 そこで言葉を区切って、副会長は()ねた子供のように唇を尖らせた。


「会長はもっともっとわたしのことを深く理解すべきではないかしら?

 例えば、神とやらが現れて『君の友達になってあげよう』なんて言ってきたら、そういうアホを『なんぼのもんじゃい』と殴り倒すのがわたしなの」


「お兄さん。魔王ってゴキブリと似てると思いませんか? 邪悪すぎて、息をしているだけで生存を許せなくなるというか」


 生徒会副会長、魔王。ツェルペティータ・マグニヴ・ラヴラ。3年生。

 生徒会書記、聖女。アリア・ペルメニチカ。1年生。

 

 この水と油のような存在が、共に同じ場所にいて激突しないことなどありえないのだから。


 というか。


「前から聞きたかったんだが、どうして2人は生徒会室で殺し合いを始めようとするんだ?」


 オレが尋ねると、副会長は長い髪をかきあげながら「ええ」とうなずいた。そしてふんぞり返りながらブイっとピースサイン。


「ふふ、知れたこと。この部屋は学園OB会の持ち物! すなわち校則の及ばぬ治外法権!

 校則ではケンカは両成敗! つまり! なんと! ここでやりあうぶんには問題なしというわけなのよ!」


 この魔王はなんで無駄に校則(ルール)を守ろうとするのか。

 それを聞いた書記――アリアが金色の髪を掻きあげ、「なんと愚かなことを」とバカにしたような笑みを浮かべる。


「魔王ともあろうものが飼いならされたようなことをのたまうのですね。

 いいですか。聖女が魔王を殺す行為は普遍的な正義!

 校則など正義の前には塵芥(ちりあくた)にも等しい! そう! お兄さんにカッコいい姿をみせたいので、あえて生徒会室で戦おうとしているわけでは、決してないのです!」


 こっちの聖女はなんで無駄に校則(ルール)を破ろうとするのか。


 オレは窓から空を見た。


「どうして、この世界に生徒会室なんてもんがあるんだろうな……」


 生徒会室さえなければ、異なる学年のこの2人がしょっちゅう顔を合わすこともないのに。


 普段であれば、このあたりで思考能力を停止させて流れに身を任せるところだが……今日はそうは言ってはいられない事情があった。

 

「――お三方、現実逃避しないでください!」


 終わることのない争いを仲裁しようと、バンバンと机を叩いたのは会計の少女。

 名をルルフェット・ウィノア。アリアと同じく1年生。


 普段はおっとりとした少女だが、さすがに今日だけはその表情が険しい。

 ルルフェットはぷんぷんと怒りの表情を浮かべて外を指さした。


「現実逃避してないで外を見てください! 外を!」


 言われてもう一度、外を見る。


 小鳥たちがさえずるのは太陽がまぶしい青空。

 地平線さえ見えそうな広大な緑の草原。

 すぐ近くの小川の美しい清流には、見たことのない小魚たちが流れに逆らうようにして気持ちよさそうに泳ぎ、チョロチョロとしたせせらぎの音は、日頃の喧々(けんけん)した日常に疲れた現代っ子をいやしてくれる。


 さらには500年前に滅びたはずの強力な生物、暗黒龍(カースドラゴン)たちがダース単位で、生徒会室に向けて夏の日差しよりも暖かい炎のブレスを吐きかけ――


「生徒会室があるんじゃないです。生徒会室しかないんですよ!?」


 本日は晴天なり。

 深い森の中にぽつんと建った生徒会室。

 

 オレたちは……いままさに知らない土地に漂流していた。

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