第1話 優勝インタビューと、死
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『《暴虐の翼竜》でプレイヤーに直接攻撃!』
男が宣言すると、彼の目の前に巨大な翼竜が現れ、のこぎり状の歯をぎらつかせながら雄たけびを上げる。そして飛び上がり、向かいに立つ青年へとその牙を突き立てようと急降下する。
そのまま青年は噛み千切られてしまうかに見えた……が
「《多面の魔術師》を召還!召喚時にそちらの《暴虐の翼竜》をコピーし、ブロックします!」
するとキセルを持った男がどこからか飛び出し、煙となって翼竜を受け止める。
『相打ち狙いかい?それだけなら……』
「いえ、さらに魔術師を《成長》で強化します!」
その言葉と共に、煙は巨大に膨らんで翼竜を飲み込んでしまう。青紫色の煙に包まれ、翼竜の雄たけびは叫び声へと変わりだした。
煙はしばらくの間激しく揺らめいていたが、やがて翼竜を食らいつくしたのか、煙で出来た《暴虐の翼竜》へと姿を変え、男の方へ振り返り、先ほどと全く同じ雄たけびを上げる。
『そ、そんな……』
「これで戦況はひっくり返りました。そちらは何かありますか?」
攻撃の宣言を行った男性ががっくりと肩を落とし、手に持ったカードを下におろす。
小さく微笑んで、青年の元へと歩みよって握手を求めた。
『いや、あそこで《暴虐の翼竜》を利用されるなんてね……《多面の魔術師》はさっき引いたカードかい?』
「いえ、最後の詰めで使う事になるだろうなと思って温存していました。」
青年の返答に、男性は感心したようにうなずいた。
『……完敗だよ。優勝おめでとう、日本の若き天才くん。』
青年は満面の笑みを浮かべ、握手にこたえる。表しきれない嬉しさが何度も何度も振られている握手に漏れ出ている。
少しの静寂の後、一斉に大歓声が上がった。
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『どうだい、中々使えそうな若者だろう?』
『まあ、確かに見込みはありそうだけれど……可哀そうだとは思わないの?』
『かわいそう?なぜだい?僕に目をかけてもらえるなんて、彼にとっては幸運に決まってるじゃないか。君らしくもないことを言うね。』
『……あなた、本当に悪趣味ね。人間にはとても見えないわ。』
『よく言われたよその言葉、懐かしいなあ。まあ、手はず通りに頼むよ。』
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パシャパシャパシャパシャ……
『――それでは、今のお気持ちをどうぞ!』
「最高としか表現できません……。間違いなく今日が僕の人生で最も輝いている日です。今までも、そしてこれからもきっと。」
『――なるほど。確かにその通り。あなたは今日この日、世界で最もポピュラーなカードゲームの、その頂点に登り詰めたのですから。それも初出場、最年少で!全く信じがたい!
さて、最後の相手は世界大会優勝の常連、ニック選手でしたが、あなたのプレイングは優勝経験者である彼のそれを間違いなく上回っていました。
特に最後のカウンター!ニック選手だけでなく、ボブ選手やマイケル選手などの並み居る強豪ひしめく中で、全く引けを取らないプレイばかりでした。あのプレイセンスはどうやって磨いたのでしょうか?』
「そうですね……日々の積み重ねと言ってしまうとそれまでなんですが……それ以上に、『環境を理解する事』が上手くいっていました。
どのデッキが強く、どのデッキが好まれ、有名なプレイヤーがどれを選択するのか……僕は彼らの大ファンだからこそ、彼らの研究を誰よりも熱心に取り組む事ができました。そのお陰だと思います。」
『――あなたのセンスには感服ですね。
最後に、あなたの友人へ向けて何かメッセージはありますか?』
「まずは研究を一緒に手伝ってくれた地元の友人たちへ、やってやったぞという言葉を。
そして、一人旅で心細かった僕と一緒にこの国までついて来てくれた親友のカイラへ、本当にありがとう。感謝してもしきれません。」
『――素晴らしいスピーチをどうもありがとう。
それでは皆さん、ウルダさんにもう一度、盛大な拍手をお願い致します!
ウルダさん、優勝おめでとうございます!』
ワァァ――――‼パチパチパチパチ‼ヒューヒュー‼
……日本から遠く離れた外国の地で、
私『カイラ・枢木』の幼馴染『潤田 一統』は、途切れる事のないカメラのフラッシュと、鳴りやまない拍手と、彼を称賛する歓声に包まれ続けていた。
彼は日本ではよくいるタイプの高校生でしかなかったけれど、それは先日までの話。
潤田は今日、世界で最も人気があるカードゲーム『ウィザード』の、最年少世界チャンピオンになった。
――『ウィザード』とは、数十枚のカードの組み合わせでデッキを作成し、マナというエネルギーを貯め、それを使って手札の呪文を唱えたりモンスターを召還することで、対戦相手のライフを削りきった者が勝利するカードゲーム。
シンプルなルールと、歴史の中で積み上げられた膨大なカードの種類・美麗なイラストで、他のカードゲームの追随を許さないほどのゲーム性と人気を誇っている。
そんな『ウィザード』で優勝できたのだから、潤田は間違いなくこの日最も幸福な若者だと思う。愛してやまないカードゲームに対する努力が、最高の形で報われた日なんだ。
しかも、潤田の幸福は、それだけでは終わらなかった。インタビューの後、『ウィザード』の生みの親、ニコラさんから直々に会話する場を作ってもらえると伝えられたから。
それを聞いた時の潤田の顔は、優勝した時以上に呆然としていたものだから、私は思わず笑ってしまった。
「……なんで笑うんだよカイラ?」
「だって潤田、日本にいる時より何倍も表情変わるんだもん。まるでカードのイラストみたい。」
私がそう答えると、彼は顔をしかめた。それがまた彼らしくなくて面白い。
「俺は《多面の魔術師》かなにかかよ……。」
「そのカードのおかげで勝てたんだしいいじゃん。
それに、インタビューで『僕』って言ってたのも笑えたよ?」
「いやっ、それはその……緊張してたっていうか、疲れてたっていうか……」
私が追い打ちをかけると、すぐに顔を真っ赤にする潤田。
こういった反応は日本では中々見ることが出来なかったから新鮮だ。
基本的に人前ではポーカーフェイスだったから。
一緒に外国について来て本当に良かった。
……恥ずかしいからそれは伝えないけど。
「こうしてからかうのも全然飽きないけど、ニコラさんとの面談、そろそろ行かないといけないんじゃない?
私も一目見てみたいし、ついていってもいいかな? お願いしてみてくれる?」
「あ、あぁそうだな。まあ、今回の旅で通訳やらなんやらでカイラには世話になったし、そのくらい全然いいよ。俺から頼んでみる。」
「よく来てくれたね!歓迎するよチャンピオン。」
私の同行もすんなり許可され、案内された社長室は、想像していたよりもずっと質素だった。
超有名エンターテイメント企業ともなると、もっと遊び心満載だったり、きらびやかだったりを期待していたんだけど、見慣れないオブジェがいくつか置いてあるくらいで、派手さはないオフィスだった。かなり失礼だけど、ちょっとがっかり。
「うわあ……こんな凄い物が置いてあるなんて……まるで本物みたいだ!」
……けど、潤田の興奮っぷりを見るに、どうやらこのオブジェは『ウィザード』のイラストで使われている物ばかりらしい。そうわかってから見渡すと、
確かに《青の英雄像》等、『ウィザード』経験が浅い私でも見た事があるような、超有名カードにそっくりなものもあった。
生みの親にも他の人みたいな収集欲があるのかな?
「ふふ、驚いたかい?いくつかは私が直接手にした物でね。インスピレーションの助けになっているよ。どれも素晴らしい力を秘めている。」
挨拶も忘れて部屋のオブジェを眺める私たちに気を悪くした様子もなく、むしろ嬉しそうに手元の黒い球体を撫でながら説明してくれるニコラさん。
あれは……《狡知の玉》かな?
「あ……すみません。私も招いてもらっただけでも申し訳ないのに、二人して挨拶もせず。」
二人で慌てて頭を下げると、ニコラさんは笑って手をひらひらと振った。
「かまわないさ。むしろ最年少の世界チャンピオンが、ちゃんと学生らしくて安心したよ。妙に落ち着いているよりもずっと良い。
さあ座って。
ウルダ君を呼んだのは、開発者として、そして同じ『ウィザード』を愛するものとして、君のような若者の意見を聴きたいからなんだ。ああ、緊張しないで。友達と環境について語り合うみたいに話そう。」
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「なるほど。君の中ではブラフも立派な戦術の内、と言う訳だね?
最近では、やりすぎたブラフ行為はマナーに欠けるという意見も多いが、そこについてはどう思う?」
「もちろん、相手を威嚇する等の非紳士的な行為は不適切だと思います。ですがブラフに関しては、やりすぎなのかどうかは受け手それぞれによって左右されるものだと考えています。
賞金も存在し、競技性の高いカードゲームだからこそ生まれたテクニックの一つが、ブラフという物なのではないでしょうか?なので、僕はブラフはアリだと思っています。」
二人の会話はとっても盛り上がった。お互いに通じるものがあったのか、最初は緊張していた潤田も、最終的には反対意見を出して、自分の意見をしっかりと伝えるくらいに熱中していた。
でも、お互いに険悪になることはなく、さっきニコラさんが言っていたみたいに、二人は古くからの友人同士のような信頼感を形成しているように見えた。
少し羨ましい。
「なるほど、君の言う事には説得力があるな。……おっと、そろそろ時間か。」
ニコラさんの秘書が時間ギリギリだと伝えに来たのをきっかけに、
二人は立ち上がり、握手をした。
「とても楽しい時間でした。本日は本当にありがとうございました。」
「いや、こちらこそ礼を言いたい。ここまで語り合える若者には今まで出会ったことがなかったよ。非常にいい経験になった。
是非とも近いうちに、また語り合いたいものだ。」
舞い上がることなく憧れの人と握手できていたのは、それだけさっきの会話が楽しかったという事だと思う。
ついでに私もニコラさんと握手してもらい、部屋を後にした。
「これで君を安心して送り出すことが出来る。
改めて、優勝おめでとう。善い旅になることを祈っているよ。」
扉が閉まる時、ニコラさんはそう言った。振り返ると、扉の隙間から何かが光ったのだけが分かった。《狡知の玉》が光ったように見えたけど、見間違えかな?
そういうギミックがあるのかな? と思って潤田に訊いてみたけれど、
「俺はわからなかった。」と首を横に振った。
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「今日が僕の人生で最も輝いている日です。今までも、そしてこれからもきっと。」
……潤田は優勝者インタビューでこんな事を言っていたけれど、私は「ホントかなあ?」って疑っていた。
だってまだまだ人生長いんだし、『ウィザード』ももっと盛り上がって、
その未来で潤田がまた世界チャンピオンに輝くことだって十分にあり得るはず。
私だって、潤田ともっと仲良くなりたかったし、なれるはずだった。
もっと輝いている未来を、私も一緒に見に行きたかった。
明日の予定も、来週の予定も、楽しみで、輝いているものだと思っていた。
だけど、潤田の言葉は正しかった。それは証明された。
まあ、きっと、潤田が言いたかったこととは、全く違う方向性で証明されてしまったんだ。
ガラス片が突き刺さった頭で、私はそんな事を思っていた。目の前の、『首が折れた』潤田からは、目をそらすことも出来なかった。
動かしたくても、もう動く気力も動かす腕もなかった。
虚しい気持ちだけが私を塗りつぶしていた。赤くて暗い膜が、視界をゆっくりと塗りつぶそうとしてきた。
目を閉じる。
こんな事故に遭う不幸を、自分のことながら見ていたくはなかった。
もう何も見るつもりはなかった。
――ただただ真っ暗な瞼の裏側が、なぜか光を映すまでは。
~今日のカード~
《多面の魔術師》
場にいるモンスター1体と同じ姿に変身する召喚獣。
何人もの人間のお面を重ね合わそうとしている、キセルを持った男性の姿が描かれている。
潤田はこのカードを強化して決勝戦に勝利した。
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