夏目の気遣い
夏目の母親と別れた俺は昇降口を通り、夏目のクラスである3組に向かった。
「夏川くんったら、私が気を使って余所余所しくしてるっていうのにそんなの関係なしに踏み込んでくるんだからぁ。」
「空気読めないのは俺の能力だからな。」
そう言うとまたしても夏目はニコッと笑った。
彼女の車椅子を押していると周りからの視線が俺に、いや、夏目本人に集まっているのがわかった。
こういう風に視線が集まってきた中で夏目が生活してきたと思うと一段と俺の心を苦しめた。
こんなに視線が集まると正直辛いものがあるだろう。それでも俺がこうやって車椅子を押して側にいることで少しでも夏目の気持ちが楽になればと思った。これは俺にできるせめてもの償いともいえるだろう。
「ここで大丈夫だよ。」
3組の教室とは程遠い場所で夏目は言った。
「いや、でも。」
俺がそう言ったけど夏目は首を横にふった。
きっと、またしても俺のことを気遣ってのことだろう。
本当ならばそれでも送っていくと言うべきなんだろうけどその言葉が出てこなかった。
「そうか。じゃあ、またな。」
「うん。またね。」
挨拶を済ませると夏目は車椅子をクルリと回転させ、教室に向かって行った。
それから俺は夏目が視界から消えるまで目を離すことができなかった。
心配ならつい行けばいいのにとは思ったが、俺は夏目のついてきて欲しくないと言う気持ちを優先させるべきなのか、それとも夏目が心配だからついて行きたいという自分自身の気持ちを優先するべきなのかわからなくなっていた。普段なら俺は自分の気持ちを優先するんだろうけど、夏目遥という人間の可能性を奪ってしまった負い目から気持ちが揺らいでいるんだろう。
何がフェアだ、昨日のフェアという誓いは口だけだったんだろう。俺の気持ちが全然割り切れていないことを俺自身再確認した。
「くそっ。」
俺が校舎の壁を叩くと周りの生徒は離れていった。
「はぁ、これじゃ夏目の気遣いも無駄になったな。」
俺は後悔しつつも自分の教室に入っていった。