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私立叢雲学園怪奇事件簿【第二部 魄王丸編】  作者: 来栖らいか
【第二章 錯綜】
9/42

〔2〕

 得体の知れ無い胸騒ぎで、気分が悪い。

 篠宮優樹は未舗装の林道を走りながら、ライディングに集中することで苛立つ気持ちを紛らわそうとした。

 サスを軋ませ、浮き上がる身体でバランスを取る。時折進路を塞ぐ倒木はアクセルワークで飛び越えた。ジャンプから着地して、砂利に滑りそうになるフロントを立て直す緊張感に胸が高鳴る。

 だがやはり、集中しきれない……。

 気持ちに見切りを付けて、優樹は一旦バイクを停めた。

 バイクを停めても、エンジンは切るなと緒永に言われている。エンジン音がすれば熊や動物が近付かないからだ。

 ……あれは、いったい何だったのだろう?

 昨日は緒永や友人達が止めるのも気かずに、我が儘を通してバイクで山中に入った。麓から奥に進むにつれ霧が濃くなり、見通しの悪さにヤバイかな、と、思い始めた頃。

 何かが林の中を疾走する気配を感じた。

 右に、左に、後ろに。しかしその姿は見えない。車やバイクではない、獣の気配だ。

 恐怖心は無かった。

 かえって、追い越せるものなら追い越してみろ、と、闘争心が沸きあがった。

 緒永に指示された場所でバイクを停めたとき、その気配もまた、近くにあると解った。

 正体を見極めたい、そう思い辺りを捜してみたのだが……。

 白い獣と対峙したとき、遼に腕を掴まれ我に返るまで、自分が何をしようとしていたのか覚えていない。闘おうとしていたのだろうか? 追い払おうとしただけなのか? 遼を守ろうとしたのだろうか?

 殺意はおろか、敵意さえ感じなかった。だから遼も自分を止めたのだ。

 あの獣は、自分を知っている気がした。だが優樹には、それが何故なのか解らない。厭な、感じだった。

 もう二度と、あの獣には会いたくない。

「ちぇっ、つまんねぇこと考えちまったな、らしくねぇや」

 アクセルを開けてリアを取り回し、もと来た方向にバイクを向ける。一つ息を吸い込んで、クラッチを繋げようとしたとき、脳裏を何かが駆け抜けた。

 いましがたまで感じていた、漠然とした不安ではない。

 戦慄、だった。

 優樹はアクセルを全開にすると、ギャップを飛び越え、帰路を急いだ。

 一刻も早く、戻らなくてはならない。

 助けを求める声が、確かに聞こえたからだ。

『美月荘』に戻った優樹は、バイクのスタンドを立てる事さえもどかしく本棟に駆け込んだ。昼少し前だ、誰か居るに違いない。

 食堂で所在なさそうに雑誌を読んでいた遥斗が、直ぐに優樹の姿に気が付き立ち上がった。

「優樹先パイ、ひどいじゃないですか! 今日は俺をバイクに乗せてくれる約束なのに、一人で走りに行っちゃって……」

「遼は、何処だ」

 聞いたことが無い強い声音に、遥斗はびくり、と、身を縮めた。

「秋本先輩なら、今朝スケッチに行くって湖に降りていきました」

「湖の何処だ!」

「んなこと、わかんないですよ。俺はずっと此処にいたんですから……」

「なあに、どうしたの?」

 食堂のやり取りに気付いた美月が、厨房から顔を出した。

「優樹先パイが、秋本先輩を知らないかって……」

 今にも掴み掛からんとする優樹に、遥斗はすっかり萎縮して半べそをかいている。

「秋本…遼くんなら、裏手の坂を下りたところでスケッチしていたわよ。まだ其処にいるかどうかは解らないけど……」

 聞くなり優樹は表に走り出た。

「先パイ! 俺も行きます!」

 只ならぬ様子を感じたのだろう、慌てて遥斗が追いかける。

 優樹は裏手の坂道を、滑るように駆け下りた。急がなくてはならない。

 気が急き、重なり合うように道から突きだした枝が覆う物のない頬や首、腕を掠り血が流れるのも構わなかった。

 藪が開け湖面が目に入った途端、すぐに岩の影に俯せに倒れている遼を見つけた。

 血の気のないその顔を見て、一瞬心臓が止まる。が、気を取り直して駆け寄ると、首に手を当て脈を診た。

 動いている。

 ほっ、として、襟元に付いた吐瀉物に気が付いた優樹は、遼の後ろに回り込んで右手で拳を作ると、みぞおちに当てた。その手首を左手で掴み、圧迫するように脇を引き絞って押し上げる。

「ぐっ、ふっ!」

 喉に残った異物を吐きだし、遼が激しく咳き込んだ。その身体を横たえ、シャツのボタンを外して気道が確保される姿勢を保ち、優樹は後から来て呆然と立ちつくしている遥斗に向き直った。

「誰か二・三人呼んでこい、こいつを運ぶ」

「えっ? 誰かって……」

「誰でもいい、早くいけっ!」

「うわっ、はっ、はいっ!」

 大慌てで坂を登る遥斗を確認し、優樹は自分のジャケットのポケットに、ハンカチを捜した。しかし普段から持ち歩かない物が在ろうはずもない。

 小さく舌打ちして、ジャケットとその下に着ていたTシャツを脱ぐ。湖の水でシャツを濡らし顔をぬぐうと、冷たい感触に遼が薄目を開けた。

「優…樹? 何で君が……」

「黙ってろ、上に運んでから何があったか聞いてやる」

「うん……」

 安心したのか、再び遼は目を閉じた。

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