〔5〕
本棟での朝食を済ませ、遼は二人分のサンドイッチを持ってコテージに戻った。
昨夜遅くまで緒永から麻雀の手ほどきを受けていた、アキラと佐野の朝食である。
アクビを噛み殺している冬也と満彦を、「学生相手に大人げない」と諭しながら美月が作ってくれたのだ。
湖を二周した優樹は朝から旺盛な食欲で、ゲームによる夜更かしから寝坊した後輩と一緒に大量の白米をたいらげている。
リビングでは、ようやく目を覚ましたアキラが先に食事を済ませて戻っていた轟木と一緒にコーヒーを飲んでいた。
「おっ、サンキュー! サンドイッチを届けて貰えるって轟木から聞いたからさ、コーヒー入れて待ってたんだ。おまえも飲むだろ?」
呆れ顔で遼はトレーをテーブルに置いた。
「アキラ先輩、明日はデリバリーしませんからね。ちゃんと起きてください」
「うーん、朝は苦手なんだよなぁ」
「遅くまで遊んでるからでしょう? 轟木先輩は起きられたんですよ」
アキラは決まり悪そうな顔になると、遼のコーヒーを入れるためキッチンに立った。
遼はアキラの入れてくれるコーヒーが好きだ。友人から仕入れているという豆は、ほのかに甘い香りがする。
ソファーに腰掛け視線を感じると、轟木と目があった。
「今朝、湖で優樹君に会ったよ」
眼鏡の奥の瞳が、優しく笑いかける。
「夜明け前に起き出して、ロードワークに出たようです」
「君は、遅くまで勉強していただろう?」
「あっ、うるさかったですか?」
轟木達の部屋は真下にある。椅子を引く音が響いたかと心配になって、遼は詫びた。
「うるさかったのはリビングの方。今朝の君の顔を見ればわかるさ、あまり無理をするなよ」
「……はい」
この声で優しく言われると、狼狽えてしまうのは何故だろう? だがらいつも、議論で勝つことが出来ない。
「後輩の勉強を見ているそうだね。俺が卒業して天文班部員の先輩がいなくなったから、ちょっと可愛そうだと思っていたんだ。顧問の先生の指導で部活動をしているようだが」
「僕はそれほど付き合いはないんです。どちらかと言えば優樹が良く面倒を見ているようですよ」
「知っている。彼は今時珍しい、兄貴肌の奴だからな」
「絶滅の恐れがある、保護指定動物みたいな奴さ」
いつからそこにいたのか、脇から口を挟んだ佐野に遼もつい笑ってしまう。
「指針を示す先達が、遥斗と宙には必要なんだよ。優樹くんは、その役目を俺の代わりにしてくれている」
ふいに轟木に見つめられ、遼は戸惑った。
「随分と奴を買ってるんだなぁ……」
コーヒーをドリップしながらアキラが呟くと、轟木は視線をキッチンに移す。
「アキラさんほどじゃない」
「ははん? どういう意味かな?」
とぼけた顔で、アキラは二つのマグカップをテーブルに置いた。
「まあ、轟木の言う事はわかるよ。奴には魅力がある。もし奴が何かをしようとするなら、どんな力にでもなりたいと思わせる魅力がね。華があるって言うのかな?」
アキラの言葉を、遼は不思議な気持ちで聞いていた。
小学校の頃から家族ぐるみで付き合いがあるが、未だに遼は優樹に対して複雑な思いを抱いていた。
男女学年を問わず、誰にでも好かれている優樹。
その優樹は、呆れるほど素直に遼を信頼していた。常に開け放した感情で接し、その気持ちに偽りはない。
だけど、と、思い直してコーヒーを口に運ぶ。
近づけば近づくほど、遠くなる何かを感じていた。触れがたい何かが目の前に壁を作っていた。それは、犯しがたく神聖な物に思えて遼にはまだ入り口が見つからない。
「秋本も、そう思うだろ?」
自分に向けられた言葉に、俯いて応える。
「僕には、わかりません」
表情を曇らせたアキラに頭を下げ、遼は階段を上った。