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私立叢雲学園怪奇事件簿【第二部 魄王丸編】  作者: 来栖らいか
【第一章 秋月湖伝承】
6/42

〔4〕

 昨夜のまとわりつく様に重く濃い霧とは違い、ブナ林から白樺並木と続く湖沿いの道に立ちこめた朝靄は清々しかった。海の近くで生まれ育った優樹にとって高原の空気は、より強い自然の息吹を感じさせてくれる。

 優樹がリビングの床で雑魚寝している先輩達を起こさないようにコテージを出たのは、夜が明けてすぐの時間だった。ロードワークで湖を一周する頃には、すっかり顔を出した朝日が湖面をきらきらと輝かせる時間になり、身体は気持ちよく汗ばむ。木立に掛かった薄いベールも既に消え、青空に鮮明な緑が美しい。

 山荘の赤い屋根が林の間に見えてきた頃、湖畔に立つ人影を見つけて優樹は足を止めた。

 走る姿に気付いていたのだろう、その人物が片手を上げる。

「おはよう、優樹くん!」

「……おはようございます、轟木先輩」

 水際の砂地に立っていた轟木彪留とどろき たけるは、クマザサをかき分けて優樹のいる場所まであがってきた。

「湖の全周は6キロから7キロあると聞いたけど、一周したのか?」

「ええ、まだみんな寝てるから、もう一周しようかと思ってたとこです」

「相変わらずタフだな」

 そう言うと轟木は、眼鏡の奥にある知的な目を細めて静かな笑みを浮かべた。

 優樹はもの静かな学識者であるこの先輩が、少し苦手だった。轟木は理学部では天文班の部長を務めながらも各分野の見識が広く、大学も難関国立大学にストレートで合格している。

 奢ったところはかけらもなく、むしろ控えめな性格で、高校在籍中は電脳班に部室を占領されて仲が良いアキラのいる写真部に避難していたくらいだ。写真部では大抵は隅で本を読んでいて、優樹は存在に気付かなかった事さえある。

 ところが遼とは気が合うらしく、時々なにやら白熱した論議を闘わせていた。何を論じているのか優樹にはさっぱり解らないが、常に遼の方が論破されて落ち込んでいたようだ。

「先輩だけ随分と早起きですね、アキラ先輩も佐野先輩も当分起きそうじゃなかった」

 轟木は大きく伸びをすると、深呼吸するように両手を広げた。

「高原の朝を満喫しないのは、もったいない。と、言っても実は昨夜早々に自分は面子から外されてしまったんだ。それで仕方なく先に寝たんだけど、代わりに緒永さんのお父さんが呼ばれたようだったな。やれやれ、せっかく奴等をカモにしようと思っていたのに、もっと手加減するんだった」

 真面目な顔で言われて、優樹は困惑の表情を浮かべる。すると轟木が面白そうに笑った。

「ここは一言突っ込みを入れてもらいたかったんだが……君らしい反応だ。そう言えばあまり話したことがなかったから困るのも道理か」

「えっ、あ、すいません」

「謝ることはないよ」

 静かで低い、落ち着きのある声。威圧的ではないが、何故か抗い難い魅力のある声だ。

「あの、俺はまだロードワークの途中だから……」

 居心地の悪さを感じて、優樹は踵を返す。

「ああ、引き止めて悪かったね。ところで湖の周りを一周した君に聞きたいことがあるんだけど、あの中島に渡れるようなボート乗り場を見なかったかい?」

「ボート乗り場ですか? ……そう言えばこの少し先に桟橋があって、ボートが繋がれてましたよ。小型のモーターボートでした」

「そうか、ありがとう。中島に渡れるか緒永さんに聞いてみるよ」

「中島に渡りたいんですか?」

 優樹は再び向き直り、何となく聞いてみた。

「あの中島の祠には、面白い伝説があるらしいんだ。実は考古学者になるのが俺の夢でね、伝説や伝奇に謂われのある史跡が好きなんだよ」

「えっと、それはその……」

 轟木は大学で、経済学部に在籍しているはずである。どう答えたらいいのか解らず複雑な顔をすると、轟木はにっこり微笑んだ。

「これは本当の話、突っ込んでくれなくても結構」

 反応に困った優樹は軽く頭を下げてから、逃げるように走り出した。




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