〔3〕
『美月荘』には、本棟である山荘にツインの洋室が三室、他にログハウス風のコテージが二棟ある。
そのコテージのうち3LDKの大きい方を遼たち男子が使い、もう一方の2DKの方を明日、電車で来ることになっている女子達が借りることになってた。
田村杏子と村上琴美、牧原美加、琴美の姉の黎子の四人である。
田村杏子は『ゆりあらす』オーナー、田村夫妻の一人娘で同じ叢雲学園の二年生。田村が優樹の母親の実兄に当たるため優樹にとっては従妹になるが、一緒に行きたいと言い出された時、優樹はかなり不満顔だった。
しかしアキラを始め、他の男子が歓迎するのをみては渋々でも承知せざるを得ない。
一人娘に泊まりがけの旅行に行きたいと言われ田村はかなり動揺したが、杏子の親友である村上琴美の姉が同行することになり願いは聞き届けられたのだった。
食事の後コテージに案内された遼は、気付かないうちにリビングのソファーですっかり寝入ってしまった。
ドライブ中は意識していなかったが、車中で一睡もしていない疲れが出たようだ。
肩を揺する手に、うっすらと目を開けると優樹が顔を覗き込んでいる。
「風邪引くぞ、寝るなら部屋で寝ろよ」
「んっ? ああ、寝ちゃったんだ」
「そりゃあ、もう、風呂いくぞって声かけても返事もなかったぜ。目が覚めたんなら本棟の風呂に行ってみたらどうだ? 遥斗と宙と一緒に行ってきたけど、露天風呂があって気持ちよかった。俺達と入れ替わりに今先輩達が行ったところだよ。結構飲んでたから心配だな」
優樹が持っているのは、近くの牧場から届けてもらっているという牛乳だ。一リットル入りのガラス瓶だが、もう一口しか残っていなかった。あれだけ食べて、まだこれだけ飲める事が遼には信じられない。
「この牛乳、美味いぜ。美月さんがくれたんだけど、館山の牧場で飲んだのと似たかんじかな?」
「……熊」
「なんか言ったか?」
「何でもない。ところでその美月さんという人、綺麗な人だよね」
突然、優樹が牛乳にむせて咳き込んだ。
「何やってんのさ。……ははん、さてはタイプなんだろ」
「んなわけねぇだろっ! あの人二十六歳だって言うし、相手になんかされねぇよ」
わかりやすい性格に、遼は笑った。
それにしてもいつの間に年齢まで聞きだしたのか? 優樹のことだ、牛乳をもらったときに単刀直入に聞いたに違いない。
「俺はもう寝るぞ、朝ロードワーク行くのに早く起きるつもりなんだ。湖の周りを一周する道が、走るのに丁度良いって聞いたからさ。おまえ、どうすんだ?」
「僕は……少し勉強してから、ここのシャワーを浴びて寝るよ。ところで真崎と忠見は?」
「あいつらなら風呂の後、轟木先輩と天体観測ドームに行ったよ。備え付けの反射望遠鏡は緒永さんの手作りなんだって。それから本棟のプレイルームでテレビゲームするとか言ってたな」
今年高校に入学したばかりで、TVゲームに余念のない二人の後輩一年生。
屈託なく、子犬のようにまとわりつく忠見遥斗。
少し斜に構えて無口な真崎宙。
轟木と一緒に写真部に出入りするようになった、性格の違いすぎる二人。
どうやら遥斗は特に優樹を好いているらしく、悪い気がしないのだろう優樹も良く面倒を見ているようだ。遼も、たまに勉強を教えたりしている。
「ここの部屋割は一階の広いところが先輩達で、二階の右側が遥斗と宙。左が俺とおまえ。荷物は運んどいたから」
「ありがとう、君が寝られないと悪いからリビングで勉強するよ」
おそらくそれはないだろうと思ったが、一人の方が集中できる。
「あ、言い忘れてた。後で緒永さんが来て、先輩達に麻雀教えてくれるんだってさ」
二階への階段を上りかけて振り返った優樹の言葉に、遼は考えを変え部屋で勉強することにした。
コテージ内装と調和した木製のドアを開けると、居心地の良さそうな部屋の壁に掛けられたトールペイントが何点か目に入った。どれも高原が花をモチーフだ。
窓際のカントリー調チェストを挟んでベッドが二つ並び、入り口横には小さなライティングデスクが備え付けてあった。デスクライトを使えば優樹に迷惑をかけず勉強が出来るだろう。
遼は自分の荷物が置かれたベッド側に着替えを出し、服を脱ごうとして窓が開いていることに気付いた。おそらく暑がりの優樹が開けたに違いないが、本人は既にトレーニングウェアのままベッドに大の字になっている。
「風邪引きそうなのは、君の方だ」
呆れたように呟いて、遼は窓を閉めカーテンを引いた。
が、ふとカーテンの隙間から本棟二階に目を移す。一階は窓から明るい光が外まで漏れて人の動く影を見ることが出来たが、二階は真っ暗だ。ここに着いたとき、美月が立っていた窓も本棟の宿泊客のない今日は当然、人の気配はない。
食堂で見た美月は、二階の窓から見ていた女性と確かに同じ人物だった。肩までの明るく染めた髪、白いブラウス。優しそうな顔立ち。
(何だろう? 何か印象が違って見えたんだけど……)
あるいは夕闇が迫る時間帯と、ライトアップされた建物のせいかもしれなかった。深く考える必要も無いのだろうが、どこか陰りがなかったか……。
「ねえ、優樹。君が……」
優樹の感じた印象を聞いてみようとして、遼は声をかけた。が、諦めて肩をすくめる。
優樹はとうに、夢の中だった。