〔1〕
『秋月湖』の怪異は、大規模な山火事の影に隠れ、表に出ることを免れた。
山火事の原因は、古物商を名乗る不審人物のタバコの不始末と報道されたが、その不審人物である日下部の車で麓の村役場に避難した須刈アキラは、行方についてシラを切り通したらしい。
「俺のタバコの不始末って事にしておけ……と、言われたんだけどさぁ。あの人、タバコ吸わないんだよね。借りが出来ちゃったなぁ」
山火事の被害者全員が診察を受けた少し離れた市にある大きな病院で再会したアキラは、優樹や遼に何も聞かず、そう言って二人の背を叩いただけだった。
佐野や女性陣四人、後輩二人と『美月荘』全員の無事を確認し、遼は安堵の息を吐く。
『美月荘』オーナーの緒永満彦は、奇跡的に無傷で残った山荘を閉鎖するつもりでいたのだが、専属シェフの郷田と、その婚約者である及川が買い取って高原のフランス料理レストランとして開業したいと申し出たためオブザーバーとして残るらしい。
意識の無い美月は兄である緒永冬也が身を預かり、何処かの病院で見守っていると聞いた。
秋本遼は、警察の事情聴取と火事の影響による検査入院を経て、ゴールデンウィーク終了後一日遅れて登校した。
優樹とは、旅行先の病院で別々に迎えが来たため、それ以来会っていない。朝のHR前に教室を訪ねてみようと思っていたところを、担任に呼び出された。
山火事はニュース番組で大きく報道され、巻き込まれた学生のことは学園側に連絡が来ているはずだった。説明を求められるのは仕方が無い。
職員室で担任教師に事件を説明したあと、その場にいた進路指導担当教師から声を掛けられ進路指導室に向かう。
なにやら難しい話があるらしく、一限目の授業には出なくて良いと言われた。
あまりにも多くの出来事が起きて、まだ考えが整理できない。
進路指導室で担当教師から提案された件は、情報を集め考えを纏めるには良い機会だと思った。
自分のためにも、優樹のためにも。
昼休み、食事を済ませた遼が優樹を探そうと教室を出たところで、出入り口に待ち構えていた田村杏子と杏子の友人である村上琴美、牧原美加の三人に掴まった。
三人とも、深刻な顔をしているところを見ると、進路指導室の件を既に知っているのだろう。進路指導担当教師は、杏子の担任だ。
「や、やぁ久しぶり……いろいろあって、大変だったね。杏子ちゃん達も、担任に呼び出されちゃった? 改めて無事でよかったけど……あんな事があったら、しばらく落ち着かないよね……」
「火事のことで来たんじゃ無いよ、遼くん。あのっ……お昼休みに旅行先のことで職員室に呼ばれて……先生が、遼くんも一緒だった事を知ってて……それで……」
涙目で訴えるように遼を見上げ言葉に詰まった杏子に代わり、杏子の親友の琴美が普段控えめの彼女らしくない、少しきつい口調で問いただす。
「秋本先輩! 夏休みに入る前に、大学受験の準備で横浜本校に移るって聞いたんですけど、本当なんですか?」
遼は困り顔で、順番に三人の女の子を見た。
いまにも泣きだしそうな顔で唇を噛む杏子と、責めるように遼を睨む琴美に美加……。
「その事なら……」
遼が、事の次第を説明しようとしたとき。
杏子が突然、大きく目を見開いて、声を出さずに何かを言った。
その視線の先、振り向いた遼の前に立っていたのは優樹だ。
「いまの話……本当なのか?」
表情も変えず優樹は言うと、三人の女の子達に目を向ける。
「優樹……ちゃんと説明するから」
慌てる遼に優樹は、少し笑った。
「ああ、後で聞くよ。いまは、それどころじゃ無いみたいだしな」
踵を返した優樹は、足早に遼から離れていった。
すぐに追いかけて説明したかった。しかし、杏子たちを無視することは出来ない。
「誤解してないといいけど、参ったな……横浜の本校に行くのは、君の所為なのに」
呟いて遼は、小さく溜息を吐いた。
【第二部・魄王丸編 完】
こんにちは、作者の「来栖らいか」です。
「私立叢雲学園怪奇事件簿2 魄王丸編」を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このシリーズは第三部「朱雀編」で完結する予定です。本日更新の最終話では、第三部への伏線を少し入れました。横浜本校は「鬼御する者」の舞台になっていますが、たぶん将隆くんや康則くんは出てきません(笑)
あ、でも相馬刑事は出てくるかも?!
優樹と遼は離ればなれになりますが、たくさんのエピソードと事件を用意して二人を活躍させる予定です。応援よろしくお願いいたします。
なお、第三部の掲載開始は、準備があるので年明け一月中旬を予定しています。「続きを読んでやっても良いよ」と思われた方、ブクマなどで更新情報をチェックしてもらえると嬉しいです。
御意見ご感想も、お待ちしています。
第三部を書く力になるので、よろしくお願いいたします。
@らいか
【追記・本文内注釈】
・本編で使用された「菩薩像」「仏師」の単語は、神道と仏教を混同し意味が違うとの御助言をいただき「木彫りの御神体像」と書き換えました。本文内前半ではまだ直していないところがありますが、順次、変更します。




