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私立叢雲学園怪奇事件簿【第二部 魄王丸編】  作者: 来栖らいか
【第一章 秋月湖伝承】
4/42

〔2〕

 パーキングを左に出て湖沿いの白樺並木を暫く走ると、山中に続く小さな側道の入り口に、見過ごしてしまいそうなほど小さな看板が立っていた。

 へッドライトに照らされたそれは〈美月荘〉と読める。

 緒永の車に続いて、アキラも右にハンドルを切った。

 近づくヘッドライトに気が付いたのであろう。車が止まるより早く、初老の男性が小走りに建物から出てきた。

「霧で迷ったかと、心配していたぞ」

「ただいま、父さん。一年ぶりだから、そう思われても仕方ないけど、まさか自分の家を忘れたりしないさ。お客さんを連れてきたよ」

「父さん」と呼ばれた男性は、にこやかに笑って手を差し出す。

 薄いラベンダー色のダンガリーシャツにジーパン姿。長めの白髪は綺麗に後ろに流してまとめ、形よく整えられた口髭をたくわえた、いかにも山荘の主人といった風体だ。

 山歩きと猟で鍛えていると聞いていたが、年齢よりも若々しい精悍な体躯が見て取れる。

「ようこそ『美月荘』へ。私は冬也の父親で緒永満彦と申します、どうぞよろしく」

 差し出された手を、アキラが代表して握った。

「こちらこそ、お世話になります。大勢で押し掛けてしまって申し訳ありません。それにしても本当に良いんですか? 緒永さんの計らいで料金を随分割り引いてもらったんですが……」

「良いんですよ、入っていた予約が直前でキャンセルになりましてね。私どもとしては、かえって助かりました。さあ、早く中にお入り下さい、陽が落ちて寒くなってきました。温かい飲み物を用意いたしましょう」

 遼に起こされて、ワゴン車の連中もぞろぞろと車から降りる。

「あっ、すげぇ! 天体観測用のドームがあるぜっ!」

 突然その中の一人、写真部と天文部を掛け持ちしている一年生、忠見遙斗ただみ はるとが屋根を見上げて叫ぶと満彦が笑顔になった。

「自慢の反射望遠鏡がありましてね、幸い霧も晴れたから今夜は綺麗な星空を観測できます。夕食前に御案内しましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

 はやる遙斗の頭に、バイクから降りた優樹が手を置いた。

「なあ遙斗、俺はどっちかってぇと……」

 途端、遙斗は身を固くして小さくなる。

「天体観測は、夕食後にしようぜ。早いとこ飯を食わせないと、優樹が暴れそうだ」

 佐野の言葉に皆が笑った。

 遼も談笑に加わりながら荷物を車から降ろし始めたが、ふと視線を感じ山荘を見上げた。

 二階の窓から、誰かがこちらを見ている?

「どうかしたのか?」

 優樹が気付いて声をかけた。

「二階に女の人が……」

 訝しげに眉を寄せ、優樹も二階を見上げる。

 誰もいない。

 問いかける優樹の視線に、遼は首を傾げた。

 遼には、普通の人間には見えないものが見える。優樹を始め、何人かの友人達はそのことを知っていた。

 幽霊、とは言いはばかられるが、近いものだ。過去にその場所で死んだ、生き物の残像。焼き付いた意識、想い、そして恐怖……。

 この力を持つが為に、幼い頃から両親を困らせ泣かせてきた。友人に気味悪がられ、虐められ、阻害されて苦しんできた。

 しかし、孤独だった遼を救ってくれたのが優樹だった。

 優樹の母親は、意識のないまま十年以上も大学病院に入院している。遼の母親が看護師として数年担当したことが縁で、優樹の伯父であり現在の保護者である田村と家族ぐるみの付き合いをするようになった。

 正義感が強く体格の良い優樹は、幼い頃から習っている剣道も有段者で常に遼を守ってくれる存在だ。傲らず、差別無く、対等で優しい友人。

 時に煩わしさを感じるほどに……。

「多分気のせいだよ……行こう、皆が待っている」

 何か言いたそうな顔の優樹に背を向けた遼は、荷物を肩に担いで山荘に向かった。

 リビングに荷物を置き、満彦に招き入れられて食堂に入ると五つある四人掛けのテーブルのうちの三つに食事の用意がしてあった。

 テーブル中央の卓上コンロには湯気の立つ土鍋がかかり、食欲を誘う良い匂いをさせている。

「すぐに夕食の支度が出来ますから、部屋は後でご案内します。去年の狩猟期にでかいイノシシを仕留めましてね、いつもはうちのシェフがフランス料理をご用意するのですが、今日は私が腕を振るいました」

 自慢するように、満彦が銃を構える真似をする。

「ボタン鍋はみそ仕立てで、煮込んだ方が旨いんだよ。早速いただこうじゃないか。須刈くん、佐野くん、轟木くん、ビールは?」

「もちろんいただきます」

 冬也が聞くと、間髪を入れずに答えた佐野が苦笑するアキラに目配せした。

「佐野は酒癖悪いから、ほどほどにしておけよ?」

 アキラの忠告に、「大丈夫、大丈夫」と生返事を返し佐野がビールを取りにいこうとすると、いち早く席に着いていた優樹が立ち上がる。

「あー先輩、オレ手伝います!」

「君はダメだ、後輩の前だよ」

 あわよくばと思ったらしく、仲間に加わろうとした優樹を遼がいさめた。

「ちぇっ、おまえ頭固すぎ」

「固くて結構」

「イノシシ、食えないくせに」

「関係ないだろ、そんなこと」

 優樹の嫌みに、遼は顔を赤らめる。

「ああ……そうだった。父さん、遼くんはイノシシがダメなようだから他の物を用意できないかな?」

 やりとりを聞いていた冬也が、ビールを持って厨房から出てきた満彦に向かって声をかけた。

「おお、そうか、それは悪かったね。おい美月、イノシシがダメな子がいるそうだから他の肉を用意してくれるか?」

「あっ、いえっ、食べられます……」

 慌てて否定した遼に、満彦が笑う。

「無理しなくて良いんだよ、山肉が苦手な人は結構いるからね。現に娘の美月も苦手で、シカ肉なんかは見るだけで真っ青になる。カモやウサギは可愛そうだといって口にしないしね」

「それはお父様がいけないんです」

 咎めるような口調がしたかとおもうと、厨房からトレーを持った若い女性があらわれた。

「自家製ローストポークよ。これなら大丈夫かしら?」

 テーブルに置かれたディナー皿には、ワインの香りのアップルソースが添えられたローストポークが、色とりどりの温野菜と一緒に美しく盛りつけられていた。

「あのっ、わざわざすみません。すごく美味しそうだ」

 礼を述べて顔を上げると、白いシャツとジーパンの上から丈の短い黒いエプロンをした優しい顔立ちの女性が、安心したように微笑んだ。

「あっ……」

 窓から見えた女性だ。

「何かしら?」

「さっき、二階の窓から僕等を見ていましたか?」

「ええ、見てたわ。ごめんなさい、兄さんのお客様がどんな方達なのか気になっていたの。気を悪くした?」

「いえ、そんなこと、全然」

 戸惑いがちに答えながら、遼は安心した。どうやらヴィジョンを見たわけではないらしい。優樹も納得顔で、こちらを見ている。

 厨房に戻る美月の背を見ながら冬也は、困ったように笑った。

「美月が小学校三年の時、父さんが山ウサギを生きたまま捕まえてきたんだ。翌日の朝そのウサギに餌をやって、すっかり自分で世話して飼うつもりでいたのに学校から帰るとシチューになっていた。あの子は一晩中泣いて、一ヶ月くらい父さんと口を利かなかったんだよ。しかしどうにか食べるために狩るということを理解してくれて、今では業者の持ってくる肉なら自分で料理する事も出来るようになった。決して口にはしないがね」

 冬也の話に満彦は決まり悪そうな顔をすると、頭を掻きながら姿を消した。

「さあ、さあ、食事にしよう。これ以上待たせたら優樹が暴れるかも知れないからな」

「人のこと、熊みたいに言わないでくれよ。ひでぇなあ、緒永さん。遼、おまえの分は俺が食うから安心していいぞ」

「後輩の分まで取るなよ」

 聞こえ無い振りをする優樹に、遼は苦笑した。

 自分から行動出来ないとき、いつも優樹は助けてくれる。わざとからかうような事を言い、遼の苦手なものを遠ざけてくれたのだ。

 美月が白飯を配り終え、緒永達がグラスを鳴らした。我先にと鍋をつつく優樹や後輩達を前に空腹感をおぼえた遼も、割り切れない感情を振り払って箸を手にした。


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