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私立叢雲学園怪奇事件簿【第二部 魄王丸編】  作者: 来栖らいか
【第五章 覚醒】
30/42

〔4〕

 昨日は轟木の奇妙な力に気圧され、何も言うことが出来なかった。

 疑問は増すばかりだが、何から問い質せばいいのだろう……。 

 迷う遼の出方を伺うように轟木が、静かに口を開いた。

「何もせずに、この地を去るつもりか?」

 眼鏡の奥、研ぎ澄まされた刀身の鋭さを宿した瞳。普段の穏やかで理知的な轟木とは、異質なモノを感じた。 

 高潔な意志と、強大な力による威圧感。魂を射止められる感覚に、身が竦む。

 だが、この瞳に遼は、見覚えがあった。

 優樹が友人同士の無益な争いを諫めるとき、意味無く力を誇示する輩を抑えるときに瞳に宿る光。ただ轟木とは違い、その光は常に暖かく優しかった……。

 言葉の無い遼に替わり、アキラが轟木に詰め寄る。

「あのなぁ……昨夜から何を聞いても無視してたのに、それが開口一番に言うセリフかねぇ? 二人に話があるって言うから、期待してたんだけどな? そろそろ、お前の思惑を聞かせて欲しいんだけど?」

 笑みを浮かべながらもアキラの口調には、抑えた怒りが伺えた。

 アキラのおかげで呪縛から解放され、遼は口を開く。

「僕らに何が出来ると言うんですか、轟木先輩? まさか……妖怪退治をしろとでも? 冗談でしょう、そんなこと出来るわけない」

 遼の反論を鼻であしらい、轟木は優樹に目を向けた。

「また犠牲者が出る……いや、既に出たかも知れないな。それでも放っておくつもりか、篠宮優樹?」

「これ以上、優樹を引き合いに出さないで下さい! 先輩はいったい、優樹に何をさせるつもりなんだ!」

 相手が先輩であろうと関係ない。遼にとって轟木は、優樹だけでなく全ての友人を危険に巻き込もうとする敵にしか思えなかった。

 同じ想いからか、アキラが遼と優樹を庇う様に轟木の前に立つ。すると突然アキラを押しのけ、ベットから降りた優樹が前に進み出た。

「俺に何か出来ることがあるなら……やらせてくれ。これ以上、あの人に恐ろしい真似をさせたくない」

「優樹、君は美月さんを救えない。遅かれ早かれ、あの人は自らの怨念で破滅する。気持ちは解るけど、僕たちには何も出来ないんだ」

 冷たく言い放った遼を、優樹は無言のまま真摯な瞳で見つめ返した。その視線に耐えられず、つい顔を背ける。

「いつも君の言うことは正論だ……揺るぎない正義と、それを行う勇気がある。だけど、それだけで解決できることばかりじゃない。そんなことをしたら君が……」

 同情の余地はあれど、遼は美月に対し冷たい感情しか抱けなかった。これ以上、優樹を傷つけない為に冷然とした態度を取るつもりだった。

 しかし優樹の瞳を直視すれば、決意は脆く崩れそうになる。錯綜する想いを読み取ったのか、優樹が遼の腕を掴んだ。

「解ってくれ、遼。俺は誰かが泣いたり傷ついたりするのが嫌だ……助けられるのなら、俺の出来ることをやりたい。それが、俺が俺でいられる唯一の方法なんだ。本当の自分と向き合うためにも、今までの俺を否定するようなことは出来ない」

「優樹……」

 保身にまわり、計算して行動する事など優樹にとっては意味が無いのだ。

 優樹には優樹のやり方がある。自分らしさを貫きたいという気持ちをサポートするのが、遼の役割かもしれない。

「敵わないな、君の好きにしたらいいよ」

 知らず微笑んだ遼は、重く気負っていた責が軽くなるのを感じた。

 心配には及ばない、優樹を信じて任せよう。悪い方向に、向かうことなどない。

 黙したままの轟木に話の先を求めて目を向けると轟木は、すっと目を細めた。

「意志の力が強くなったな……篠宮優樹が邪念に取り込まれたのは猜疑心や不安から精気が弱くなっていたからだ。内なる闇は自らを殺す。だが今のところ闇に支配される心配はないだろう。おまえの正義感が強いところは、父親によく似ているよ。ただ、それが仇になってしまったが……」

「え……っ?」

 意想外の言葉に、遼は目を見開き優樹を見た。

 轟木の家が優樹の祖父の系列会社だという話は聞いたばかりだが、父親の死についても何か知っているのだろうか?

 しかも、その口振りに何か含みが感じ取れる。

「今やらなきゃいけないことに、親父は関係ないだろう? 俺が知りたいのは、湖の化け物をどうしたらいいかだ!」

 声を荒げた優樹を、再び青白い焔が包み込んだ。

 抑えきれない感情が表に現れるたびに、発せられる焔。

 正体を見極めようと、遼は注視する。憎悪、敵意、苛立ち、それらの中に混ざる悲痛な叫び……。

 優樹が求めているものの片鱗が微かに見えそうに思えた時、轟木が片手を挙げ焔は霧散した。

「そう、気炎を吐くな。今の私では貴様に到底敵わんよ。さて、『蜻蛉鬼』を封じるには二つの条件を成就させねばならない。一つは篠宮優樹の力で成すことが出来るだろうが、もう一つは少し厄介だ」

 これで二度目だ。

 轟木は、優樹を取り巻く焔を打ち消すことが出来るらしい。その上、深刻な話をしながらも楽しんでいるようにも思えた。

『あいつは……轟木だけど轟木じゃない』

 佐野の語った言葉に真実があると、遼は確信した。ならば信用する前に確かめなければならない。

「待って下さい、轟木先輩。先輩は一体、どこから化け物の封じ方を聞いてきたんですか? 先輩の言う方法が、確実だと言い切れるんですか? 確証があるなら根拠を教えてください。どう呼べばいいのか……あなたは轟木先輩じゃない気がする。昨日、あなたが話してくれた『魄王丸』と、何か関わりがあるんですか?」

 遼が言い放った瞬間、ざわりと空気が震え木の枝が裂けるような音が、そこかしこから鳴り響いた。

 空気が急激に重くなり、鼓膜の奥を不快な圧迫感が襲う。

 そして眉間に錐を突き立てられ、脳髄をえぐられるような痛み……。

 薄く笑みを浮かべた轟木の瞳は、眼鏡の奥で朱味を帯びた黄金色に揺らめいていた。

 頭を抱え込むようにしたアキラが膝を折ると、遼も吐き気に襲われ前のめりに倒れ込む。

「遼っ! アキラ先輩! くそっ、何のつもりだっ!」

 激昂した優樹が、轟木の襟首を掴んだ。

「礼を弁えぬからだ……うぬらに呼ばせる名など無い。手を離せ篠宮優樹、貴様はこの連中とは違う」

「ふざけんじゃねぇっ! お前も化け物の仲間だな? 今の俺は、俺の意志で行動している。二人に何かするつもりなら、許さねぇ!」

「ほう、力ずくで止めるつもりか?」

 閉め切った部屋に、風が捲き起こった。

 風はカーテンを引きちぎらんばかりに渦を巻き、壁時計が落ちて砕ける。

 床が壁が、ギシギシと悲鳴を上げ、部屋全体が軋んで揺れ動いた。

 空気中に電気が帯びたように、体中の毛が逆立つ……。

 だが、その中心の二人は微動だにしなかった。

 果たして、この現象は轟木によるものなのか。いや違う、風は優樹を軸に轟木に攻めかけている。

「止め……ろっ、優樹! 挑発に乗るな、君は試されている……」

 やっとの思いで遼が声を絞り出すと、落ち着いた声で優樹が応じた。

「心配するな、俺は大丈夫だ。だけど、こいつの正体が解るまでは手を離すわけにはいかない」

「貴様が縊り殺しても、死ぬのは轟木彪留であって我ではないぞ」

 轟木の言葉に優樹は、ふっと口元を緩めた。

「殺す? 見くびるんじゃねぇよ、俺はもう二度と力に支配されるものか! 直ぐに先輩から出て行け、轟木先輩を俺たちに帰すんだ!」

 渦巻く風が、青い焔になった。

 それは今までのような不明瞭なものではなく、鮮明で美しい焔の柱だ。

 柱は幾筋かに分かれて螺旋を描き、絡みつくように轟木を包み込み、捻りあげ、締め付ける。

「……っ……ぐっ……よせっ、やめ……ろっ! 解った、解ったから頼む……収めてくれ! 我には、まだ伝えねばならん事があるっ! 『蜻蛉鬼』を封じるには、貴様が必要なのだ!」

 苦悶の表情で髪を掻きむしり、悲鳴を上げた轟木を優樹は乱暴に突き放した。

 蒼ざめた顔で蹌踉めきながらベッドに倒れ込んだ轟木に、先ほどの勢いは既に無い。

「仮の依代の身では、やはり敵わん……」

 轟木の言葉に耳も貸さず、優樹は肩を押さえつけると眼鏡を取り去り顔を近づけた。

「さあ教えろ、俺は何をすればいいんだ?」

 憔悴しきった身体をマットに沈め、轟木は深く息を吐いた。

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