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私立叢雲学園怪奇事件簿【第二部 魄王丸編】  作者: 来栖らいか
【第四章 恐慌】
25/42

〔4〕

 ドアが閉じた音で、遼は呪縛から解放された。

 全てが、夢の中で起きたように感じる。アキラや佐野を伺い見れば、同じように狐に撮まれたような顔で戸惑いの色を露わにしていた。

「あれは……轟木だけど轟木じゃない」

 全員の気持ちを代弁し、佐野が呟いた。

「轟木とは一年の時にクラスが一緒でさ、俺が教室で写真を整理してたら山間の古い神社の写真を見つけて場所を聞いてきたんだ。歴史学者になるのが夢で、日本中の神社仏閣や世界中の遺跡を見て歩きたいって言ってた。俺も、そういった写真を撮るのが好きだから、よく話すようになって一緒に写真部に出入りするようになったんだけど……二年生の夏休みが終わってから人が変わったようになってさ。好きなことを諦めて事業を継ぐ為だって知ったのは、少し後になってからだった」

 佐野は言葉を切り、何かを決意するように大きく息を吐いた。

「それでも……それでも俺には解るんだ、あいつの本質は変わっちゃいないって。俺は被写体にレンズを向ける前に、心の中でファインダーを覗く。そうすると何を撮るべきか、イメージできるからだ。だけど話を聞いていた時、ファインダーの向こうにいたのは轟木じゃなかった……」

 俯いた佐野に遼は、掛ける言葉が見つからなかった。

 轟木が轟木でないというなら、いったい何だろう?

 同じ疑問を抱きながら誰も答えられずにいると、小さく溜息をついてアキラが立ち上がった。

「彪留のことは後で考えるとして……秋本、おまえが邪気の正体を知っているなら教えてほしい。俺はおまえの言葉を信じる、だから隠し事はしないでくれ……頼むよ」

「……はい」

 アキラの言葉に、遼の胸は痛んだ。

 自分だけで解決しようとするあまり、大切な友人の信頼をも裏切ってしまうところだった。既に、事態は遼の手に余るところまで来ている。

 優樹を救うためには、助けがいるのだ。

「邪気の正体は……美月さんです。恨みや怒り嫉妬といった怨念が、あの人を取り巻き死の影を作り出している。理由は推測ですが、郷田さんと及川さんにあると……」

「あの人は関係ない!」

 怒気を孕んだ優樹の声に驚いて、遼は言葉を飲んだ。

 だが、新たに怒りが込み上げる。

「まだ、そんなことを言うつもりなのか? 君が暴力の衝動に取り込まれたのは、あの人が……」

「あれは俺のせいだ、美月さんは関係ない」

「優樹、君は信じてくれないのか? 僕には解るんだ、湖から感じる邪気は美月さんを取り巻く邪気と同じものだ」

「おまえに、何が解るんだよ! いったい俺の……何が……解る……!」

 身を震わせ、言葉に詰まった優樹を見てようやく遼は理解した。

 優樹は恐れている、制御できなくなった自分を。

 そして誰かの責任にして逃れようとする事が、許せないのだ。

「俺は……人を殺すところだった。美月さんのせいじゃない……自分の中にある衝動が、いつか抑えられなくなると思っていた。俺はどこかでいつも、力を奮いたがっていたんだ。暴力の衝動を解放した時、俺は確かに喜んでいた……殴られた時も殴った時も喜びで身体が震えたんだ。どうかしてる、おかしいんだ、俺は……俺は……」

 優樹のベッドに腰掛け、遼はその肩を抱いた。

「大丈夫だ、優樹。君は決して、力に飲み込まれたりしない」

「無理だ……もう俺には抑えきれる自信がない。きっと誰かを傷つける、取り返しの付かないことになる。そして誰もいなくなるんだ……俺の傍から……」

 深い、深い孤独が胸に染み込むように伝わってくる。

 優樹が自らを覆っていた壁の正体を、遼はやっと知ることが出来た。

 衝動を抑えられなくなった自分が、見捨てられる事への恐怖。必要とされなくなる事への、喪失感。

 壁への入り口は、見つかった。

「無理じゃない、君には出来る。君は、必ず君のままでいることが出来るよ」

「なんで……お前にそう言いきれるんだよ?」

 遼は両手で優樹の肩を掴み、屈したままの上体を起こした。

「顔を上げるんだ優樹! 君は一人じゃない、僕が一緒に戦う。だから何があろうと君は負けない、自分を信じるんだ」

 顔を上げて、優樹は遼を見つめた。

「俺が……怖くないのか? 傍に、いてくれるのか?」

「あたりまえだ」

 言葉もなく、優樹は唇を噛んだ。まなじりに溢れそうになるものを堪えているのだ。

 優樹の涙を遼が見たのは、父親を亡くした時だけだ。

 今まで、いったいどれだけのやりきれなさと涙を堪えてきたのだろう。

 もっと早く、気付いてあげれば良かった。

 他人の内面にふれ、踏み込むことが怖かった。

 優樹の孤独の原因は、他にも奥深い所にあるような気がしたが、必ず突き止めて入り口を開けてみせる。

 一人で戦わせはしないと、遼は決意した。

「僕はもう迷わないよ、優樹。何が来ようと恐れはしない、僕は君と一緒だ」

 優樹は無言で、肩に置かれた遼の手に自分の手を重ねた。

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