〔7〕
ボートに荷物を置いた美月は、遼と優樹、杏子を島縁に添ってコンクリを打った細い道へ案内した。
「所々、路肩が崩れているから気を付けてね」
言われてみれば確かに幅が一メートルもない道の所々は崩れ、場所によっては飛び越さなくてはならないほどの亀裂がある。
歩き慣れた様子で先に進む美月は度々立ち止まり、おぼつかない足取りの三人を待った。
桟橋から左手に回り込んで五・六分歩くと、コンクリの道は石を組んだものになった。ゴツゴツとして歩きにくく、隙間に生えた雑草で足下が見えにくい。
「アキラ先輩や遥斗たちも、洞窟まで行ったのかな?」
軽々とした身のこなしで、いつの間にか美月を追い越した優樹が後方の遼に向かって叫んだ。
「さあ、どうかな? 僕は、なにも聞いてないけど」
すると美月が代わって答える。
「彼等は洞窟まで案内しなかったらしいわ」
「何だそうなのか……轟木先輩が喜びそうな所なのに、がっかりしただろうな」
立ち止まった優樹に追いついて、遼は首を傾げた。
「轟木先輩が?」
「ああ、古い史跡や謂われに興味があって、考古学者になりたかったんだってさ」
すると追いつくのに必死だった杏子も立ち止まり、呆れ顔で優樹を見た。
「もう、そんな心配するなんて、お人好しもイイトコねっ! だいたいねっ、あたし轟木先輩があんな人だったなんて思わなかった。おかげで昨夜は……」
「うるせぇよ杏子、それはもういいんだ」
杏子の言葉を遮り、ふい、と顔を背けた優樹は大きく跳躍すると、あっという間に先の岩陰に姿を消す。
「何よ……バカ! 心配してあげてるのに……」
杏子の脹れっ面に、遼は笑った。
優樹のせいで島に着くまで不機嫌だったのに、もう忘れているらしい。そんな素直で優しいところに、つい惹かれてしまう。
自分は杏子に惹かれている……?
意識し始めた途端、今までの言動や行動が別の意味を持って脳裏に浮かんだ。
優樹の部屋を頻繁に訪れるため杏子ともプライベートな時間を共有する事が多く、食事時にグラスを取り違えた事もあるし深夜まで二人きりで映画のビデオを観ていた事もある。
甦った記憶に妙な緊張感を覚えて遼は、迂闊にも石の隙間に躓いてしまった。
「う、わっと!」
焦り体制を整えたところに、声に驚いた美月が心配して振り返った。
「大丈夫? 少し疲れたかしら、顔が赤いわ」
「あっ、平気です! 何でもありません」
心配する美月に、遼は平静を取り繕う。
「洞窟は、あの岩陰にあるの。下に降りる足場が悪いから、気を付けてね」
美月の呼びかけで我に返った遼は、注意深く足元を見た。
石を組んだ道は突然とぎれて、五メートルほど下の砂地へと飛び飛びに大きな岩が続いている。
優樹は一足に降りたようだが、気を付けないと踏み外して痛い思いをしそうだった。
慣れた所作で足場を選ぶ美月を追い、遼は最初の岩に飛び移った。
「えっ、ちょっ……待って、遼くん……恐い……」
最初の一歩がどうしても踏み出せず、置いて行かれた杏子が助けを求める。
「杏子ちゃんから見て左手の平らなところに一度降りてから、右の岩に渡って……そうそう、それから下の岩に降りてから今度は斜め左下にある岩に下りてごらん」
膝を屈めた低い姿勢から、杏子は恐る恐る最初の岩に飛び移った。そして言われたとおりに足場を捜し、最後の岩に飛び移る。
「きゃっ!」
が、バランスを崩して蹌踉めき落ちそうになった身体を、遼が咄嗟に受け止めた。
「あっ、ありがと……」
「えっ……うん」
ボートに乗る時にも手を貸した。しかし、その時は感じなかった全身が熱くなるような感覚に戸惑う。
「遼、早く来いよ! 結構でかい洞窟があるぜ!」
「いま行くよ!」
急かす優樹に返事をしてから小さな深呼吸で動悸を収め、遼は辺りを見渡した。
波打ち際は地中から隆起した岩石が連なる無機質な景観で、普段見慣れている海辺の岩場とは違い、生の気配がまったく感じられない不気味さがある。
通ってきた道や祠に続く石段と同じ黒っぽい色をした岩が随所に突きだす砂地は二十メートルほど先で同じ色の一枚岩に突然遮られ、まるで黒い屏風のような切り立つ岩肌に裂け目のような大きな穴が開いていた。
前に立つ優樹の背丈から換算すると高さは三メートル強、横幅は広いところで二メートル弱といったところだろう。しめ縄が張られた奥は暗く、冷たい風が吹き出してくる。
「『秋月島』は、花崗岩の一枚板で出来ているらしいわ」
美月の説明に、遼は頷いた。
「この地域は火山帯ですからね、浅間山の噴火で隆起したとすると一番古い記録では西暦で六八五年ですから、この島もかなり古いものかもしれないな」
「さすが遼くん、博識ね!」
杏子が感嘆の声を上げると優樹が、つまらなそうな顔をする。
「ちぇっ、こいつ役にも立たない知識を集めるのが趣味なんだよ。それより中に入ってみようぜ、結構奥が深そうだ」
「ダメだよ優樹! しめ縄が掛かってるもの、神様のバチが当たるよ」
さすがに跨ぐ事は気か引けるのだろう、しめ縄を掴んで持ち上げた優樹を慌てて杏子が止めた。
「平気だって! 俺はそんなモン信じないから問題なし。バチっていうのは信じてる人間にしか当たらないんだぜ。それに……立ち入り禁止って訳でも無さそうだ。ほら、中にある祠に花が飾ってある」
言われて洞窟の中を覗き込んだ遼は、先の見えない暗闇の手前にある小さな祠に気が付いた。優樹の言うように、飾られた花はまだ新しい。
隣で疑わしそうな顔をしていた杏子も、屈み込んで首を傾げる。
「あっ、ホントだ……。でもそれは、管理を任されてる美月さんが……」
「私じゃないわ……あの花は、郷田君が供えたのよ」
「えっ? 郷田さんが?」
何故と問いかける瞳で、杏子は美月に向き直った。
「……郷田君は、八年前に恋人をこの湖で亡くしているの」
「恋人を? だって郷田さんの恋人は……」
寂寥を湛えた瞳で、美月は杏子から祠にと視線を移した。




