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私立叢雲学園怪奇事件簿【第二部 魄王丸編】  作者: 来栖らいか
【第三章 衝動】
16/42

〔3〕

 胸に去来した恐怖の感情、それを否定できる材料を遼は必死に捜した。

 優樹が抑え込んでいるものこそが強さの理由であり、また、弱さになりうるものに違いなかった。

 弱さを補う事が出来るのは遼だけだと、アキラに言われたことがある。

 自信は、なかった。だが日下部のような得体の知れない男の言葉に、惑わせられるものかと思う。

『気を付けることだな、あの男の強さは諸刃の剣だ。使い方を間違えたら……破滅する』

 繰り返し頭に浮かび、どうしても振り払う事の出来ない言葉。

 諸刃の剣が意味するもの、優樹の強さが他に向けられる時を日下部は暗示しているのだろうか。

 破滅とは、なんだ?

 あり得ないと自戒しながらも、漠然とした不安が常につきまとう。

「……ねっ、遼くんも、そう思うでしょ?」

「えっ? ああゴメン、何だっけ?」

 呼びかけられて我に返ると、話を聞いていないと知った杏子が不機嫌そうに口をとがらせた。

「もう、だからぁ、美加のために力になってあげたいの。あの子が来た目的は、美月さんのお菓子作り教室だけじゃなくて、そのっ……」

 口籠もる、その先を察して遼は微笑む。

「知ってるよ、優樹だろう?」

「……そう、そうなのよ!」

 気持ち顔を赤らめ、杏子は胸を撫で下ろす仕草をした。

 杏子以外の女子は、朝から『美月荘』の菓子作り教室に参加している。シェフの郷田と美月が教える菓子教室は、この地域で人気があるらしく旅行雑誌にも紹介されていた。

 ぬいぐるみや、編み物など手芸好きの杏子と違い、料理好きの三人にとっては魅力的なオプションだ。中でも牧原美加は特に菓子作りが好きで、この教室を一番楽しみにしていた。

「美加、いまごろ張り切ってるんじゃないかなぁ。さっきも言ったけど、優樹は鈍いヤツだから遼くん、それとなく伝えて貰えないかと思って」

「ええっ……と、そういった話はあんまり得意じゃないなぁ。なんとか心掛けておくけど……でも、優樹は食べ物につられやすいから、案外うまくいくかもね」

「あはっ、あたしもそう思う!」

 屈託なく笑って杏子は、遊歩道に置かれた丸太造りのベンチに腰を下ろした。

「あたしと違って大人しくて、お喋りでもない美加が優樹の事になると良く話すんだ。帰り道で見かけたとか、グラウンドで走ってたとか、朝挨拶されて嬉しかったとか……。そんなに気になるなら、あたしが気持ちを伝えてあげるって言ったんだけど、絶対にやめてって言うんだよ。見てるだけでいいんだって。今の優樹は、何か他に気にしてる事があるみたいだから、自分の事で煩わせたくないって言うんだけど……」

 どきり、と、遼の心臓が反応する。好きな男の子を、女の子は良く観察しているのだ。

「そうだね……入院してる、お母さんの事とか。横浜の本家の事、進路の事……気持ちに余裕が無いのかも知れない」

「そっか、優樹でも悩む事あるんだ」

「……多分ね」

 遼が、いたずらっぽく笑って肩をすくめると杏子も、つられて笑う。

「健気な美加の事だから、気長に待つつもりなんだろうなぁ……あたしには無理かも」

 杏子に見つめられて遼は、焦って目を逸らす。

「でも、牧原さんのケーキは美味いって言ってたよ」

「ふふっ、美加ってば最近腕を上げたもん。優樹も、つられちゃうよねっ。……遼くんは何かに、つられちゃったりする事ある?」

 思いもよらない事を小さな声で尋ねられ、遼は視線を戻した。すると今度は杏子が目を逸らすように俯く。

「……そっ、そうだな……僕は何かにつられたりはしないけど……」

 どう答えたら良いのか解らず、遼は言葉につまった。

「あっ、ゴメン、つまんないこと聞いちゃって……」

 俯いた杏子の耳が赤いのに気付いて、遼の胸に温かな物が広がり鼓動は早くなった。

 もしかして自分に好意を抱いているのかな、と、思う事が何度かあったが確信は持てなかったし、よもや聞いてみる事など出来ない。

 むしろ遠慮なく言いたいことを言う優樹に対して、好意があるのかと思っていた。それは従兄弟で幼なじみだからであって、好き……とは違った感情なのだろうか?

 長い時間、他人の事を避けてきた。

 人に見えない物が、見える力。気持ち悪がられる事に不安があって、今まで女子はおろか男友達さえつくらなかった。だから杏子の事は気になるし可愛いと思っても、それ以上の感情を抱く事には躊躇いがあったのだ。

 ヴィジョンを見る力を杏子は知っているが、口に出した事は一度もない。

 触れてはいけないと、思っているのだろうか? それともやはり、気味が悪いと思っているのだろうか……?

 錯綜する思考を、遼は一度閉じた。

 考えすぎる性格に辟易しながらも、こんな場合は特に答えが出せない。

「えっと、そのっ……だけど、何に対してもひたむきで、一所懸命な人には惹かれるかな」

 そう答えるのが精一杯だった。

 杏子は顔を上げ、真っ直ぐな瞳で遼を見た。

 遼も視線を逸らさず受け止める。

 鼓動がやけに大きく耳に響き、外にまで聞こえたらどうしようかと戸惑った。

「……それって、やっぱり優樹の事?」

「えっ?」

 意想外の言葉に、遼は目を見開く。

「確かに優樹は単純で馬鹿だけど、いつだって前向きで一所懸命だもんね。昨夜、轟木先輩に言われたことで、今日は何だか元気がなかったみたい。横浜の家のことは一番言われたくないんだって、あたしも知ってる。でも厭な事を表に出さないで、いつも無理してるようなトコがあって……」

 どうやら伝えたい気持ちは、伝わらなかったようだ。

 遼は解らないように小さく溜息をついて、笑顔を作った。

「……そう、だね。心配してるの? 優樹の事」

「ちょっとだけ。一つしか年は違わないけど、世話の焼けるお兄ちゃんみたいに思ってるんだ、ちっちゃい時は結構頼りにしてたし。今なんか、あたしの方がお姉ちゃんみたいだから、優樹の事を代わりに心配してくれる女の子がいれば、あたしだって……あのねっ……」

 収まりかけていた鼓動が、再び高鳴る。

「あたし……」

「遼! 此処にいたのか! なんだ、杏子も一緒なら丁度いいや。美月さんが、これから湖の中島に渡るっていうから誘いに来たんだけど、行くだろっ?」

 しかし、遊歩道の上にある車道から大声で呼びかける優樹の声に、杏子の言葉は遮られてしまった。

「……優樹の、ばかぁっ!」

「ええっ?」

 杏子に叫び返され目を白黒させた優樹を、遼は笑うより仕方がなかった。




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