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ブラッドリーじいさんの苦笑

作者: 藤出雲

映画は、アヤの人生の中でとても大きなウェイトを占めている。

今日のファッションだってそうだ。

黒ベースに、赤、青、緑の花柄が散りばめられたプリントのブラウスだって、ボリューミーで幅の広い白く張り感のあるロング・スカートだって。

これは「フェンネルシードのレイリー(Fennel Seed Tea)」に主人公「レイリー」役で出演していた、イギリスのレイチェル・ブラウン(1960年代前半に活躍し、50~60年代ポップ・ファッションのアイコン的存在だった女優。38歳で事故死している)を意識している。

腰を締めている太めのコルセットだって勿論そうなんだけれど、これは、黒い牛革のシンプルなものにしたのはちょっと今風に、アヤなりにアレンジしてみたものだ(映画に出て来た衣装は、ナチュラルブラウンでフリンジがあしらわれていた)。


フィンランドの田舎村に一人引っ越して来たレイリーは、花柄の洋服が大好きな、でもどこか影を持った女性だった。

その、穏やかな性格で村の人達とは次第に仲良くなっていくが、彼女がたった一人で此処に来たのには理由があった。


「あれって、確か…」

アヤが、友人とお喋りした後(最近は会う度に別れた男の悪口ばかりだ)に別れてから夜食にと、テイクアウト専門のサンドイッチショップで買った「ふるうつサンド」(このレトロな名前が、アヤのお気に入りだ)のパッケージを開きながら、思い出す。

ふるうつサンドは、たっぷりの生クリームと新鮮で爽やかなストロベリーが挟んである。指に触れるパンの感触が、ふんわりとしていて心地良い。


レイリーは、望まれなかった子どもとして生まれ育ち、そして自身が生んだ子どもも早々に亡くしていた。

心の傷というものを癒す為に、これ迄の生活から全てを忘れる為に、此処に移ってきたレイリー。

彼女が引っ越してきた夏が過ぎ、秋の風が刺すみたいな感触を与え、そして退屈が町中に充満する冬。

マイナス20度になる時もある「動かない季節」に、彼女は隣に住むブラッドリーのおじいさんと一緒に、雪で何も出来ず、家に籠るだけの村の子ども達の為に人形劇をしようという話になり、人形を手作りし始める。

木製の舞台を作るのは、ブラッドリーじいさんだ。

二人はお互いの家を行き来しながら、創作しながら、そして暖炉の前で一緒にお茶をしながら、色々な会話を重ねていく。

ブラッドリーじいさんの奥さんが病死した時に、喧嘩別れして都会で別居していた息子夫婦は、孫三人と共に此処に来なかった事。

愛犬のコーギー、ファニーはもうおばあちゃんで、余りご飯を食べなくなってきている事。

彼の家の居間の壁にかけてある写真は、若い頃にレストランを経営していた頃のものだっていう事。

ほら、その時の名物だったものだよ、と作業の休憩に出してくれたのが、生クリームがどっさり乗ったシンプルなパンケーキと、フェンネルシード・ティー。

フェンネルシードが此処の名物なのかどうかはレイリーにはわからないが、独特の甘味と苦味が、生クリームには合っていて、寒いこの時期には最高の組み合わせである事に笑顔になった。

少しだけ、ストロベリー・ジャムがパンケーキに添えられている。


生クリーム。

ストロベリー。

シンプルなパン。


パンケーキとの違いはあるけれど、アヤはレイリーみたいな気持ちになりながら、サンドイッチを口にした。


レイリーはきっと、ブラッドリーじいさんと一緒に食べたパンケーキとフェンネルシード・ティーが心にしみたに違いない。

人形劇の準備が終わり、二人で手刷りの広告を作って、村の子ども達をブラッドリーじいさんの家に招く。

子ども達の喜びの声。

子ども達の親だって、拍手を送ってくれた。

暖炉の薪が、パチパチと音を立てている。

その直後に、胸を押さえて倒れるブラッドリーじいさん。

彼は、ファニーより先に逝ってしまう。

残されたファニーと共に、明かりの消えたじいさんの家で二晩を過ごしたレイリーは、人の生きる事と死ぬ事を考える。

それから逃げる為に、此処に来たのに。

ファニーが、心配そうに寄り添う温かさは、何故か悲しく感じた。


生クリームもいらないよ、暖かいお茶だって。

だから、もう一度、あの白い髭を揺らしながら笑って。


消えかけた暖炉の前で毛布にくるまって、昔を思い、じいさんを想い、レイリーは泣き続ける。

見守るのは、二人で作った人形劇のセット。

ファニー。

そして、じいさんのキッチンの、ガラス瓶からほのかに香るフェンネルシード。


今日アヤは、お喋りしていた友人から、色々と話を聞いた。

いつも聞いている。

いつだって。

その時間は、嫌いじゃない。

ただ、考える。

レイリーみたいに。

この子と過ごす時間は何なのか。

かけがえのない、限りある時間。



私は、どんな存在だったのかな?



誰にとって?とは、レイリーは言わなかった。


「私は…どうなんだろうね」

ストロベリーと生クリームを飲み込んで、苦笑するアヤ。

多分、アヤは人形劇のセットだ。

ファニーだ。

フェンネルシードだ。

其処に在るのだ。

内容は置いておくとして、友人の話を聞いた後にふと思った事は、そんな感じ。

物思いにふける時の格好の付け方だって、映画から学んだのだ。


ブラッドリーじいさんは、もう居ない。


レイリーが、それからどうなったかって?


そういえば、さっき別れた友人にも聞かれた事があったな。


「映画のラストは、自分で実際に見てみなくちゃ」


アヤは、映画の事を話す時だけは、友人に意地悪っぽい笑顔を見せるのである。


携帯電話が震える。さっきの今で、もう友人から連絡が来た。


「さて、仕方ないね」


ブラッドリーじいさんが、少しだけわがままを言ったレイリーに苦笑した時の台詞を真似ながら、アヤは電話に出た。

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