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マイペースあきら君の日常な非日常

あきら君は今日も通常運転でお送りいたします ~古よりの呼び声~

作者: 小林晴幸

 もうすぐ母の日、ということで……

 皆様お待たせいたしました。

 昭君シリーズ、遂にとうとう一家のお母さん編でございます。

 ……さりげなく設定の盛られまくったお母さん、その全貌が明らかに!?


 ※こちらシリーズ物の短編になります。これだけ読んでも意味不明!という方には同シリーズの他の作品を読んでいただければ幸いです。





 それは、昭君が小学生の時。

 国語の授業の一環で、討論(ディベート)の練習みたいなことをやった時のこと。

 クジ引きで二手に分かれた小学生達に投じられた議論のテーマは、『この世にTVゲームは必要か否か』。

 教室は、言葉の戦場と化した。

 担任の先生が、互いの意見を押し付け合って喧々囂々、喧騒に満ちた空間と化した教室で声を張り上げて言った。


「皆さん、人が喋っている時に遮ったり、他の人の発言を邪魔しちゃいけません! ちゃんと人の話が終わってから、順番に喋りなさい!」


 とある公共の電波の向こうで、定期的に討論を繰り返す大人達に聞かせてやりたいな、と。

 そう思った二年前。




   あきら君は今日も通常運転でお送りいたします

        ~ 古よりの呼び声~




 とある五月の日曜日。

 世間様では『母の日』と呼ばれる日のこと。

 三倉家四兄弟の末子にして長女の明ちゃんが、朝食の席で家族みんなにこう言った。

「今日は母の日だから、お兄ちゃん達、ママの代わりに皆で家事を代わってあげよ!」

 その声に、特に反対意見は上がらない。

 何故なら三倉家では、半ば毎年の恒例行事と化しているからだ。

 今年、家事の役割分担は明ちゃんの独断と偏見によって決定した。

「正お兄ちゃんと和お兄ちゃんは家の中とお庭のお掃除! ご飯は昭お兄ちゃんの担当ね。パパと私はお洗濯と、ママへのプレゼントのお買い物! ママは一日ゆっくりしていて?」

「夕飯凝るから、お昼は手抜きで良い?」

「美味い夕メシ頼むな、昭!」

 さりげなく兄弟の中で一番炊事が得意なのは昭君だ。

 食欲が絡むと割と素直にマメさを発揮する。

 昭君の料理の腕を知っているので、お兄ちゃん達もご飯の用意は三男にお任せしきり。

 彼らは家の中を三々五々散り散りに、それぞれの仕事に取り掛かった。


 家の中は大掃除。

 庭も纏めて大仕事。

 お兄ちゃん達は日暮れまでに片付けようと、甲斐甲斐しく働き通す。

 一家の父である大さんは、愛娘と一緒にお洗濯だ。

 布団もしっかり天日干しすべく、それぞれの部屋から掻き集めた。

 取り込むまでの、数時間。

 空いた時間を使って父と娘は買い物に出かけた。

 お求めの商品は一家の母、治さんへの贈り物。

 今年は彼女の好きなタルト専門店の新作と、それから何か記念になるような雑貨を探しに街へ出発だ。


 そして家の中には。

 台所で夕飯の下ごしらえに耽る昭君と、自室でゆっくりすることに決めた母だけが残された。

「ふぅ……有難い事でおじゃります。久々にゆっくり、香でも合わせて…………」


 そして、事件は。

 自室に引っ込んだ母に直撃特攻をぶちかました。


「ひ・め・さぁまぁぁああああああっ」

「!?」

 

 勢い込んで、窓の障子をぶち破ってコンニチハ!

 ぎょっと目を剥く母は、九体の謎の物体とエンカウントした。

 それらはそれぞれ、全長五十cmばかりの大きさで。

 四等身のヒト型をしていたが、どう見ても人ではなかった。

 のっぺりとした、陶磁器の様なツルリと白い顔。

 そこに墨で書いたと思しき、謎の図形と古代中国を思わせる象形文字が絶妙のバランスで配置されている。

 ヒト型をしているからか、一応とばかりに着せかけられた服は……アレに似ていた。


 聖徳太子。


 飛鳥のカヲリが隠しようもなく漂う、古代日本の束帯姿だ。

 九体それぞれが色違いの衣装を着ているので、とってもカラフル目に痛い。

 黒・青・白・緑・赤・橙・青・水色、そして黄色。

 乱入してくるにしても、もう少し色味を落とした衣装を用意できなかったものか。

 このどこからどう見ても不審というか、怪奇というか、面妖な人外さん達。

 率直に言って妖怪疑惑濃厚です。

 

 だがしかし!

 三倉家のママさんは、この面妖な九体の正体を知っていた。

 知っていたが……彼女にとって、それらは『この時代』に現れる筈のない物体であった。

 ぎょっと目を見開き、よろめきかけながら。

 思わず箪笥に縋りついてママさんは物体共の正体を口にする。


「そなたら……兄君様の傀儡が、何故此処に!?」


「おお、姫様! 御迎えが遅くなり申し訳御座いませぬ!」 

 わらわらわらわら。

 九体の物体は、ママさんの周囲に纏わりついて絡みつく。

 小さなおててを伸ばし、喜色に満ちた声を上げる。

 その姿は有態に言って、不気味だった。

 何処のホラー特集ですかという感じだ。

 サブタイトルを付けるなら、きっと「呪われた人形の~」とかソレ系だろう。

「そ、そなたら……何故に」

 狼狽する、ママさん。

 ぶっちゃけ狼狽するのも仕方のない光景が傍目に広がっている。

 窓の障子をぶち抜いて現れたブツ共は、遠慮がない。

 距離感など考えることもなく、突破するには踏み潰す他にない包囲網を築いて詰め寄って来る。

「おう、おおう、おう……我らの姫様じゃ。確かに姫君様じゃ」

「随分とお探し申し上げました」

「よもや、このように遠き時の果てに流されておいでとは……」

「ああ、おいたわしい。おいたわしいですぞ、姫様」

 九体のブツが、一斉に嘆きだす。

 正直に言おう、煩いと。

 奴らは顔をしかめて騒音に耐える『姫様』には全然気付かない。

 気付かないまま、傀儡と呼ばれた非生物共は好き勝手に喋り続けた。

 全く心の休まらない母の日が治さんに襲い掛かる!

「さ、姫様! いつまでもこのような場所におられることはありませぬ」

「兄君様……御当主様も、姫様のお帰りを随分とお待ちですぞ!」

「帰りましょう、帰りましょうぞ」

「何、案じることは御座いませぬ」

「姫様を時の彼方に飛ばした天狗は、とうに御当主様が調伏なさいました」

「天狗の力を奪い、帰り道も確保済みですとも」

「我らについて来て下されば、水が湯になる程の間に御当主様の元へ御戻りいただけますぞ!」

「な……っ」

 口ぐちに同じ声音で喋る、傀儡達。

 その言葉に、ママさんの顔はさっと青ざめた。

 いま、この物体共はなんと言った?

 戻る? 帰れる?

 それは……千年を超える時の向こうに?

 とうの昔に諦め、既に過去のことと割り切った、あの頃に?

 自分はもう、随分と……あの頃とは変わってしまったというのに。

 もう、あの頃の…………過去の自分とは、決別したというのに。

 今の自分は三倉 治。

 彼らの知らない、全く違う存在。新しい『自分』だというのに。


 全てが懐かしい790~800年代。(780年代生まれ)

 真新しい帝の都。 

 しかしそれらは……今では三倉治と名乗る黒髪麗しき主婦にとって、全ては過ぎ去り終わりを迎えた『過去』だ。

 もう今更、あの頃に戻りたいとは思わない。

 例えこの時代にはいない……亡き兄が待っていようと。

 例え崇め奉った神の古木が、あの時代であれば健在であろうと。

 例え自分を姫と慕った、里人達が自分を待ち続けていようとも。

 それらは全て、滅び消え去った過去。

 過去を今になって取り戻したいとは思わない。

 何故なら。


 自分にはもう、それに代わる……いや、『過去』以上に大切な。

 何にも代え難い、三倉治(いまのじぶん)になってから手に入れた大切な宝物があるのだから。


 夫とか、子供とか、帰る場所とか。

 そういった、今の自分だからこそ手に入れられた宝物(しあわせ)が。


「黙りゃ!」

「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」


 縋りつく人形共の手を振り払い、久しく忘れていた『姫君』とは違う表情(かお)で。

 魑魅魍魎共を調伏する為、兄と共に都の大路を駆け抜けた巫女時代とは別の厳しさを滲ませて。

 彼らが姫と呼ぶ、御年4×歳の人妻(四児の子持ち)は人形共を睥睨した。

「妾は帰らぬ! 此方の世こそ、今の妾の帰る場所。妾はこの時代に残ると決めたじゃ!」

「な……っ」

「な、な、ななな!」

「何を仰いますのか、姫様!?」

「帰らぬなどと戯言を……お戯れが過ぎますぞ!」

「姫様が、姫様が乱心してしまわれた! これも全て天狗の所業か!?」

「何故、なにゆえ、残るなどと仰るのです!? 姫様は我らをお見捨てになるのか……」

「兄上様がお許しになりませぬぞ!」

「そう、そうです! そうですよ、姫様! 御当主様がお悲しみになります!」

 見ていればうっすらわかることだが、どうやら人形共には『加齢』という概念が今一つ理解できていないらしい。

 現に今も、目の前の『姫様』が彼らの知らない時代を重ね……立派な熟女(マダム)となっていることにも気付いていない。もう彼らの知る清らかで若々しい未婚の『姫様』などどこにも存在しないというのに。

 目の前の同一人物たる女性が、別の生き方を獲得してお姫様とは別のナニかに進化したことなど考えもしないのだろう。

 今更、説得など無意味。

 彼女の過ごした現代での2×年は、彼らの誘いなど既に無価値同然に暴落させている。

 今の彼女にとっては、過去への回帰など意味も価値もないものだ。

 だって、それよりももっと大切で手放し難い『普通の幸せ』を手に入れたのだから。

 それに今更帰っても、本当にもう今更だった。

「そなたら、妾をよう見やれ。今の妾はもう『穢れなき乙女』とは言えぬ。……一族の巫女として神に仕えることも、魑魅魍魎共と渡り合うことも出来ぬ」

「!?」

「何を仰いますのか、ひm……っ」

「妾はもう立派な人妻じゃと言うておるのじゃ! 父君や兄君にお仕えするにはとうに遅かろう。今の妾はただただ夫と子供に尽くすのみ。それこそが妾の幸せであり、世の道理というものじゃ」

「ひ、姫様が人妻ーー!? しかもお子まで!?」

「そんな、いつの間に!」

「そなたらの迎えの遅れた二十数年の間に、じゃ」

 治さんがそろそろ理解の鈍い人形共をどうやって追い返すのか……頭痛に頭の巡りも鈍くなり、いっそ叩き壊して証拠隠滅を図ろうかと考え始めた頃。

 

 いきなり治さんの部屋の襖が、がらっと開かれた。


「!?」

 首を巡らせて室内で帰る/帰らないの問答を繰り広げていた全員が音の発生源に首を巡らせる。

 治さん的に、そこにいるのが自分の素性を承知している夫であればセーフであったのだが。

 だが、ああ無情。

 そこにいたのは治さんの素性を知らない(筈)の、愛息子が一人。

 襖を開けたままの姿勢で、廊下から昭君が室内を無表情に見ていた。

「昭殿っ? こ、これは、その……!」

 動揺が現れ、母の唇が震える。

 自分を見つめる母の眼差しに息子はひとつ頷きを返し、口を開いた。

「母さん、夕飯のおかずに冷蔵庫の牛肉使いたいんだけど」

「昭殿!? え、牛……?」

「ローストビーフにしようと思うんだけど、グレイビーソースと和風おろしのさっぱりソースのどっちが良い? 他にオレンジのソースも作れるけど、リクエストは?」

「え、えっと……昭殿の作りやすいもので構わないでおじゃる。あ、お鍋に作り置いたコンソメが……」

「うん、それはスープに使わせてもらう。明がジャガイモのポタージュが良いって言ってたけど構わないよね」

「今日は昭殿にお任せする、と決めているでおじゃる。好きなようにしてくりゃれ」

「うん。わかった。それじゃ僕、下ごしらえの続きがあるから。どうぞごゆっくり」

 そう言って、昭君は自分が開いた襖をすーっと音もなく閉めていく。

 呆然と母はそれを見守っていたが、閉じきる寸前にハッと我に返った。

「ちょ、ちょっと待……この室内の有様を見て、言うべきことは他にないのでおじゃるか!?」

 もうちょっと周囲に関心を持とう!

 家族からも常々注意していたはずだが、どうやらこの三男には中々その習慣が根付かないらしい。

 今も母の抗議の声に呼び止められたと判断してか、首を傾げながら襖をもう一度開いて室内を見る。

 室内の右を見て、左を見て、それから母を見て。

 昭君は首を傾げた。

「ポプリの匂い変えた?」

「確かに変えたでおじゃる。変えたでおじゃるが……そこではなくの?」

「他に特段変わったことはなさそうだけど」

「この状況を見て断言するのでおじゃるか……」

「何かあった?」

「足元ー! 下、下、足元を見て言うでおじゃる!」

 わーなんだこいつーわー!わー!

 そんな無機質な掛け声も元気に、九体いた物体の内半数近くが昭君に接近していた。

 自分達の姫様との交渉中に乱入してきた侵入者とでも判断したのだろうか。

 しかし今は誰からも攻撃許可が下りていない。

 危険な道具には安全装置が付き物だ。

 主、あるいはその代理人による許可がない今、九体のブツに大した戦闘能力はない。

 結果、四体のブツは子供よりもちっさなお人形のおててで昭君の膝元をぽかぽか殴り始める。

 それも発泡スチロールで叩かれた程度の威力しかないのだが。

 母親に促され、昭君はそんな物体達の珍妙な動きを少しの間見下ろしていた。

 だけどすぐに興味を失い、見るべきものはないと母親に目を合わせる。

 それから頷いて、こう言った。

「これ、料理の手伝い要員に借りて良い?」

「疑問は皆無でおじゃるか昭殿!?」

 平然とした態度で、得体の知れない謎の物体をさらっと料理という神聖な作業に加えようとする昭君。

 そいつらに手伝いをさせたら、そいつらの手がかかった食物を食べることになってしまうんだよ? 良いのかい?

 昭君は、一般家庭のお子様であれば気にすべきことを全て軽やかにスルーしていた。

 お母さんの方がむしろ昭君の無関心ぶりに吃驚(びっくり)だ。

 両者の間に、いま明確な温度差が生じている。

 母の頬を、すぅっと冷汗が伝い落ちていった。

 その様子を見て、何と思ったのか。

 この不思議な状況を生み出した元凶、九体のブツの一体がしゅびっと手を挙げ姫に迫る。

「姫様、姫様! あの不躾な乱入者の排除許可を……」

「許す筈もなかろう、不心得者め。どこに実の息子を害する許可なぞ下す母親がいるのじゃ」

「息子? 母親??? ……っは! まさか、この方が我らの新しい『若君様』!?」

 自分達の姫様との血縁関係に気付いたのだろう。

 九体のブツは狼狽も顕わに不思議な動作を見せる。酔っ払いの様にふらついた。

 特に昭君を追い払おうとぽこぽこ叩いていた四体は今にも床に崩れ落ちそうだ。

 しかしあまり深く物を考えるような頭はないのか、物体の何体かがきゃっきゃと昭君に駆け寄った。

「若様ー! 若君様ー!」

「姫様、若様も是非ご一緒に。そう、一緒に御当主様の元へ帰りましょう!」

「そうですとも、そうですとも! このように御立派な若君が御一緒とあれば、きっと兄上様もお喜びになります!」

 切り替えの早いブツ共である。

 彼らの脳内では「姫様の子=一族の御曹司=後継ぎ候補」という図式が展開されているのだろう。

 九体のブツを妹捜索の為に派遣した『御当主様』がその時点で未婚だったこともきっと大きい。

 未だ次世代を担う子供のいない一族の為、次代を担う人材確保に即座に動ける物体共の行動力。

 もう言い訳のしようもないくらいに、どこからどう見ても人形共は自我を以て自力で動いていた。

 こんな自律全開の人形が、見た目通りの『人形』である筈がない。

 当然、一般家庭に存在する筈のない物だ。

 本格的に言い訳が思いつかなくなってきて、治さんは頭痛を覚えた。

 彼女の前には今、選択が強いられている。

 その選択とは、昭君にこの場をどう対応するかということ。

 無茶を承知で何とか誤魔化すか、有りのままを正直に打ち明けるか……。

 後者を選んだ場合、必然的に治さんの素情を……その過去を打ち明ける必要が生じる。

 今まで子供達には秘密にしてきた、治さんの普通じゃない生い立ちを。

 到底、この時代で普通の子供として育ってきた者には、信じ難いであろう出生を。


 可愛い愛息子が見ているのだ。

 さあ、どうする……?


 やがて、暫し悩んだ末に。

 三倉家の妻であり母である女性が選んだ道は――


「――昭殿、どうか冷静に聞いてくりゃれ。母は……『妾』は、実は………………千と数百の時を越えてtime travelしてきた平安……奈良?の化石なのでおじゃるっ」


 治さんは、自白の道を選んだ。

 思いきった選択だったと、本人も思っている。

 だが明らかな事実を前に、息子に誤魔化す母親になりたくないと思ってしまったのだ。

 だから、息子には信じてもらえないことを覚悟で事実を告げた。

 何と伝えようか迷いもしたが、結局は真っ直ぐありのままに告げた。

 そんな母の覚悟に対する、息子の返答は。

 何だか気の抜けた、僅かな一言で。

「ふぅん」

「どうして驚かないんでおじゃるか!?」

 息子の反応に身を強張らせて緊張していた治さんも、思わずへにゃりと力が抜けた。

 信じてもらえなかったのか……と、虚しい心地が駆け抜けた。

 一度固めた真実を告げるという決意が、音を立てて崩壊しかける。

 それでも決めたからにはと、母は奮起して言い募る。

「本当でおじゃる! 本当に、この母は平安の京で……っ」

「うん、知ってる」

「えっ」

「母さんが平安京出身の元貴族だってことは知ってたけど?」

「えっ……!?」

 驚かない息子に驚いた時よりも、更に驚いた。

 それはもう、治さんは『魂消(たまげ)る』ってくらいに驚いた。

 動揺のあまりに頭を真っ白にしてぶるぶる身を震わせる治さん。

 信じられないモノを見る目で、息子を見つめた。

 今この場で最も得体の知れないモノが、自分のお腹を痛めて産んだ実の息子その人のように思えて……

「な、何故に……どこで母の秘密を知ったのでおじゃる!?」

「母さん、花見に出かけて酔っぱらう度にその話してるよね」

「なんですと!?」

 まさかの自白。

 どうやら治さんがこの場で覚悟を決めて決意する以前に、とうの昔に白状済みだったらしい。

 それを子供達が信じたかどうかは個人の判断によるのだろうが、昭君は事実として受け止めていたようだ。

 酔っ払いって怖いね、治さん。

「古里の桜が懐かしいでおじゃるーって父さんに絡んでるよ。それはもうべったべたに絡んでるよ、毎年」

「ま、まことでおじゃるか!? まことに、妾がそのような醜態を!?」

「お酒飲むと気分が若返るんじゃない。父さんの膝に座って甘えまくってるから。毎年」

「なんという……だ、だから大殿は深酒はいけないなどと妾に言っていたのでおじゃるか」

 息子の発した言葉によって、治さんは頭を抱えた。

 三倉家は自然を愛する両親(大自然の権化:海生まれの人魚&古き良き時代より更に時代を遡る隠れ里育ち)の方針で、季節を愛でるイベントには大概家族で参加しまくっている。

 春になれば花見に出掛け、秋になれば紅葉狩りをする。

 特に治さんは桜に思い入れがあるらしく、花見の席ではいつもよりお酒を過ごしてはしゃぎ出すのが慣例だ。

 治さんはあまりお酒に強くはない。

 そして花見の翌日には、酒を飲んでからの記憶が飛んでいる……。

 記憶が吹っ飛んでいる間に、やらかしていた数々。

 満開の桜の下、陸に上がった人魚の夫にべったべたに絡んで甘える平安貴族(元)。

 今までは夫が配慮して口を噤んでいたことも、子供であれば平然と告げてしまうのだろう。

 治さんは今更ながらに、お酒の怖さを思い知った。

 自分の失態が元で、隠していた秘密も無意味になっていたことまで知った。

 今なら夫の故郷(海底)より深いところまで沈みこめそうだ。精神的に。

 落ち込みまくる治さん。

 そんなお母さんに、息子は一つ頷いて言った。

「それで母さん、この物体借りて良い?」

「……借りて何をさせるつもりでおじゃる」

「じゃがいもの下処理と裏漉し」

「本気で夕食用の作業要員でおじゃるな!?」

 昭君、君はもっと空気を読もう!

 だって、ほら……君のお母さん、落ち込むことすら出来ないじゃないか。

「手伝いが九匹もいれば、予定より凝った夕飯が作れるかな」

 どうやら少年の食欲を前に、『空気』とやらは屈服させられてしまったらしい。

 昭君は母親の出生の秘密など夕食のメニューを前には細かいことと、問答無用で物体共をむんずと掴み上げた。

 物体共が、きゃーきゃーと鳴いている。

「さーらーわーれーるぅー!」

「それじゃあ母さん、夕飯はこの物体にも張り切ってもらうから。期待しててよ」

 掴めるだけ掴み、小脇に抱えて。

 昭君はどこかうきうきした様子で物体共を攫って行った。

 いま、彼の頭の中には夕飯の楽しみ以外に何もなかった。


 昭君が去った後。

 母の部屋の中に取り残されたのは、母の日だからと家事から解放された三倉家の母君、治さん。

 そして昭君の手の届く範囲外にいたので捕獲されることなく取り残された、二体の物体。

「「「………………」」」

 三者の間に、何とも言い難い沈黙が流れた。

 恐る恐ると、怯えを滲ませて。

 暫しの間を置いて、残された物体の片方が声を上げる。

「その、何と言いましょうか……独特の雰囲気のある若君様で」

 この物体が現代語に堪能であれば、もしかしたら「マイペース」と表現したかも知れない。

 だが今の物体には具体的に表現する言葉も見つからず、口ごもって「やんちゃですなぁ」と言うので精一杯だ。

 戸惑いを全身で表現して、物体はまごまごと身を揺らしている。

 思いがけない展開になってしまったことで、どうしたものかと対応に迷ってしまっているようだ。

 彼らが本当に治さんを平安時代に連れ帰りたいと思っているのであれば、ここは時空を超え直して……現代に来たばかりで、まだ大さんと結婚する前の治さんに接触すべきところなのだろうが。

 やはり頭の巡りはあまり良くないのか、迷いに迷った末、物体のもう片方が声を発した。

「……一度、御当主様のところに戻ります」

「待つのじゃ」

 一度戻る。

 耳に届いた言葉にハッと状況を認識し、治さんが顔をあげた。

 呼びとめられたことで何かあるのだろうかと、思考停止気味の物体共が首を傾げる。

 その、首を。

 

 治さんの両手が、ぎっちりと鷲掴んだ。

 

 きゅっと締まる。

 しかし非生命体である物体共は苦しみを覚えることなく、なんだろうと治さんを見上げるばかり。

 その対応の鈍さが、物体共の行く末を決めた。

「今ここで兄上様の下に戻られては困るのう。妾のことを見つけたと、報告するつもりであろう?」

 そんな報告をされてしまえば、対策を練られてしまう。

 本当に連れ戻されてしまうかもしれないし、下手をすれば今よりも過去……治さんが現代に来たばかりの頃に干渉されて、未来が変わってしまうかもしれない。

 そうなれば治さんの運命は変わり……大事な宝物(かぞく)も『無かったこと』にされてしまうかもしれない。

 そんなことは、我慢ならない。

 今の幸せを手放したくはない。


 だから、治さんは。


「そなた等は一生、兄上様の下になど戻さぬ」

 両手で兄に派遣された物体二体をぎゅぎゅっと丸めて……まるで、おにぎりでも握るように丸めて。

 手のひらサイズにまで物体共(材質不明)を圧縮し、側にあった豚さん貯金箱に突っ込んだ。

 幸い、貯金箱は飾りで中身は空っぽだ。

 貯金箱の中からは、いま突っ込まれた傀儡共のきゃーという声が反響して聞こえてくる。

 治さんは、相手に隙など与えなかった。

 貯金箱に突っ込むや否や、即座に空いた手は近くの文机に伸ばされる。

 そこには、ガムテープがあった。

「封・印!」

 もちろん、ガムテープがあればやることは一つだ。

 貼るのである。それ以外に用途はない。

 強力な粘着力を誇る、素晴らしいガムテ。

 その力によって、治さんの平和を乱す邪魔者共は封印された。

 だがまだ七体も残っている。

 今は、昭君がこき使っているところだが……


 


 その日、母の日の食卓はとても楽しいものとなった。

 家族仲の良さを象徴するような、和気藹々とした夕餉。

 上二人のお兄ちゃんが頑張って綺麗にした家の中、昭君が腕を振るった素敵な料理に、皆で舌鼓を打ち。

 お父さんと一緒に末っ子の明ちゃんが、買って来たプリザーブドフラワーの花籠とタルト専門店の新作を披露する。

 今日はペットの二匹にも御馳走だ。

 檻……じゃない、ケージの中のリスに好物を与えることは何故か明ちゃんが渋ったが。

 兄達はそんな末っ子の厳しい態度にも微笑ましく思うばかりで、猫にささ身を与えながら笑い合う。

「明ちゃんは何故か清和に厳しいんだよなー。あいつも家族なのに」

「源氏には優しいのにね。前はペットも家族だって言っていたのに」

「お兄ちゃん達……清和は家族じゃないもん!」

「あれ、清和を拾ってきたのって明ちゃんじゃなかったか」

「そ、それは……不可効力だったんだから!」

 ペットをネタに、じゃれあう兄妹達。

 そんな兄妹を眺めながらポタージュを啜り、ふと昭君が口を開いた。

「あ、そうだ。兄さん達」

「ん? どうした、昭」

「今日から新しい家族が増えたよ」

「えっ? 誰かがまた何か拾って来たの、昭君」

「ううん、拾ってきたんじゃないけど。……そうそう、今夜のポタージュはその『新しい家族』が作ったから」

「「えっ!?」」

 ポタージュを作れるような、新しい家族……それは、明らかに動物ではあるまい。

 意外な言葉に兄達は顔を見合わせ、さっと両親を見やるが。

 一家の大黒柱である父は不思議そうな顔で首を傾げる。

 しかし、その隣で。

 母の日の主役である治さんは、だらだらと冷汗を流して微笑みのまま固まっている。

 家族の視線が、主役に集中した。

 そんな視線を、ぎこちない笑顔で振り切る様に誤魔化して。

 治さんはそっと両の手を問題発言をかました三男に伸べる。

 ふふふ、と笑み溢しながら。

 母は昭君をぐいっと引っ張って身を寄せた。

「昭殿っ! あやつらのことは内密に、と……。昭殿も頷いたでおじゃる!」

「内密の範囲って、家族適用?」

「他人だけじゃなく、家族にも適用でおじゃる!」

「わかった」

 こそこそと、他の家族には聞こえない様に不審な会話をする母と三男。

 その二人の視線は、自然と同じ方へ向いていた。

 食卓を見下ろすようにそびえ立つ、食器棚の上。

 今日からそこに置かれるようになった、ピンクの豚さん貯金箱の方を……


 人間には聞こえないくらい、小さな声で。

 そのピンクの豚さんから「姫様ー! 出してー!」という声がするのを、リスの清和と猫の源氏だけが聞き取っていた。



 



三倉 治

 三倉一家のママさんにして、元平安貴族(初期)。でも生まれはギリギリ奈良時代。

 本来は桜の古木に宿った神を奉る一族の姫であり巫女。

 平安京に招聘されるまで一族の里に暮らしていた。

 ちなみに一族の当主である兄は鬼道使いらしい。

 平安京が遷都されたばかりの頃、怪奇現象マシマシで妖怪が跳梁跋扈する京の平和を守る為、怪異を鎮める(と、書いて調伏すると読む)為に平安京に父や兄と一緒に招聘された。

 他にも同じ立場の能力者は大勢いたらしい。妖怪バスター大繁盛。

 京の都を荒らすお騒がせ天狗と相対した時、時の彼方に飛ばされて気付けば現代に。

 そして平成の世で偶然再会した人魚の大さんとゴールインを決める。(平安時代に遭遇経験あり)

 妖怪と結婚したからにはもう平安京に帰る気はないらしい。

 今では主婦の傍ら様々な活動を楽しんでいるらしい。

 その風貌と相まって現代に蘇った大和撫子としてご町内では知られた存在。


 ちなみにおじゃる言葉は後付け。

 現代の言葉がわからず困惑し、大に言葉を習った際にうっかり定着してしまう。 

 おじゃる言葉自体は室町時代に発生したものらしいので、本来の口調はまた違うのではないかと推測される。


三倉一家

 父 元マーマン

 母 元妖怪バスターな平安貴族

 長男 異世界の英雄

 次男 異世界からTS転生を果たした元ダークエルフの魔法使い

 三男 昭君。

 長女 ご町内の平和を守る魔法少女

 ペット 

  清和 リスと見せかけた妖精げす

  源氏 呪いによって猫になった異世界の勇者



九体のブツ

 その後、治さんの手によって庭の木の根元に豚の貯金箱ごと埋められた。

 ガムテープでふさがれた口のところには、「タイムカプセル」と達筆行書体で書かれているらしい。

 ちなみに中身にお金は入っていない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 古よりの呼び声っていうとクトゥルフを思い浮かぶ。 あきら君ならヨグソトースだろうがニャルラトホテプだろうがsan減少0だろうけど。次は探索者に選ばれたリするかな?神話生物の方が困惑しそう………
[一言] 相変わらずの昭君が頼もしくていいですね♪彼が動揺するのは、ゲームを買う直前にお金を落として買えなくなった、くらいしか想像できないのが特に。 喋る自立型な不定形の輩、九体か。紐と金属で固めて…
[一言] 日ランから辿ってシリーズ拝読いたしました。 とても楽しく面白い作品群をありがとうございます。 神々にまでイチオシされるこのご家族の背負う背景に そっと涙(笑)をぬぐいます。 ぜひにゃんこ源氏…
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