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えきちゅう。  作者: 田中志摩貴
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その1

 いつもと同じ朝だった。

 母親に叩き起こされ、しぶしぶ身支度を整え、慣れた朝食メニューを詰め込み、挨拶もそこそこに外へ飛び出す。春めいた涼しい風と強い日差し。乾いたコンクリに靴裏を擦りつけてこびりついた泥を落とす。道路を掃く老人とゴミ出しする会社員や、踏んだ踵を直して走り出す小学生と自転車を跨ぐ中学生が大通りを目指してゆく。

 俺は待ち合わせ場所である小さな神社に向かった。

 辛うじて二車線を確保する車道に面した神社は、門構えすら作る余裕がない。細やかな木々を覆う緑と赤い鳥居、車道すら数メートルしか離れていない場所に賽銭箱が置かれている。本殿は奥に控えているようだが、外観は民家にしか見えなかった。

「おそいですと思う!」

 幼馴染みのサツキが鞄をぶるんぶるんと振り回した。

 俺たちは自分たちが生まれる前から知り合いだ。母親同士が親友だったという。同年に結婚し、同年に妊娠し、同じ学校に通わせて自分たちのように親友にするのが夢だったらしいが、生憎、俺たちは親友にはなれなかった。幼馴染みが女だったからだ。

 小学三年までは手を繋いで登校した。

 四年からは、周囲に冷やかされるのが恥ずかしくて手を繋がなくなった。公立中学の学区も同じだが、数ヶ月間は一緒に登下校しなかった期間もある。それもいつしか、何事もなかったかのように並んで歩く間柄に戻った。兄妹喧嘩をしても、喧嘩の理由が思い出せないまま仲が修復することなどよくある話だろう。それと同じことだ。

 俺たちは今日から同じ高校に通う。

 別の高校へ進学する選択肢は初めからなかった。

 地下鉄を乗り換えなければならず、やや遠方で不便だが、お互いの成績水準を考慮して学校を選択した。サツキは中の上で俺は上の下。微妙に平均は超えているがどちらも上昇志向はなく、特別な夢を持っているわけでもなく、いずれそれなりの就職をして、それなりに生きてゆくのだと思っている。

 俺たちは――過剰に我慢を重ねて将来を見据えるより、ほどほどの人生を歩んで行けばいいという、ありきたりな小心者だった。

「これあげるです。瀧矢のために買いましたです。持ってるといいことがあると思う」 

 差し出されたサツキの指先には赤色のお守りがぶらさがっていた。高校生になるのだから、学業や恋愛の守りかと思いきや、表に何も書かれていない。

「これ何のお守り? 受験は終わってんだし勝守なわけねーか。縁結びとか商売繁盛とかあとはえーと、家内安全? 交通安全? 何とか祈願?」

「それは兎守りだと思う」

「ウサギ? 何それ。聞いたことねーや。持ってりゃ草生やす効力でもあんのか?」

「むう。お揃いだから失くさないでほしいと思う」

 そう言って俺のポケットに突っ込んできた。あとで鞄にぶらさげようかとも思ったが、小学生じゃあるまいし、それも気恥ずかしい。とりあえず財布に片付けておき、後で母親にでもプレゼントしよう。

 青梅街道の朝はすでに運搬トラックや通勤自動車が忙しく交錯していた。向かって左側に口を開けた地下鉄の駅に吸い込まれると、吹き上げる熱い風圧に押しやられる。相変わらず凄まじい風だ。慣れない者や体重の軽い子供は転倒する可能性がある。

 俺はサツキの腕を支え、サツキは自分のスカートを押さえて階段を下りる。

 改札をくぐる際、サツキが「あ」と声を漏らした。

「どうした?」

「ううん。あとでいいと思う」

 サツキが結んだ髪をふるふると揺らした。

 空いている座席に落ち着くと、鞄を膝に置いたサツキがいつものように話し出す。

「今ね、切符売り場の脇に貼ってあったポスターが……人探し? 捜索願? 小学生がいなくなったと書いてあったと思う。見たです?」

「見てない」

「失踪してから何年も経ってると思う」

「ふうん。ずっと地下鉄使ってたけど気づかなかったな」

 俺は気のない相槌を返した。

 サツキはいつも他愛ない話題を振ってくるし、それに対してこっちが反応しなくても気にしない。自分が話すだけ話せばすっきりするのだろう。逆に俺が熱心に話しても、理解出来ているのかいないのか、サツキも適当に笑ったり生返事をする。けれど俺も別にむかついたりはしない。

「へんな噂を思い出したです。ね、瀧矢。去年も失踪事件があったの知ってるです? 地下鉄で子供がいなくなったとか男女の高校生がいなくなったとか、そんなのだったと思う」

「浅はかな都市伝説だな。面白くも怖くもねえし」

「一緒に消えたけど一緒に戻ってきたとか、どっちかを殺してどっちかが助かったとか、いろんな説があったように思う」

「ふたりで公園のボートに乗ったカップルは別れる、と一緒でよくある作り話だろ」

 サツキが下唇に一本指を添えて、ぼんやりと上を見上げた。

「駆け落ち……とかです?」

「は?」

「交際を反対される理由があったとか。他に許婚がいたとか、親の反対にあったとか、実は血の繋がりがあって絶望したとか、どっちかが不治の病だったとか、そういう可能性もあるように思う」

「ねえよ」

「古典は基本だと思う! 王道はいつでも受け入れられるものだと思う!」

「実は血が繋がってましたはないだろ。仮に駆け落ちだったとしても、受験の関係で親に交際を反対されたとか、どっちか一人がやたら人気者で周りから嫉妬されてて付き合いが難しいとか、または最初からどっちかの片思いだったけど決定的にふられて、逆上した方が相手を傷つけて連れ去ったとかのが信憑性ねえか?」

「瀧矢はドロドロが好きだと思う」

「好きじゃねーよ。お前に話を合わせただけ」

「じゃあそういうことにしとこうと思う。瀧矢って表面には出さないけど、私と同じくらい……ううん、それ以上にロマンティストだと思う」

「んなわけねえ」

 サツキがくすくすと笑った。

「でも本当に相思相愛で、ふたりで一緒にいたいのに外部要因のせいで離れなくちゃいけないとしたら可哀想だと思う。悲恋だと思う」

「それをふたりで乗り越えるのが醍醐味なんじゃねえの? ドラマ的には」

「なるほどです! そうだと思う! 楽しい時もあれば苦しみもあったり、くっついたり離れたりしても、最終回にならないと幸せかどうかはわからないと思う!」

「最終回は九割九分はハッピーエンドだ。見なくてもわかる」

「わかっていても見てしまうのがドラマだと思う! ドキドキがいいと思う! わかってるけど、もしかして、いや、どうなってしまうのか! みたいなのです」

「結末がわかってるのにハラハラしたいわけか」

「とかいって、瀧矢も映画やアニメでこっそり泣いてると思う」

「泣いてねえよ!」

 大声で反駁すると、車両にぎちぎちに詰め込まれたスーツの群れに白い目を向けられた。サツキが何かを話しかけてきたが、俺は肩を縮めて寝たふりを決め込んだ。



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