第8話 勇者と敵と、時々、オトン
モンスターに襲撃された勇者アカデミーは、緊迫したムードに包まれていた。
主にモンスター自体の影響ではなく、いかにも弱そうなモンスターに倒された太郎を人工呼吸で蘇生しようとした網走先生の迫力に対するものである。
パンチパーマで髭面のおっさんにファーストキスを奪われては、太郎だって浮かばれまい。いや、死んでないけど。
「ねー勇者アカデミーの学園長って凄いんでしょ?モンスターくらい倒せないの?」
安倍が網走先生に訊ねる。どうでもいいけどタメ口か。
「確かに学園長の強さは半端やない、けどな」
「なに?」
「学園長はその御老体故か己の力を制御できず、モンスターを倒そうとしたら学園ごと吹き飛ばしてしまうかもしれんのや!」
「ボケてるの!?ボケてるのおじいちゃん!!」
モンスターを倒すのに学園が壊滅してしまったら、そりゃ大問題である。
「うーん、あとワシが使える武器は、ドスにハジキに……」
(はいリアルな武器出たー!)
※ドス=刃物 ハジキ=拳銃
「いや、ここはやっぱり役所の人に駆除して貰った方がええな」
「んなシロアリみたいに!」
どうやらこの世界、モンスターを退治する専門職があるらしい。ってそれが勇者なんじゃないの?
いや、もしかすると勇者の就職先が役所なのかもしれない。なかなか堅実な未来が見えてきたぞ。ある意味安定した職に就きたい太郎にピッタリなんじゃないか?
「なんや、知らんのか?この国の役所にはモンスター討伐課、通称『すぐ殺る課』があるんやで」
「通称が物騒すぎる!」
「電話したらすぐ駆けつけてくれるそうやからもう安心やで」
「安倍、この国の公務員って凄いね……」
「うん……」
どんな世界も世の中を支えているのは平凡なサラリーマンなのかもしれない。
さて、モンスター襲来でゴタゴタの勇者アカデミー。学園長はと言うと壇上でお昼寝中である。どうやら何もしないで座っているうちに眠くなっちゃったらしい。いやあね、おじいちゃん。そんなところで寝ちゃダメでしょ。
すぐ殺る課が来るとは言え、モンスターが校内に居る事に変わりはない。役所の方がお越しくださるまで、どうにかモンスターから逃げなければ。
特にさっき死にかけた太郎は必死である。
「おーい太郎、大発見大発見~♪」
「なんだよ安倍!こんな時に!」
「このモンスター、段差は登れないみたいだぞ」
安倍はちゃっかり学園長の居る檀上に登っていた。文字通り高みの見物である。
「段差とは盲点やったな……」
「まあ、これで少しは安全ですね……」
先程モンスターは身を重ね合い太郎の口へと目掛けてきたので、壇上へ登ってくるのも時間の問題だろう。
しかし、くどいようだがモンスターは動きが鈍いので今のところそうなるには時間がかかりそうである。
ちょっとだけ安心した太郎は網走先生に質問してみた。
「先生、勇者アカデミーの先生はみんな強いんですよね?何故モンスターを倒さないんですか?」
「ああ、それな。確かにここの教師はモンスターと戦うスキルくらい持ってるけどな、学園内にモンスターが現れた場合、いくら倒しても給料は増えへんのや」
「結局金か」
「まあ生徒達が戦った場合は成績にプラスされるんやけどな、今ここに居るのは新入生ばっかやろ?いきなり戦わせるのも酷なもんや。だから今回はすぐ殺る課に頼んだんや」
「そうだったんですね……」
意外と細かく考えている網走先生の話を聞きながら、
(あれ?という事はそのうち俺もモンスターと戦わないといけないんじゃ)
と不安になる太郎であった。
その時、セレモニーホールの外から男の声が響いた。
「こんにちはー!役所の者でーす。すぐ殺る課でーす!」
「おお、役所の人もおいでなすったで!」
男は扉を開け悠々とホールへ入ってきた。その男とは……。
「モンスター駆除しに来ましたー」
「とととと、父さん!!」
そこに居たのは太郎の父、勇者ヒロシであった。バッチリ作業着を着ていかにも何かを駆除しそうな感じで。
「父さん……?」
「た、太郎!」
父と息子、感動の対面……でもないか。今朝別れたばっかりだし。
「うわ!息子に働く父の姿を見られてしまった!恥ずい!」
「恥ずいってあんた……」
「んーでも仕事だしなあ~、働くパピィを見せなくちゃなあ~」
困ったフリをしているがその割には嬉しそうである。どうやら父ヒロシ、息子に活躍の姿を見せたくてたまらないらしい。
「じゃあちょっくら駆除しちゃってもいいですかあ?」
「はい、宜しく頼みますわ」
モンスター駆除っていったいどうやるんだろう……?なんだかんだでちょっと気になる太郎であった。
その時、父ヒロシは驚くべき行動に出た。なんと口から火を吹いてモンスターを焼き討ちし始めたのである!
いや、大抵のギャラリーは駆除の方法ではなく、突然口から火を吹いたドラゴンのおっさんに驚いているのだが。
「ひええええええ!」
あまりにもワイルドな駆除法に、太郎は叫びっぱなしである。
「そーれ汚物は消毒じゃーい!!」
「父さん!あなたは世紀末の男かね!?」
みるみる焼き殺されていくモンスターの姿を見て、改めて勇者と言う職業の恐ろしさに身震いするしかない太郎。
そしてやっぱり、どんなモンスターより父ヒロシが一番凶悪モンスターなんじゃないかと確信するのであった。
【つづく】