第7話 勇者、死す
大勢の生徒達で賑わう中、勇者アカデミーの入学セレモニーは厳粛に開かれた。
アカデミーの学園長が壇上に立つ。白く長いひげを蓄えた風貌が、サンタクロースを思わせる老人だ。
もう少し物堅い人物を想像していたが、思ったよりチャーミングな雰囲気である。
「新入生の皆さん、わしが学園長です」
チャーミングなじいさんはこちらにピースサインを向けて陽気に挨拶した。
「まずは入学の挨拶を、と思ったのですが」
どうやら何かあったらしい。
「たった今アカデミー内に野生のモンスターが侵入したと連絡がありましたぁ」
何かあったどころではなかった。セキュリティユルユルだった。式すら始まっていないと言うのに、まさかまたモンスターの襲撃に遭うとは……。
しかし勇者アカデミーにすらモンスターが入り込むという事は、やはりチバ王国内には大量のモンスターが発生しているようだ。
「なんだよ……。アカデミーにモンスターが出るなんて不安過ぎるよ……」
今日は一日顔色が悪い太郎である。
突然のモンスター襲来という事で、急遽入学セレモニーは中止。生徒たちは速やかに教室へ避難する事となった。
ざわめく生徒たちの雑踏の中に、安倍の姿があった。怯える太郎とは対照的に、全く怖がっていない様子だ。
「おー、太郎。なんかセレモニー潰れてラッキーじゃん。式とか超めんどいしィ」
「この状況でラッキーって言えるお前の図太さが羨ましいよ」
呑気に会話する太郎と安倍の元に、網走先生がやって来た。
「勇者、お前もグズグズせんと、はよ教室に戻らんかい。お前みたいなノロマは真っ先にモンスターにやられて死ぬタイプやぞ」
「あ、はい」
「結構毒舌だな」
網走先生の毒舌にツッコむ安倍だが、君も間違いなく毒舌だと思うぞ。
しかし呑気にしていられるのもつかの間だった。すでにセレモニーホールはモンスターの大群に囲まれていたのだ!
教室へ戻ろうとセレモニーホールの扉へ近付いたその時、太郎の目に大量のモンスターが飛び込んできた。
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■モンスター『プルプルン』
種族・軟体
プルプルとしたゼリー状のモンスター。
その体は柔らかく弾力があり、攻撃性は低い。一見無害だが彼らには特殊な習性がある。
なんと自ら人間に食べられようとするのである。人間の意思に関係なく喉の奥へと飛び込んでくるので、窒息死する可能性が高い。
ちなみに味はいちご・メロン・ソーダ・みかん。おいしい。
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「せっ先生―っ!なんか扉の外に変な生物が!」
「なんだ、カワイイ奴じゃん」
こんな時でも余裕の安倍である。
「くっ、逃げ遅れたか。仕方ない。残った生徒はこの場に待機!すぐに扉を閉めて安全確保や!」
強面の網走先生だが、急なモンスター襲来でも冷静に指示をしているあたり流石は勇者である。
しかし緊急事態の割には緊張感が無い。やたらプルプルしたスライム集団が攻めてきても、絵的に怖くないからだろうか。
生徒達は嫌々参加する避難訓練のような心境で、その場に待機した。
ところがどっこい。ちょっとばかり対処が遅かったようで、すでにモンスターはホールの中にまで迫っていた。
「しまった!遅かったか!しゃーない。あのモンスター動きがめっちゃ遅いから、追いつかれんよう逃げまくるんや!」
生徒達は言われるがままとりあえず逃げまくった。網走先生の言う通り、モンスターの動きはナメクジのように遅い。追いつかれさえしなければどうにかなりそうである。
「さて、あのモンスターどうやって駆除するか……。あんまり派手にドンパチやってもホールが壊れてまうさかい。修理費用がかさむしな」
こんな時にモンスターの駆除より校舎が壊れないかを優先的に心配する網走先生は、果たして教師として正しいのか間違っているのか。
ちょっとだけ呆れた様子で網走先生を見詰める太郎。その隙にモンスターはみるみるこちらに向かってくる。
「うわあ!安倍、危ないから早く逃げないと!」
太郎は安倍の腕を掴み引っ張った。
「あ、ちょっと待って。折角だから写真撮ってツイッターにあげとこ」
「マイペースかお前!」
安倍は優雅にモンスターを撮影し始めた。駄目だコイツ、もう一人で勝手に逃げよう。
そう思った時、太郎は足元に何かプルンとしたものを感じた。
「うわああ!追いつかれたあああ!」
気が付くと、太郎の足元には大量のモンスターが居た。あっという間に包囲され、プルプルの鉄壁で身動き一つ取れない状態である。
モンスターは一匹ずつ体を重ね合い、あっという間に太郎の全身を群れで覆い始めた。プルプル地獄である。
「だ、誰か助けて……」
モンスターでがんじがらめ状態の太郎は、絞り出すような声で助けを求めた。
「ごめん今ツイッターで呟いてるから無理」
「安倍ェー!お前って奴はよぉー!」
「モンスターなう、っと」
みるみる太郎の顔に近付くモンスター集団。そして遂にモンスターは太郎の口の中にまで入り込んできた。
「ヴッ……苦しい……美味しいけど呑み込めない……」
美味しいのか。この期に及んで。
「勇者!今助けるからな!」
果敢にも立ち向かったのは網走先生である。太郎を囲むモンスターを無理矢理引っぺがして、どうにか太郎を救出した。
しかし、モンスターの攻撃(?)で窒息した太郎は、もうすでに息をしていない。勇者の額のサークレットが赤く変わった。
あんまり記憶に残っていない人も居るかと思うので説明するが、このサークレット、青は正常、黄色く点滅したらひん死で赤はご臨終である。
勇者は死んでしまった!
「え?太郎死んじゃったの?嘘!友達死んだなう、っと」
こんな時まで呟くな安倍よ。
「な……勇者!死んでしまうとは何事や!しかし、まだ体は温かい……。頑張れば蘇生できるかもしれん!ワシが人工呼吸したる!」
網走先生の濡れた唇が太郎の柔らかな唇へ被さろうとした。
「いっ、嫌だあああああ!」
太郎は地獄の底から這い上がるような気持ちで、自力で息を吹き返した。そりゃ誰だってこんな蘇生は嫌である。
「なんや勇者、生きとったんかワレ!」
あやうくパンチパーマのオッサンにファーストキスを奪われそうになった太郎。
しかしそのお蔭で無事生き返る事ができた!さあ勇者よ、モンスターの襲撃をどうやって切り抜けるか!?
「生き返ったなう、っと」
【つづく】