第6話 ヘタレ勇者とパンチパーマ
勇者アカデミーに入学した太郎は、『勇者クラス』を目指して長い廊下を歩いていた。
流石いくつもの職業を扱うだけあって、教室の数も半端ではない。こんなマンモス校で学生生活を送らなければいけないのか。
小心者の太郎は早くも怖気づいている。
(お、勇者クラス。ここだな)
教室の入り口には勇者クラスと書かれていた。緊張で脈打つ心臓を抑えつつ、教室のドアを開く。
その途端、教室から恐ろしく威圧的な声が飛んできた。
「ああ!?」
いわゆるヤンキーやチンピラが喧嘩を売る時に言う、あの感じである。
教室に居たのは太郎と同じように勇者を目指す平凡な少年……ではない。
そこに居たのは筋骨隆々のいかつい男達であった。体格だけではない。男達はどいつもこいつも人相が悪く、ある者は髪をモヒカンに逆立てているしある者はタトゥーを入れている。
中には時代錯誤とも思えるツッパリスタイルの気合が入った奴もいる。
一言で言うと、こいつら物凄くガラが悪い。
ハッキリ言って勇者なんてなりではない。むしろどこぞの、核の炎に包まれた後の荒廃した世紀末と言った方が正しいだろうか。こいつらのどこが勇者なんだ?正義感を持った青年とは到底思えない。
「ぎゃ~はっはっは!見ろよ!随分ちんちくりんが入って来たぞ!」
「ここは小学校じゃねえっつーの!」
「テメーみてーなチビの勇者がいるかよー!」
「教室間違えてんじゃねーの!?」
次々と飛び出す罵声に太郎の豆腐メンタルは崩壊寸前である。なんなんだこのアウェイ感は。
太郎からすればこいつらだってよっぽど勇者らしくないが、いかつい野郎集団からすれば太郎の存在が場違いなのかもしれない。
泣きそうな思いで教室に入る太郎に、一人の男がちょっかいを出した。
随分と古典的な手法であるが、太郎に足を引っ掛けて転ばせたのである。
鈍くさい太郎は当然そのまま倒れ込んだ。教室で腹這いになる太郎を見て、男達はゲラゲラと笑っている。
「ぎゃはははは!ダッセー!」
(ううう……帰りたい……)
強烈な洗礼を受けた太郎は、床に転がったまま力なくそう思うのであった。
その時である。馬鹿笑いする一人の男の背後に、いつの間にやら人影があった。気が付くともう一人、何者かが教室に入っていたようである。
その人物はパンチパーマに髭面、そしてサングラスをかけたどう見てもチンピラスタイルの中年男性であった。片手には木刀を持っている。
その時、パンチパーマ男は一人の生徒に向かって木刀を振り下ろした。太郎を転ばせた男である。
男の脳天を思い切り叩いたところで、パンチパーマ男は勇ましく声を上げた。
「お前らァ!さっさと席に着かんかァ!はよせんといてこまして海に沈めるぞボケがァ!」
余りの迫力にさっきまで騒いでいた生徒も慌てて席に着いた。何なんだこの男は。ヤクザか?チンピラか?この学校、どこかの組に狙われてんのか?
そんな物騒な想像をかき消すように、パンチパーマ男が自己紹介をした。
「ワシが勇者クラスの担任、網走龍二じゃあ!」
なんとこのパンチ男、チンピラではなく教師だったのである。あろう事か、勇者クラスの担任である。
「あ、あれが教師……」
「嘘だろ……」
すっかり威勢を失った生徒達がそう漏らす。
いや、お前らも勇者かと言われたら全然違う人種だと思うが。
(なんなのなんなの……。ただでさえ生徒がヤバいと思ったのに先生まであんな人だなんて。この学校一体どうなってるの?)
次々と登場するアウトレイジな人間に、太郎の猫背はますます丸くなる一方である。
「まずは出席じゃ!呼ばれたら大きい声で返事せい!」
一応やる事は先生らしい。生徒全員の空気が凍りつく中、太郎の名前も呼ばれた。
「勇者―……、ん!?おい勇者!ちょっと立てや!」
「はっはいぃ!」
今度は何なんだ。いきなり名指しで立たされるなんて。何が何だかわからないが、ここで逆らったらとんでもなく恐ろしい事になりそうな気がする。
恐怖で足が震える太郎であったが、半泣き状態でその場に立ち上がった。
「お前……」
凄みを利かせた顔で太郎に立ち寄る網走先生。
「ええ名前やないか」
一言そう言ってニイっと笑うと、網走先生は再び教卓へと戻って行った。
太郎はこの瞬間、寿命が二~三年くらい縮んだ気がしたとかしないとか。
「次は入学セレモニーじゃ!廊下に並んでからセレモニーホールに移動せい!」
いわゆる入学式と言う奴である。入学式前の、ほんの数分の出来事なのに太郎はすっかり魂を抜かれたような気分である。
まだ入学式すら始まっていないのに、この調子でどうなってしまうのか。
先の事は考えたくないが、とりあえず太郎はセレモニーホールへと向かった。
マンモス校の入学式だけあって、ホールの広さもすさまじい。そんな事はどうでもいいが。
勇者クラスのほかにも僧侶クラス、魔法使いクラスなどの生徒が一度に集まっているだけあって、セレモニーホールは大勢の人で賑わっていた。
例えるならMMORPGのプレイヤーが集まっているフィールドみたいなものか。分かりづらいか、ゴッメーン。
とにかく大勢の人に圧倒されながらも、勇者アカデミーの入学セレモニーは厳粛に開かれたのである。
【つづく】