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2,魔導師、戦慄する

そこは無慈悲な戦場だった。

空には分厚い雲が鎮座しているため昼間だと言うのに酷く暗い。風は身を斬るように冷たく、雪が見果てぬ平原を白く閉ざしている。気温は氷点下二十度を余裕で下回り、排他的な領域を形成していた。


「リン君は魔獣を直接見るの初めてだよね~」


だと言うのに、そこにいるのは子連れの女性であり、その胸元に抱かれているのは他でもない僕、リンフォレーラ・フォン・リエラノークである。

本来赤子なら凍死しても全くおかしくない凍土なのだが、魔法使いである母が暖房魔法を使っているため、春の日向のように暖かい。


「魔獣にはね~、属性を持っている種族がいるの~」


そんな明らかに人間を殺しにかかってる残酷な雪原で、彼女はいつもののんびりした口調で、授業でもするかのようにそう(のたま)った。


「丁度あんな風にね~」




『LUOOOOOOOOOOOOOON!!』




そこにいたのは三匹の大きな狼だった。

……馬車よりも大きい獣を狼と言って良いのなら、だけど。

牙や爪は人間の腕並に大きく、まるで氷柱のように透き通っている。銀色の体毛がその身を包み、同色の雪が狼の周りをコバンザメのように付き従っていた。

目は爛々と血の色に輝き、殺意と戦意と餓えを(あらわ)にこちらを強く睨んでいる。彼我(ひが)の距離はおよそ五百メートルほどだろうか。あの狼ならさして時間をかけずにその間隙(かんげき)を無くすことができるだろう。


「あれは氷属性の銀狼(シルバーウルフ)だから、弱点の炎魔法を使うのが定石よ~。逆に氷耐性が高いから、氷魔法はほとんど効かないわ~」


しかしそんな脅威が喚き散らしながらこちらへ疾駆しているというのに、母はまるで何事もないかのようにいつもの調子を崩さず、それどころか僕の背中を撫でる余裕さえある。

一般的に、上級魔獣三体に囲まれるなど酷く絶望的な状況なのに、僕はとても落ち着いていた。


「でも、私は炎魔法が苦手だからー、そういう時はね……」


そこで、母の声が底冷えしたものに変わり、僕はびくりと身を震わせる。




「ごり押しすればいいのよー」




瞬間、母の周囲に、純白の雪片が猛烈な勢いで吹き荒れ始める。

真っ白な、純度の高い氷属性の濃密な魔力だ。

それは銀狼(いぬっころ)の纏っている雪よりも遥かに暴力的で無慈悲で、何よりも冷たく、全てを凍てつかせるかのような、そんな魔力。


「【氷獄(ニブルヘイム)】」


母がその言の葉を放つと、ゴォッと、急激に冷気が指向性を持って一ヶ所に収束して行く。

(いぬ)の、周りに。

次の瞬間。


ギィンッ!!


と、ガラスか何かを粉々に砕いたかのような轟音を轟かせ、銀狼(シルバーウルフ)達の足元から尖塔のような氷柱が群れを成して急激に生成され、氷耐性が極度に高いはずの銀狼(シルバーウルフ)を容赦なく串刺しにし、雪原に真っ赤な花が3つ咲いた。


「あら~、一年ぶりに上級魔法を使ったから、加減を間違えちゃった~」


血の花を咲かせた張本人が、何の悪びれもなく無邪気に花のような微笑みを浮かべている。

空を貫かんばかりに伸びた氷柱は血のせいでビーフブラッドルビーのように紅く、その内部に哀れな犬っころが三匹、原型を留めずに息絶えていた。


ぶるり、と僕は無意識に身震いする。


それは銀狼(シルバーウルフ)に、上級魔獣に、高位魔法使いでなければ太刀打ちできない暴虐の体現に睨まれ殺意を向けられた時すら感じなかった、圧倒的強者に対する震える程の『憧憬』だ。


「うー、おおー」


やばい、僕の『お母様』が、戦慄する程にかっこいい。


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