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16.魔導師、上級魔法を教わる

前話のタイトル間違ってましたスマソ。

しかもあれ五歳じゃなくて四歳の時(パーティー前)です直しときましたごめんなさい

リエラノーク辺境伯領主都リエールブルクは王国最北端に位置する要塞都市だ。

北には雪原が広がっており、更にその向こうには魔領(イビルフィールド)『永久凍土』が存在している。王国には四つの魔領(イビルフィールド)があるが、西の『地下迷宮』と東の『大森林』、南の『龍火山』の三つは多くの冒険によって攻略されているのに対し、『永久凍土』はそのあまりの寒さから全くと言って良いほど攻略されていない。

そのため魔物の数は多く難易度最悪、最寄りの街であるリエールブルクからも遠いという立地の悪さにより、稼ぎ場所としての人気は底辺だ。リエールブルクと『永久凍土』の間にある平原ですら、ほかの魔領(イビルフィールド)並みの危険度と稼ぎになるのだ、わざわざ遠く危険な『永久凍土』まで行くのは稀有な物好きと言える。

そんな『永久凍土』だが、二十年程の周期で大量の魔獣が溢れて群れを成し南へと侵攻してくることがある。他の魔領(イビルフィールド)は冒険者によって日々魔獣の間引きが行われているためそんなことにはならないのだけれど、『永久凍土』だけは別だ。勿論その群れはリエールブルクにぶち当たるのだけれど、代々のリエラノーク辺境伯は(ことごと)く撃退している。一度もリエールブルク以南へ魔物を攻めさせたことがない。

リエラノーク辺境伯領の兵士は戦争の無いこの時代において最も精強と言われ、過酷な寒冷地であるためか氷の魔法使いが生まれやすい。


「街中で上級魔法の練習をするわけにはいかないから、お外に行きましょうね~」


お城でのパーティーから数日後、僕はお母様に連れられてリエールブルクの北、雪原地帯にいた。


「一応、兵士の皆にも来てもらうことにしたわ~。これで私はリン君に集中できるわね~」


索敵魔法は神経を使う。他の魔法よりも多くの情報を処理しなければならず、そのため索敵魔法を使いながら別のことを行うのはかなり面倒なのだ。

周りには白いコート状の制服や鎧、ローブを纏った八人一分隊の領兵が周囲の警戒を行っている。

空は曇天で一面の灰色、大地は雪と氷に覆われたまっさらな白銀。

相変わらず気温は低く、きちんとした防寒対策をしていなければ凍傷を(まぬが)れない。そのため僕もお母様も白を基調としたロングコートや手袋、耳当てなどを身に付けている。【暖房(ウォーム)】で温かくすることはできるし実際今も僕が展開してるけれど、それ一つだけではガリガリと魔力を消耗するため、魔法使いですら厚着推奨だ。


「リン君の魔法は温かいわね~♪ 私は火に適性が無いから、こんなに温かくできないわ~」


お母様は生粋の氷魔法使いだ。初級魔法なら火属性も使えるけれど、効率が悪いし効果も薄い。大きな魔力にものを言わせてごり押しすることはできるけど、やはり炎の適性が強い僕が展開した方が効率的だ。

お母様にぎゅーっと抱きしめられ、フードの上から頭を撫で撫でされる。

……撫でられるの、心地好い。


「中級魔法に(カノン)(ランス)(リニア)(ブラスト)系があるように、上級魔法も系統立ってるの~。天槍系、帝系、獄系、そして墮系ね~。中級魔法と違って、神話の固有名詞を魔法名にするのよ~」


こんな風にね~、とお母様は呟いて、自身の魔力を圧縮させ氷属性に変換させる。

濃密な魔力が吹雪のように彼女から顕現した。

本来魔力というのは属性を持ったところで魔法として展開しなければ不可視なのだけれど、上級魔法を使うために濃密な魔力を生み出す際は、あまりのエネルギーのため可視光を放ってしまうのだ。

……可視光を放つということは、せっかく高エネルギーに励起した魔力が光を放出し低エネルギーの基底状態に戻るということだから、ロスなんじゃないだろうか。


「【氷帝(ヴァルナ)】」


ギィンッ、と鋭い音と共に青白い閃光がお母様の手から放たれ、雪原を突っ切ってゆく。人間二、三人分の直径がありそうなその閃光はレーザーのように飛んで行き、雪原の一角へ着弾すると冷気と言うには生温い低温と氷を爆散させた。


「これが帝系よ~。範囲と威力のバランスがとれた使い勝手の良いものね~。じゃあ次よ~。【氷獄(ニブルヘイム)】」


忘れもしない、僕がまだ赤子だった頃の記憶。初めて攻撃魔法を、魔獣を、鋭い表情のお母様を見た鮮烈かつ強烈な記憶。その時にお母様が上級魔獣三体を纏めて氷漬けにした、強力な魔法。

ギィィンッ、と再び空気が悲鳴を上げて、雪原に氷山が一つ出来上がる。

澄んだ透明な氷だ。本来なら空気が混入してもっと白くなるはずなのに、あまりにお母様の魔力が氷一辺倒なため、濃密な氷魔力によって紡がれたそれは不純物が入る隙間など存在しなかったのかもしれない。


「獄系は範囲魔法ね~。その分単純な威力は落ちるのだけれど、複数体を相手にするときに有効よ~」


……その範囲重視、威力軽視の魔法でかつてお母様は氷耐性が馬鹿みたいに高い上級魔獣、銀狼(シルバーウルフ)を纏めて瞬殺した。しっと多重展開をしていたのだろう。


「【氷天槍(グラム)】」


氷獄(ニブルヘイム)】によって生み出された氷山に、今度は細身の槍が放たれる。

氷帝(ヴァルナ)】や【氷獄(ニブルヘイム)】のような派手さのない、青白い氷で形成されたその槍は、しかしあっさりと氷山を貫いてそのまま厚い雪と氷に覆われた地面に長い傷痕を残して、そのまま数百メートルほど飛んで行き、やがて地面に埋もれて見えなくなった。。


「天槍系は貫通力と対単体攻撃力を重視したもので、範囲は小さいけれど、その分威力が高いのよ~」


……こんな貫通力が必要になる事態に遭いたくない。


「あとは墮系ね~。最も天級魔法に近い上級魔法で、獄系の範囲と帝系の威力に迫る大規模魔法だから、私も一人じゃ使えないわ~」


天級魔法は上級魔法の更に上のランクで、一撃で戦局を変えるような大規模魔法だけど多くの上級魔法使いが高い精度で協力しなければ使えない魔法であり、現在では国際的に使用制限が課せられている。

それに近しい威力の魔法となれば、いかに上級魔法使いの中でも高位に位置するお母様でも一人では使えないだろう。


「さて、そろそろかしら~」


お母様がニコリと微笑む。

普段の柔らかな微笑みよりも少し黒い、彼女が何か物騒なことを考えている時の笑みだ。嫌な予感しかしない。


「……まさか」


索敵魔法を広範囲に展開して雪原の魔力を探る。

案の定いくつか魔獣の反応があった。それも雑魚だけではなく、一体は明らかに上級魔獣の魔力量だ。


「奥方様、魔獣が来ます。上級魔獣がリーダーの群れを確認致しました」


「ふふ、狙い通りね~」


兵士の一人、索敵担当の魔法使いさんがお母様に報告する。内容はあまりにも物騒なのに落ち着いていた。

魔獣の餌は魔力や魔素だ。そのため魔法使いというのは魔獣にとって天敵でありご馳走なのである。

こんなに上級魔法を使ったのだ、魔法の残り香である霧散した魔素が周囲にバラ撒かれており、濃い血の臭いを感じたサメのように魔獣が集まることだろう。


「じゃあリン君、練習に魔獣を狩りましょうね~♪」


ニッコリと、お母様が綺麗な笑顔を浮かべる。

確かに実戦の方が学ぶことは多く成長する。

しかし、しかしだ。

理論は問題ないと言え、上級魔法を使ったことも魔獣を狩ったこともない五歳児に上級魔獣をけしかけるのはいかがなものか。


「あの、まだ上級魔法を一度も展開してないのですが」


「リン君ならできるわよ~。信じてるわ~♪」


「魔獣を狩ったこともないのですが」


「 殺 り な さ ~ い ? 」


「はい」


魔獣コワイ。もう目視できる程度には接近されている。

下級の白熊(ホワイトベア)、中級の氷熊(アイスベア)、そして上級の銀熊(シルバーベア)の群れ。分厚い脂肪と毛皮、鋭さより重さを追求した、狼とよく縄張り争いをしている魔獣達。

狼とは違った重量感のあるドッドッドッドッという足音に、毛皮のせいでより大柄に見える巨躯。

狼を鋭く冷徹な細剣とするならば、熊は獰猛で大柄な大剣だろう。 どちらの方が怖いかと質問されれば悩むけど、どちらにせよ怖いのには変わらない。


『『GURUAAAAAAAAA!!』』


熊達が咆哮する。

あまりの声量に雪が舞い散り空気がビンビンと張りつめた。

怖い。確かに怖いけれど。



「さあ、殺るのよ~?」



ニコリと笑顔で僕の後ろに立って肩にそっと優しく両手を添えるお母様の方がよほど怖い。

や、多分彼女は僕に危害を加える気はないのだきっと。

多分息子を成長させるためにあえて困難を用意してくれたのであって、笑顔がどこか冷たいのは万が一僕が失敗したことを考えて氷魔法を用意しているだけであり、決して脅しているわけでははないのだと思う。

魔力を右手に集めて、炎属性の魔力へと変換させる。

大丈夫だ、理論は魔導書を何度も読んだからちゃんと頭に入ってるし、僕に使いやすいような魔法式の構築も済んでいる。何も問題はない。

ゴオォォッ、と深紅の魔力が一瞬溢れ出すが、それを半ば無理矢理押し込める。もったいない。

放つのは、一瞬で良い。

前世で熱力学ひ好きな教科の一つだったし、プラズマも分析機器の使用により親しみすらある。

かつて学んだ知識を引っ張り出してイメージを固める。


「【炎獄(ムスプルヘイム)】」


ゴオォォ! と炎が渦を巻いて熊の群れの中から勢い良く吹き上がった。

()い炎が熊の皮を、肉を、骨を焼き、雪原の雪と氷が悲鳴のような音を上げながら解けて蒸発する。

ちゃんと発動はしたけれど、細かい制御はまだまだだ。炎全体の温度がだいたい同じなせいで下級魔獣は心臓部である魔力結晶、魔石すら残さず焼失してしまっている。威力が高い分、局所的に温度をほどよく下げたりするのが酷く難しい。輻射熱が肌をチリチリと焼き、周囲の雪が解けたそばから気化していった。


『GURUAAAAAAAAA!!』


一匹、上級の銀熊(シルバーベア)だけ仕留め損なったが、大きな火傷を負い毛皮も焦げ虫の息だ。

仲間を殺された憎悪か、傷を負わされた憤怒か、銀熊(シルバーベア)は鬼の形相で喚きながら大口を開けて僕へと迫る。


「【炎帝(ラーヴァナ)】」


ビーム砲のような白い炎を解き放つ。強烈な可視光や紫外線が出てるから、闇魔法で皆を保護するのを忘れない。

炎獄(ムスプルヘイム)】より濃密な熱を込めた炎が銀熊(シルバーベア)に直撃し、同時に爆風が周囲を殴りつける。


あ、ヤバい、威力強すぎた。


「【氷結結界】」


お母様が結界魔法によりドーム状の氷を生み出し熱風から僕らを守ってくれたおかげで誰も怪我はしていないけど、結界の外は雪が熱か爆風かどちらによるものかは解らないけど吹き飛んでる。結界がなければ大火傷不可避だったろう。

……制御が、すごく難しい。

僕は光、雷、炎の三つに高い適性がある上に、魔力事態が荒々しく、火力を出すのに向いているものの逆に加減に苦労する。

闇や地などの適性があまり高くないものや基本四属性ならマシなのだけれど。

雪と氷が吹き飛びクレーターのできた雪原に、いくつか眼球程度に大きい青い結晶と、拳大の青白く透明感のある結晶が転がっていた。


「ごめんなさい、加減を間違えました」


「良いのよ~、初めてなのに強烈なのを撃てたじゃな~い♪ 制御はこれから学びましょうね~」


良い子良い子~♪ 、とお母様に後ろから抱きしめられ頭をフードと手袋越しに撫でられる。

……下手すれば【炎帝(ラーヴァナ)】の爆風で大火傷だったのだけれど、彼女の微笑みは世間知らずから来るものなのかそれとも僕を安心させようとしているのか。

……きっと、後者だろう。お母様の友人であるリリアーノ王妃は炎の上級魔法使いだ。火傷と凍傷に関しては、きっと僕より彼女の方がよほど詳しいはずだから。


魔石を回収して闇魔法の【倉庫(ストレージ)】で作った異空間に収納した。魔石は魔導具の重要な部品になるから、僕自身が使う。

普通は冒険者ギルド経由で魔導会社が買い取るし、上級魔獣の魔石は高値で売れるけれど、今は作りたい魔導具があるからね。


「じゃあ、今日は一旦帰りましょうか~」


たった二発の上級魔法で、僕の魔力は半分以上消費されている。あと一発撃ったら貧血ならぬ貧魔で倒れかねない。


「リン君、ちゃんと歩けるかしら~?」


「はい、大丈夫ですけど……少し疲れました」


魔力が減れば倦怠感に包まれるし、三分の一以下になれば体を動かすのも意識を保つのもキツくなるし、それでも無理矢理消費すると意識を失うし下手すれば後遺症に身体障害が残り、最悪死ぬ。


「あら~、じゃあ今日はもうゆっくりしましょうね~」


「そうします」


「うん、良い子良い子~」


撫~で、撫~でと頭をわしわしされる。

……うん、防寒着越しに撫でられるのは味気ない。

移動用に使っている犬ゾリならぬ狼ゾリにお母様と乗る。

前世の犬ゾリは本当にただのソリという感じだけど、リエラノーク領のソリは馬車のように屋根と壁がついている。それも引いてるのが普通の犬ではなく大柄な狼だから可能なことだ。

お母様とソリの中に入り【暖房(ウォーム)】で温め、フードと手袋、ダッフルコートのボタンを外し、同じように防寒着をはだけさせて僕の隣に座ったたお母様の太ももに頭をあずけた。


「あらあら~、甘えん坊さんね~」


撫で、撫でとゆったり頭を撫でられる。

やはり素手で撫で撫でされる方が体温や柔らかさ、細やかな指の動きなどが伝わるから、防寒着越しに撫でられるより遥かに心地好い。

ふにょんとしたお母様の柔らかな脚を枕にしてると、瞼が重くなってきた。


「ふふふ、目がとろーんってなってるわよ~」


そっと、そう耳元で囁かれる。暖かな吐息と穏やかな声が耳朶へじんわりと染み込み、体中の力が抜けて行くような脱力感。


「流石に、上級魔獣は怖かったかしら~?」


お母様の言葉に、こくんと首を縦に振った。

剥き出しの殺意、狂的な闘志、傷を負っても止まらない暴走ぶり。

かつて赤子だった頃、お母様に抱かれながら遠目に銀狼(シルバーウルフ)を見た時とは違う、至近距離で感じた熱烈な敵意。

魔法を使っていた時には高揚していて意識の外にあったそれが、戦闘が終わった今になってからぶり返して来た。

重量感のある足音に、狂ったような雄叫び、荒々しい呼吸。


「でも、力のある私達が戦わなきゃいけないのよ~」


上級魔獣は、上級魔法使いかよほど強い冒険者や兵士でなければ太刀打ちできない。

だから、お母様はあんな化け物相手に戦わなければならない。

あんな狂ったように殺意をバラ撒く恐ろしい化け物を相手に。


「大丈夫よ~、何があっても、私がちゃんと守るもの~」


ゆったりと、頭を優しく撫でられる。

いつもならそれに安心するのだけれど、今は無理だ。


お母様を戦わせて、大好きなお母様の後ろに隠れて、心穏やかになどなれるものか。

考えただけで、震えが走る。


お母様はそれを僕が魔獣に恐怖したと思ったのか、再び「大丈夫、大丈夫~」と囁いてくる。

そんなことには、お母様を前に立たせるようなことは、絶対にしたくない。

でもきっと、彼女はそれを受け入れない。

練習などのために、今日みたいに僕を魔獣と戦わせることはあるだろう。

でもきっと、彼女は僕が彼女の変わりに戦うなんてことを許容しない。優しいこの人は、絶対に自分の子供が自分の変わりに戦うなんて許さない。

僕と同じで、僕がお母様を戦わせたくないのと同じように、お母様は僕を戦わせるなんて受け入れない。

だから、はやく魔導具を作ろう。

兵士や冒険者の能力を魔導具で底上げすれば、上級魔法使いが上級魔獣と戦う必要はなくなる。

それは自分と自分の家族のために他人を矢面に立たせるのと同じことだけど、躊躇も懊悩(おうのう)もない。


大好きな家族が無事なら、それで良い。


迷いなんてしない。

お母様が、家族が傷つく可能性があるなら、見知らぬ大勢の他人を魔獣の前に放り出す方がマシに決まっている。


柔らかな脚に頬を預け、頭を掌でゆったーり撫でられていると、本当に眠くなってくる。


「あらあら、お眠かしら~?」


「……はい」


「ふふ、そのまま眠っても良いのよ~」


目を閉じる。

暖かくて、柔らかくて、心地好くて。

眠りに落ちるまで。ほとんど時間はかからなった。

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